Tone of time
Wand of Fortune another story 13
何にも、本気になったことなんてなかった。
適当と言う言葉が最も相応しいだろう。
一般的に抱く、いい加減と言う意味ではなく、言葉の本質的な意味の方。
コウは、そんな俺と言う人間を正しく理解している。
その絶妙な距離感は、この俺が傍にいて心地良いと思う程だ。
だが、彼女に対して本気の感情を抱いているわけじゃない。
そう思っていた―――この日までは。
今日は特別授業がある。
いくつかのクラスが合同で行う授業で、教科は魔法生物学。
黒の塔付近に待機するよう教師から告げられた生徒たちが、続々と集まってきていた。
「結構な人数なのね」
「魔法生物学を専攻していない生徒もいるみたいだよ」
隣からアルバロがそう答える。
そうなの、と頷くけれど、誰が何を専攻しているかなど、コウにはわからない。
興味がないらしく、彼女はすぐにその話題を忘れた。
「希少な魔法生物を使うらしい。黒の塔が協力しているって話だよ」
「詳しいのね。興味があるの?」
「さぁ?面白いことになればいいとは思うよ」
普段の授業はつまらないから。
アルバロはそう言って笑った。
「…見知った顔もあるわね」
集まった生徒を見回したコウがそう呟いた。
見知ったと言ってもここ最近になって交流が出来たと言う程度だが、それでも他の生徒よりは近い彼ら。
向こうもこちらに気付き、様々に反応をくれた。
「最近大人気だね。妬けるなぁ」
「…本心じゃないなら、言う必要はないと思うわよ」
アルバロの言葉に淡々と答えるコウ。
彼の扱いも手慣れたものだ。
「あぁ、そろそろ始まるみたいだね」
向こうから歩いてくる教師に気付き、アルバロがそう言った。
その場所に集まっていた生徒を見ていたコウもまた、そちらを見る。
「今日はイヴァン先生たちではないのね」
「聞いた話では、古代種の二人は揃って魔法院を離れているらしいよ」
「…相変わらずよく聞こえる耳ね」
情報通とは言わないけれど、彼が知らないことの方が少ない気がする。
肩を竦めた彼女に、アルバロはにこりと笑顔を返した。
黒の塔で研究されている魔法生物の授業。
人の手により生み出されたそれは、当然のことながら教科書には載っていない。
未知なるものに、一部は恐怖を、一部はその好奇心を発揮した。
そのどちらにも当て嵌まらなかったコウは、アルバロと一緒に最後尾から冷静な視線を向けている。
「合成獣、ね…」
「まぁ、いい出来だとは思うよ。中々見られる形になってるし」
「そこは…否定はしないけれど。これ、一般生徒に必要な知識かしら」
魔法院を卒業し、世に飛び立ったとしても、合成獣と関わりを持つ人間はごく一部だ。
黒の塔の研究者となるか、あるいはそれを管理する者となるか…その程度。
そのどちらになるつもりもない二人には、まさしく無意味な授業だった。
「………」
ふと、恐る恐る輪を縮めていく生徒たちを見ていたコウが、何かに気付く。
彼女の目が動き、それを探した。
隣の彼女の様子に気付いたのか、アルバロが視線を落とす。
「コウ?」
「…足りない」
ぽつりと。
彼にしか聞こえないような小さな声で、コウはそう呟いた。
その言葉に、彼は人だかりの方を見る。
二人がいる位置は、中心部分からなだらかな丘になっている。
つまり、この位置からは人だかりの向こうの様子がよく見えるのだ。
アルバロも、先ほどコウがしていたように視線を動かす。
「あぁ…本当だ。明らかに足りないね」
何かが起こる予感に、彼は楽しげに目を細めた。
そんな彼のアルバロの表情は冷たい。
紹介された魔法生物は10匹。
視界に入り込んでいるのは、何度数えても9匹。
1匹が、消えているのだ。
「研究者の説明だと、影に生きる合成獣だって言ってたよねぇ…さて、どうなるかな?」
それが、この昼食間際の時間に集められた理由だった。
影を好む魔法生物がいるから、出来るだけ影の少ない時間、場所を選んだのだと言う。
真上からの太陽、広く開けた場所―――確かに、今のこの場所は、魔法院の中で最も影が少ない。
けれど、それでも決してゼロではないのだ。
「ま、話に聞いた二種類はそれほど闘争心も強くないみたいだし…人の影に紛れて逃げるつもりかもね」
そうしてクスリと笑ったところで、人だかりから叫び声が上がった。
顔を見合わせていた二人が同時にそちらを見る。
残りの魔法生物が、四方八方へと走り出していた。
「………何なの?今日の授業は鬼ごっこ?」
コウが怪訝そうな顔で呟く。
そんな彼女に、アルバロが「違うみたいだよ」と言った。
彼が指した方向には、合成獣を捕えていた檻がある。
その周囲が不自然な様相を呈していた。
「誰かの魔法が暴発したみたいだね。研究者たちが慌ててるし」
「まったく…生徒の成績で授業クラスを編成しないからこうなるのよ…」
呆れたように呟いたコウの視界で、1匹のそれがユリウスに飛び掛かるのが見えた。
彼のファンと思しき女子生徒の悲鳴が重なる。
しかし、そこは成績優秀な彼だ。
咄嗟とは思えないほどの冷静な魔法で対処して見せた。
女子生徒らの叫び声が別の色を帯びる。
それを見たノエルが悔しげに何かを言い、別の1匹の元へと駆けて行った。
「…案外、何とかなるみたいね」
集められた生徒の成績は上下幅広い。
けれど、そこには確かに優秀な生徒も多かった。
彼らが上手く立ち回っているお蔭で、教師と研究者の作業も半分程度に軽減しているようだ。
「あら、流石エスト。優秀だわ」
ふと、弟を見ていたコウが嬉しそうに表情を緩めた。
彼女の視線の先では、土属性の魔法で檻を作ったエストがいる。
いとも簡単にそれをやってのけた彼は、髪一つも乱してはいない様子だ。
相変わらずエストくん馬鹿だね、と心中で彼女を笑う。
それは決して嘲笑ではなく、弟を大事にする彼女の心を知った上でのもの。
不意に、視線に気付いたのかエストが二人の方を向いた。
そして、その表情が驚愕に染まる。
エストの表情がなくとも、コウは正面から迫るそれに気付いただろう。
彼女は僅かに目を細め、唇を開く。
「レーナ・アンブラー。闇よ、貫け」
淀みなく魔法を紡ぎ、獣の足を地面に縫い付ける。
苦痛による咆哮を聞きながら、彼女は更に土属性の魔法を使ってエストと同じように檻を築いた。
大人以上の冷静かつ的確な魔法。
コウもまた、エスト同様に非凡なる才を持つ生徒だった。
彼女は檻の中でもがく獣の足を縫い付けた魔法を消す。
そして、エストへと一歩踏み出したところで―――彼女の影が、揺れた。
「姉さんっ!!!」
今度こそ、エストが声を上げる。
後ろ、と言う言葉を聞くよりも早く、本能がそれを察知した。
振り向く自分の足元から、赤い双眸が睨み付ける。
魔法を唱えるべく開いた口からそれが紡がれるよりも早く、獣の爪が伸びた。
間に合わない―――迫る鋭い爪を見つめ、コウは冷静にそう思う。
しかし、衝撃は別の方向から彼女を襲い、視界は黒に覆われた。
10.12.08