Secret doll
Will o' Wisp 04

門番に事情を説明すると、暫く待つようにと告げられた。
程なくして、大きな屋敷の扉が開く。
そこから姿を見せたのは、アイスブロンドを揺らし、ゆったりとしたドレスを揺らすコウ。
彼女は門のところに立つ彼らの姿を見て、困ったように微笑んだ。

「お通しして」

門番にそう伝え、大きな門が開かれる。
どうぞ、と彼女は道案内をするように踵を返す。

「応接間へ案内するわ」

話はそこで、と用件を告げようとするジルを制する。
彼は苦笑を浮かべ、わかった、と頷いた。














屋敷の中は、廊下の装飾一つを取っても、格の高さを感じる造りだ。
特に興味を惹くものがあるわけでもない彼らが、田舎者のように周囲を見回す事はない。
やがて、彼らを一室へと案内したコウは、飲み物を用意すると言って部屋を出て行った。
程なくして戻ってきた彼女が彼らの分の紅茶を用意し、椅子に腰掛ける。
用意された紅茶は4つ。
当然ながら、彼女の分はない。
その光景が、酷く懐かしいもののように思えた。

「来るかもしれないとは思っていたけれど…翌日とは予想していなかったわ」

彼らの心中を知ってか知らずか、コウがそう呟く。

「イグニスはどうした?」
「帰ったわよ。非常識なほど早くから来ていたから」
「そうか。…コウ。お前は何でいつまでも精霊人形として過ごしているんだ?」
「―――…イグニスと同じく、唐突ね。尤も、彼の場合はもっと強い意思が篭っていたけれど」

思い出すように目を細めた彼女は、ウィルの質問に対する答えを探すように口を閉ざした。
やがて、少しの沈黙を経た彼女が静かに口を開く。

「あなた達は知らないことだけれど…私は、シャムロックと誓いを交わしているの。
私が人形をやめる時は―――その誓いが終わる時ね」
「それは、僕たちがいなくなっても、ずっと?」

ウィルとの会話を聞いていたルディが口を挟んだ。
精霊に戻ることではなく、人間になることを選んだ彼らには寿命がある。
コウとは既に違う時間の流れを歩み始めているのだ。

「そうね。あなた達がいなくなって―――ただ一人になったとしても」

自分たちと同じだった彼女。
そんな彼女の言葉は、その事実すらも拒む空気すら感じられた。

「―――そう、一人になるまで…誓いを守ることが出来れば、よかったのに…」
「コウ?」
「出来ればよかった、と言う事は、そう出来ない理由があるということか?」

今度声を上げたのはジャックだ。
コウは数秒間瞼を伏せ、じっと何かを考えていた。
しかし、薄く目を開き、決意したように続きを紡ぐ。

「理由を聞かないと帰ってもらえそうにないから話すけれど…。
シャムロックとの誓いは、彼の血筋を見守ると言うもの。そして―――その誓いは、もう間もなく、終わる」
「どう言う事だい?」
「エルウィン様は、もうあまり長く生きられない。間もなく血が絶えるわ。私の役目も、もうすぐ終わり」

彼女を人形としてこの世界に縛り付けている誓いが終わる。
それは、彼女が人形から解放されることを意味していた。
ある意味では自由を得るはずの彼女は、とても幸せそうには見えない。

「コウ、君は…とても、哀しそうだ」

まるで自分までそう感じているように、表情を暗くするジル。
コウは首を振った。

「出来ることならずっと、彼の血筋を見守っていきたかった。でも、血が絶えるのは仕方がないこと。
だから、エルウィン様を見届けて―――精霊に戻るわ」

そこで、コウは一旦言葉を区切った。

「私は、解放など望んではいないの。けれど、それも彼との約束だから」

それから暫く、誰も口を開かない無音の時間が過ぎる。
やがて、誰ともなく苦笑した。

「シャムロックらしいと言えば、らしいよね」
「そうだな。コウは私たちとは違うから…きっと独りで永遠の時を生きないようにと、約束したのだろう」
「うむ。実にシャムロックらしいと言える。しかし俺は、コウを俺たちとは違う精霊人形にした事が解せない」
「―――そうね。…何故かしら」

彼女がその理由を知っている事は明らかだが、それ以上質問を重ねる者はいない。
探究心ばかりが先に立つジャックですら、言葉を飲み込んだ。
少し冷めてしまった紅茶を飲み、そろそろ帰るか、と目配せした四人。
その時、慌しい話し声が近付いてきた。

「失礼いたします。…コウ様」

駆け込んできた使用人が、客である彼らに頭を下げてからコウの元へと近づく。
そして、耳を寄せた彼女に小声で要件を告げると、コウの表情が強張った。

「悪いけれど、今日はこれで帰ってくれるかしら。彼らを門までお送りして」
「はい」

頷く使用人を見届けることすらなく、彼女は足早に部屋を後にした。
心配げに閉ざされた扉を見ていた使用人は、慌てて客の方へと向き直る。

「慌しくて申し訳ありません。今日のところはお引取りを…」
「…具合が悪いのか?」

答えなければ動きそうにない男に、使用人は溜め息を吐き出した。

「ええ。この所、頻繁に発作を起こしておられます」
「彼女のご両親はご不在で?」
「…奥様は仕事の商談に出掛けておられます。旦那様は、3年前にご病気でお亡くなりになられました。
コウ様のお蔭で、エルウィン様はお独りで過ごすことなく暮らしておられるのです」

このご時勢に女性だけで事業を支えるのは、とても苦労するだろう。
事情を理解した彼らは、同情に似た感情を抱きつつ沈黙した。

「旦那様が作り上げた物を壊したくない―――コウ様は、奥様の願いを実現できるよう手伝っているのです」
「娘がこんな状態でも、優先すべき事か、それは?」

どこか呆れた様子のウィル。
仕事よりも、一人娘のことを気にかけてやるべきだと思うのだろう。

「いいえ、ですから、仕事は週に3日と決めています。それ以外は出来る限りエルウィン様についておられます」
「…それでも、週の半分母親がいない―――病弱な彼女は、どう思ってるんだろうね?」
「お寂しい思いをしておられるでしょう」

使用人は、ふぅ、と溜め息を吐き出した。
そして、帰るでも座るでもなく中途半端な状態であることに気付き、深々と頭を下げる。

「お客様にお話すべきことではありませんでした。さぁ、玄関までご案内いたします」

そう告げる使用人の表情は、心配の色を隠すことが出来ていなかった。









「エルウィン様」
「…コウ?」

涙に濡れた瞼が開かれ、コウの姿を映す。
既に薬を飲んでいるらしく、呼吸も少しずつ整い始めていた。

「コウ…」
「ええ、ここにいます」
「ごめんね…お友達、来てたんでしょう?」
「いいえ。彼らはもう帰りましたよ。安心して眠ってください」

不安げに伸ばされた小さな手を握りこみ、ベッド脇に置いた椅子に腰掛ける。
ごめんなさい、と繰り返した彼女は、そのまま目を閉じた。
やがて、少しつらそうな寝息が聞こえ出すと、コウは安堵の表情を浮かべる。
白く小さな手を握り、その下に流れる血の存在を意識した。
何年も何十年も守り続けてきたものが、なくなってしまう。
そして、それ以上に―――生まれた時から知っている小さな命が消えようとしていることが、哀しい。
いつかは来る時だとわかっていたけれど、どうしようもない焦燥感が胸に込み上げてくる。

「どうか、もう少し…」

この小さな命を、救ってあげて。
誰に対する祈りだったのかを知るのは、コウ自身だけだ。

09.07.14