Tone of time
Wand of Fortune another story 12

夕食を終えて寮の自室に戻ったコウは、机に向かいながらルームメイトからの手紙を読んでいた。
コウのルームメイトは、街中で魔法を暴発させたとして自宅謹慎中だ。
自発的ではなかったのだが、普段の素行が悪い方向へと運んでしまった。
ちなみに当の本人は至って普通で、仕事が捗る、と喜んでいる。
封筒の中には3枚びっしり文字が書かれた手紙と、魔法具が二つ。
彼女は魔法具を作って生計を立てている。
資格などは持っていないけれど、中々に優秀な魔法具が多いと各界から注目されているらしい。
鼻高々に自慢してくれていたのだが、そのうちの半分も覚えていないコウだった。

「…元気そうね」

文章でもわかるテンションの高さは、誰かを思い出させる。
ちなみにその誰かと彼女は親戚らしい。
まったく、世の中とは思ったよりも狭いものだ。

―――近く謹慎が解けるから、会えるのを楽しみにしている。

そう締めくくられた手紙を折りたたみ、同封されていた魔法具の一つを手に取った。
彼女が作るものは女性にも使いやすい繊細な作りのものが多い。
今回彼女から送られてきた一つは、マニキュアだった。
塗るだけで勉学の集中力が高まり、学力向上に繋がると言うもの。

「…彼にも送っているわね、これは…」

受け取った彼が実際に使うのかどうなのか―――他人への興味の薄いコウも、こればかりは少し気になった。












意識していたわけではないけれど、その違和感に気付く。
それを自覚したアルバロは、意識してコウを見るようにした。
そうすると、彼の鋭い洞察力を以てすれば、彼女が何を隠しているのかがすぐに理解できてしまう。

「コウ」

名前ひとつで彼女の意識を引く。
授業中であることを考慮し、声は潜めてあるので周りには聞こえないだろう。
教科書に落とされていた彼女の視線が、アルバロを映した。
すると、彼はそのまま何も言わずに彼女の手を取る。
重力に従って僅かに肌を滑った袖から、ゴールドのブレスレットが見えた。
昨日との違いはそれくらいだ。
アルバロの視線の先に気付いたのか、コウが居心地悪そうに視線を逃がす。
その行動で、後ろめたさが筒抜けだと理解しながらも、そうすることしかできなかった。
彼の長い指が繊細に手首を滑り、パチ、と留め具を外す。
抵抗も咎めも許さぬ刹那の間に、彼の手にそれが奪われた。
それが肌から離れた途端、身体がふわりと軽くなる。
体重が変化したわけではなく、感覚的な影響だ。

「詳しい話は後で、ね」

有無を言わさぬ笑顔によって、続く声すら飲み込まなければならなくなった。








食堂では話せないと考えたのか、プーペにサンドイッチを作らせたアルバロは、その足で校舎裏に来た。
もちろん、コウも一緒だ。
失敗したなぁ、と言った表情を浮かべる彼女を促し、隣に座らせる。
大木から差し込む木漏れ日が心地よかった。

「昨日はつけてなかったから…もしかしなくても、アイツの魔法具だな」

最早確認ですらない彼の言葉は、直球だった。
直球の中でもアイツと人物を濁すことに深い理由はなく、ただ単に二人が犬猿の仲だからだ。
アルバロの言うアイツとは、クレール・ヴァルモール。
現在謹慎中のコウのルームメイトである。

「彼女も悪気があるわけじゃないの」
「悪気がなければ、あんな顔色になるような魔法具を渡してもいいのか?」

それは事実だけに、何も言えなくなってしまう。
コウ自身も自覚がなかったわけではないのだ。
彼が気付き、有無を言わさず外させるほど酷かったのだろう。

「…偶々私の魔力と合わなかっただけよ。私たちは特殊だから」

コウの言葉は、やや俯かれたまま紡がれた。
やはり、自分自身の不調に気付いていながら、あえてそれを付け続けたことに後ろめたさを感じているのだ。

「もう付けないから…返して」

その時ばかりは、コウの目がアルバロを見つめた。
臆することなく向けられる真っ直ぐな視線は好ましい。
けれど、アルバロは冷たい笑みを深めるだけで、手の中のそれを彼女に返そうとはしなかった。

「…アルバロ?」

コウの声が怪訝さを含ませる。
ラズベリルの瞳が危うい色をもって細められ、コウから外れた。
彼の目がブレスレットに動いたと気付くと同時に、ガリッと嫌な音が耳に入ってくる。
音に釣られるように視線を向けた彼女だが、ブレスレットは彼の握り拳の中に隠されていた。
彼が手の力を緩めれば、ぽとり、と一つ目が落ちる。
それに続くようにして、ぽとぽと、とパーツが短い芝生の上に落ちた。

「………」

アルバロの手から最後のパーツが落ち、同時にその場を沈黙が包む。
芝生の上で太陽を反射して輝くそれを見下ろすコウの心中。
それは、思ったよりも冷静だった。

「怒らないのか?」
「…怒る理由がないわね」
「アイツから貰ったんだろう?知っていたが…冷たいな」

そんなことを言いながらも、アルバロの表情は笑顔だ。
それに、どことなく満足げに見える。
彼にとっては、コウの行動は好ましいものだったのだろう。

「あなたは私を怒らせたいの?」

ふと、気になってそう問いかけてみる。
その質問に軽く目を見開くアルバロ。
両者の間に沈黙が下りた。

「…怒らせる、か。考えたこともなかったな」
「それなのに、ブレスレットを壊したりして…相変わらず、掴めない人ね」
「――――」

何かを考えるように黙り込む彼に、これ以上この話題を続けることに意味はないと知る。
落ちたパーツの一つを拾い上げ、そう言えば、と声を上げた。

「この魔法具、ノエルが興味を示していたわ。教えてほしいって言われていたんだけど…」

壊れてしまっても、まだ興味の対象だろうか。
パーツを手の中で遊ばせながら考える。

「拾って渡してあげたら?」
「…それは嫌味以外の何物でもないわね」

にこりと笑うアルバロ。
普段の彼が戻ってきたらしい。

「じゃあ、俺から渡しておいてあげるよ」

そう言った彼がひょいひょいとパーツを拾う。
そして最後に彼女の手の平のそれを拾い、布に包んだ。

「…なら、お願いするわ」








「あ、ノエルくーん」
「何だ、アルバロ」
「うん。探していたんだよ。君に良い魔法具をあげようと思って」
「…魔法具?」
「あ、何?その疑う目は。
すごく貴重な魔法具だから、扱いが難しくて…ノエルくんなら任せられると思ったんだけど」
「そんなに貴重な魔法具なのか?」
「うん。土の魔力を増幅させるらしいよ」
「!それはまさか、クレールの作品か!?」
「そうだよ。コウが貰ったんだけど、彼女は土属性じゃないからね。
悩んでいたから君に渡しておくって受け取ったんだ」
「そ、そうなのか!!」
「はい、どうぞ。あ、貴重なものだから、部屋に戻ってから開けてね。それと、壊れ物だから―――」
「わかっているとも!扱いには十分注意しよう!では、コウにもよろしく伝えておいてくれ!!」
「うん、じゃあね」

ひらり、と手を振って部屋に戻るノエルを見送った。




「…アルバロ」
「やぁ、コウ。見てたの?」
「いくらなんでもあれは…」
「やだなぁ、俺はちゃんと“壊れ物”だって伝えたよ?それに、あの調子で持ち帰れば壊れてもおかしくないよね」
「………」

流石のコウも、ノエルが哀れに思えた。

10.12.04