Secret doll
Will o' Wisp 07
踏み込んだ事を言ってしまったと、ハンナはコウが去った店の中で猛省する。
人形を取りに来てくれた時、今日の事を謝ろうと心に決めた。
急いで、けれども手を抜かず完璧にエルウィンの人形を仕上げる。
そして迎えた約束の日―――コウは店にやってこなかった。
日が暮れ、店を閉めたハンナは、がっくりと肩を落とす。
もしかすると、顔も見たくないほどに失礼なことをしてしまったのだろうか。
「コウさんはいらっしゃらなかったのですね」
「うん。でも、きっと明日は来てくれるわ。明日も駄目だったら、お屋敷までお届けしようと思うの」
「そうですね…それがよろしいかと」
エミリーが入れてくれた温かい紅茶を飲むと、悩みがジワリと解けて行くような気がした。
大丈夫、明日が駄目なら明後日。
きちんと顔を合わせて謝ろう。
よし、と意気込むハンナは、ウィルたちが何やら考えるような表情を浮かべていた事に気付かなかった。
翌日、ハンナはいつも通りに目を覚まし、店の前を掃除してから店を開けた。
午前中、やはりコウは店には来なかった。
もしかすると午後かもしれないと思いながら昼食を取っていた時。
「…そう言う事か…」
行儀が悪いとエミリーに窘められつつ新聞を読んでいたウィル。
彼の呟きに、テーブルを囲んでいたメンバーが顔を上げた。
「エルウィン・プリーストリー…だったな?」
「え、えぇ…そうよ」
「亡くなったらしい。昨日だ」
カラン、とハンナの手からフォークが滑り落ちた。
うそ、と彼女の唇が微かな声を零す。
「そんな…」
「病院に運び込まれて、そのままらしい。偶然居合わせた記者が記事にしてる」
ウィルが新聞をハンナに差し出した。
震える手でそれを受け取った彼女は、新聞の片隅に書かれた記事に悲痛な表情を浮かべる。
「これで、昨日コウが来なかった理由がわかったね」
「そうだね。おかしいと思ったんだよ」
「あぁ。コウは約束は必ず守る奴だ」
昨日の彼らの微妙な表情はそれが理由か、と頭の隅で納得する。
ハンナの様子に、見かねたエミリーがそっとその肩を抱いた。
「なら、コウさんはもう精霊に還ってしまったの…?」
「いや、それはないだろう。終わったからと他を投げ出すほど無責任ではない。
コウが精霊に還るとすれば…それは、全てが終わってからだ」
イグニスの言葉が終わったタイミングで、カランコロン、と店のベルが鳴った。
客だ、と頭が理解しているのに、身体が動かない。
そんなハンナの肩をそっと撫でてから、エミリーが店へと向かってくれた。
程なくして、彼女がダイニングに戻ってくる。
「ハンナ様…コウさんです」
躊躇いがちに告げられた言葉に、半ば反射的に立ち上がった。
緊張で震える手を叱咤して、店へと繋がる扉を開く。
あの日と同じように棚の前にいたコウ。
違っているのは、棚の方を向かずにまっすぐこちらを見ていたと言う事。
「昨日は申し訳ありませんでした」
「い、いえ…そんなの、気にしてません!あの…えっと―――お悔みを…」
何を言えばいいのか悩んで、泣き出しそうな表情でそれを告げる。
ハンナの言葉を聞いて、コウは彼女が既に知っているのだと理解した。
「人形を受け取りに参りました」
「え?でも…」
「奥様のご希望により、共に埋葬する事になりました。エリントン様には申し訳ありませんけれど」
「いいえ!エルウィンちゃんを思って作った人形です。彼女と一緒に埋葬してもらえるなら、私は…」
彼女がその人形を抱く姿をイメージしながら作った人形だ。
エルウィンが人形を腕に抱く事はないけれど、一緒に埋葬してくれるならばそれ以上の事はない。
死後の世界がどうなっているのかは知らないけれど、彼女はあちらで人形を抱いてくれるだろうか。
そんな事を考えながら、ハンナは綺麗な箱に入った人形をコウの前に差し出した。
「…手に取っても?」
「もちろんです」
確認したコウは、そっと優しくその人形を腕に抱いた。
その目が悲しい色を帯びる。
「…素敵な人形です。きっと…エルウィン様によく似合う」
「コウ、さん…」
人形は涙を流さない。
けれど、彼女が人間だったならば…その頬には、涙が伝っていたと思う。
見ているこちらがぎゅっと胸を締め付けられるような、切ない表情、雰囲気。
ハンナの方が耐えられなくなってしまった。
ポロリと零れた涙は、次から次へと流れ出す。
そんな彼女を見て、コウはそっと目を伏せた。
「あなたは本当に…優しい心のお嬢様ですね」
コウはそのまま人形を箱に戻し、蓋をする。
そして、持ってきたお金をカウンターに置いた。
「コウさん!私…!」
「…ありがとうございました。―――彼らを…よろしくお願いします」
続きを言わせることなく、優雅に腰を折ったコウ。
彼女はそのまま店を後にした。
ハンナは閉じた店の中で、あふれ続ける涙を拭う。
「私は…あなたに精霊に還ってほしくないわ…」
精霊がどういう存在なのかはわからない。
けれど、彼女がこんな悲しい思いをしたまま精霊に還るのは嫌だと思った。
幸せになってほしい。
自分が彼らと出会い、幸せだと思える今があるからこそ、尚更そう思う。
カタン、と音がした。
涙を流したまま振り向くと、廊下に続く扉からエミリーが姿を見せる。
「ハンナ様。今日はもう、店じまいにしましょう」
「…うん」
ごし、と手で涙を拭いながら頷く。
エミリーが店の看板をひっくり返し、玄関扉に鍵をかけた。
中のカーテンを閉めて戻ってきた彼女は、そっとハンナの手を取る。
「…悲しいですね」
「―――っ!!」
泣き止もうと言う努力は無駄だった。
堰を切ったように流れ出すそれに、ハンナは思わずエミリーに抱き付く。
彼女はそれ以上何も言わず、そっとハンナを抱きしめてくれた。
10.01.27