Secret doll
Will o' Wisp 08

エルウィン様の葬儀が終わり、屋敷の中はしんと静まり返っている。
たった一人いなくなってしまっただけなのに、まるで火が消えたようだ。
それだけ、彼女の存在がこの家の者にとって大切だったと言う事。
奥様は三日三晩彼女を思って泣き暮れ、今日から仕事を再開された。
夫と娘に先立たれ、残ったのは思い出の詰まった屋敷だけだと言うのに…彼女は、とても強い。
この強さが人間なのだと、仕事に向かう奥様を送り出しながらぼんやりと考えた。
彼女にはもう、私の存在は必要ないだろう。






シャムロックの子孫を見守り続けて数百年。
数を数えるのはもう随分前にやめてしまった。
現当主であるエルウィンの母は、プリーストリー家に嫁入りした一貴族の娘。
彼女にシャムロックの血は流れておらず、前の当主とエルウィンが死去した時点で血は絶えた。
それは同時に、コウの解放の時を意味する。

「還るのか?」

不意に、窓際に立つコウの背中に声がかかった。
驚くでもなく振り向いた彼女の目に映るのはかつての同士。

「…イグニスが来ると予想していたけれど」
「あいつはジルたちが止めてる。冷静な話をするには少し熱い奴だからな」

なるほど、と頷いた。
確かに、彼は落ち着いて話をするには色々と問題のある男だ。
シャムロックとの約束のために多くの人形師を殺してしまうほどに。
彼が今のコウに何を語るかはわからないけれど…冷静な話とは程遠くなる事は想像に容易い。

「人形師のお嬢さんのため?」
「……………」

無言は肯定だ。
去り際の彼女の涙を思い出し、コウは僅かに肩を竦める。

「無関係だと言うのに…どうしてかしらね。
他人を思いやる彼女の優しい心が、あなた達を救ったことに間違いはないでしょう」

けれど、とコウは続ける。

「…私には少し苦しいわ。あの時の決断が…間違っていたのでは、と考えてしまう」
「そう思うくらいなら、何で受け入れなかった?嫌ってたわけじゃないだろ」

ウィルの問いかけに、コウは瞼を伏せた。
そして、少しの間を置いてからサイドボードに近付いていく。
その上には花瓶に入った一輪の花がある。
エルウィンが手折ったそれは、既に枯れ始めていた。
コウはそっとそれを手に取り、ふぅ、と息を吐きかける。
すると―――吐息に揺れた花が、見る見るうちに瑞々しさを取り戻した。
その光景を目の当たりにしたウィルが目を見開く。

「精霊人形として過ごして数百年。衰えた力でも、この程度の事は容易いわ」
「コウ、お前…」
「自然を守る精霊は数多くいる。その中で私は、生命を司っていた」

祝福が豊穣を生み、吐息が生命を蘇らせる。
コウはウィルたちが思っていたよりも、ずっと力のある精霊だった。

「生命を司る精霊は一人ではない。けれど、その力が大きい事に変わりはない。
もし突然それが消えるような事があれば…自然のバランスそのものが崩れてしまう」
「だから、お前は…人間になる事を諦めたのか。そのバランスを守るために」

コウはウィルの言葉に答えず、窓の外を見た。
美しく整えられた庭を見下ろし、かつての自分を思い出す。






力があろうとまだ若かったコウは、精霊と心を通わせる人間の存在に、興味本位に近付いた。
他の精霊が身体を欲していて、その人間が身体を作ろうとしている事を知って。
魂の器の作り方を教えたのは、他でもない彼女自身だ。
一番に用意されたその器に自ら入り込んだ。
力を持たない精霊がその器に留まる事が出来るよう、人間に力の使い方を師事した。
人間にとっては長い時間を共に過ごし、興味が信頼、そして愛情へと変化した事も理解していた。
すべてを捨てて彼と同じ身体を得る事も、彼女にとっては簡単な事。
その選択肢すら考えてしまったその時、唐突に自らの役割を思い出した。
生命を見守り、導く事―――身震いするほどの恐怖が彼女を襲う。
数多くの生命と、ただ一人の人間を天秤にかけてしまった自分が恐ろしくなった。
その瞬間、コウは彼との間に明確な境界線を引いた。
精霊人形と人間―――二人が相容れぬ別のものであると。





「さて、と…。そろそろ話も終わりにしましょうか」

気持ちを切り替えるように声のトーンを変え、コウが振り向いた。
複雑そうな表情を浮かべるウィルに苦笑を返す。

「気に病む必要はないわ。私は、精霊としての役目を恨んだ事はないし、精霊人形になった事も後悔していない」

あの一瞬とも思えるような短い時間―――確かに幸せだったと、そう思っているから。
小さく微笑んだ彼女は、そっと自身の胸元に触れた。
血が絶えた時、精霊に還る―――これもまた、彼との誓いの内だ。
白い手套に包まれた彼女の手が、ほんのりと光を帯びる。

「コウ…ッ!」
「来ないで」

もう片方の手をスッと持ち上げると、ウィルの身体はそれ以上前に進めなくなった。
まるで足が何かに縫い付けられたように、そこから動けない。
既に胸に添えた彼女の手が見えなくなるほどに、光が強くなっていた。

「待ってくださいっ!!」

バンッと勢いよくドアを押し開いたハンナが鋭く声を上げた。
彼女の後ろにはかつて人形だった彼らの姿も見える。
ハンナはコウの身体が光を帯びている事を理解すると、そのままの勢いで彼女に近付いてくる。

「駄目です!まだ還らないで!」
「…お嬢様、手を離してください。火傷では済みませんよ」

今まで魂の器により制限されていた精霊の力が解き放たれるのだ。
柔な人間の身体ではその衝撃に耐えられない。
自分の手を掴んで放そうとしないハンナに、コウは優しく諭した。
けれど、彼女は必死な表情で首を振る。

「今戻ったら後悔します!お願いですから、話だけでも!」

コウは無言でハンナを見下ろした。
彼らの大切な彼女を壊す事はできない。
瞼を伏せ、そっと手を下ろす。
光が瞬く間に拡散していった。

「わかりました。話を…お聞きしましょう」

安心させるように微笑んだところで、漸く肩の力を抜くハンナ。
そして、彼女は意を決したように口を開いた。

10.01.28