Tone of time
Wand of Fortune another story 10

ひと月も経てば、コウたちの周囲も徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
好意を盾に近付く生徒も減り、ある程度の効果を実感し始めた頃。
図書館にやってきたコウは、賑やかな声に思わず溜め息を吐き出した。
今日は関わりたい気分ではないのだが…残念ながら、調べなければならないものがある。
急ぎではないけれど、部屋に課題を持ち帰るのは好きではない。
少し悩んだ末、天秤が傾いた。

「図書館は静かにするべきだと思うわ」
「今日と言う今日は―――!!!………ん?ああ、すまない」

今日も今日とてパルムオクルスに喧嘩を売っている男子生徒、ノエル・ヴァルモール。
基本的には紳士な彼は、勢いのまま振り向いたが、パルーに対するのと同じように声を荒らげたりはしない。
この冷静な部分をほんの少しでもパルーに向ければ、図書館が平和になるのにと思う。

「私はパルムオクルスに用があるの。彼を借りても構わないかしら」
「あ、ああ。構わないとも。僕はこんな人を見る目のない鳥にはこれっぽっちも興味はないからな!」

先ほどの勢いがまだ尾を引いているらしく、ノエルはフン、と鼻を鳴らして階段を下りていく。
まるで子供の喧嘩だな、と思いながらその背中を見送るのをやめ、パルーを振り向いた。

「早速で申し訳ないけれど、魔法生物の進化に関する本をいくつか探してもらえるかしら」

丁寧な物腰で先ほどまでの空気を一掃してしまうコウ。
これにはパルーも大人しく従った。
ニワトリのように高らかな鳴き声と共に現れた三冊の本。
それを受け取ってぱらぱらと中身を確認した彼女は満足げにほほ笑む。

「ありがとう。今度もよろしくね」

じゃあ、とひらりと手を振って、パルーに背を向けて階段を下りていく。
そして、そのまま図書室を後にしようとしたコウを呼びとめる人物がいた。

「すまない。少し時間をくれないか?」
「ええ、構わないけれど」

彼とはこんな風に呼び止められるような親しい間柄ではない。
しかし、他の一般生徒よりは少しだけ近い関係でもあった。
理由は、またの機会に明らかになるだろう。

「それで、用件は?」
「ああ、そうだな。………少し前に彼女が貴重な魔法具を作ったと言っていたんだが…」
「貴重な魔法具?」
「何でも、触れているだけで土の魔力が増幅されるらしい!」
「そう」

大袈裟なほどの身振りで告げた言葉に対する返事はわずか2文字。
両者の間に沈黙が下りる。
そもそも、何かに大きく心を動かすこと自体が少ないコウに良い反応を求める方が間違っている。

「と、とにかく、だ!その魔法具に関して彼女が何か話していたら、是非僕にも教えてくれ!」
「…もし、そんな魔法具があるなら…直接頼んでみたらどうかしら」

コウの提案に、ノエルがギョッと目を見開いた。
そして、軽く蒼褪めた彼は勢いよく首を振る。

「頼む!?見返りに何を要求されるか…考えただけで恐ろしいじゃないか!!」

よほどのトラウマがあるのか、彼は断固としてそれを拒否した。
一体、彼女は何を要求したのだろうか。
好奇心の薄いコウですら、少し興味が湧いた。

「わかったわ。覚えていたら…あなたに伝える。それでいい?」
「ああ。ありがとう」

大きく頷いたノエルを見届け、コウがその場を離れようとする。
その時、前から走ってきた男子生徒が彼女にぶつかった。
抱えていた本が手を離れ、バランスを崩したコウは咄嗟に動いたノエルが支える。
悪い!と言い残すも足を止めることなくパルーの元へと走っていく生徒。
よほど急いでいるらしい。

「大丈夫か!?まったく…女性にぶつかっておいて止まりもしないとは。男の風上にも置けない奴だ」
「急いでいるようだから、仕方ないわ。それより…ありがとう」

支えてくれた事に礼を述べ、姿勢を戻す。
彼女の肩を離したノエルが落ちた本を拾い上げ、彼女に差し出した。
ありがとう、とそれを受け取り、歩き出す。
いや、そのつもりだった。

「…あの、手を―――」
「この本は…」

ノエルが本から手を放してくれない所為で、先に進めない。
呆然とした様子でそれを見下ろす彼に、何となく先に続く言葉が予想できた。

「コウ!!是非この本を僕に貸してくれないか!!もちろん、君が使った後でいい!」
「…そう来るだろうと思ったわ」

本の貸し借りは基本的に個人で行うものだ。
そこから別の人間に貸せば、コウが借り続けていることになってしまう。
規則として禁じられているわけではないけれど、ルールとしては一度返却してから、が基本だ。

「明日の放課後には返却するから、その時に借りたらどう?」
「それでいい!…と言いたいところなんだが…あの鳥の所為で、僕がこの本を手にできた例がないんだ」

僕が頭を下げて頼んでいると言うのに…この僕が!!
その時のことを思い出したのか、ノエルは湧き上がる怒りを堪え切れない様子だった。
拳を震わせる彼を見て、「いや、それは…」とは言えなかった。
パルーが貸してくれないと言う事は、少なくともノエルはこの本を読む資格がないと判断されているのだ。
それを借りようと思うなら…今よりも更に知識、あるいは別の何かを会得しなければならない。
要するに、読むに足る資格を持てばいいだけなのだから。

「…とにかく、明日の放課後に再チャレンジしてみて。私から貸すことは出来ないから」
「………そうだな。無理を言ってすまなかった」

多少の時間はかかったようだが、彼は大人しく引き下がってくれた。
頭では理解できているのだろう。
彼は単純で純粋だけれど、決して馬鹿ではないから。

「じゃあ、もう行くわ」

そう言って、今度こそ図書館を後にする。
後ろから「頼むよ、パルー!!本当にやばいんだって!!」と焦った声が聞こえていた。













「その本のタイトル…どこかで聞いた気がする」

どこだったかなぁ、と隣で首を傾げるアルバロ。
ペンを止めたコウは少し悩み、ノエル?と答えた。

「あ、そうだね。ノエルくんが前に探していた本だ。探してあげた…わけじゃなさそうだね」
「ええ。私が必要だったから。彼は借りられなかったみたいね」

そんなに高度な本じゃないんだけど、と呟いたコウに、アルバロが苦笑する。
コウにとっては高度だと感じなくても、ノエルは借りられなかったのだ。
その差は歴然だな、と思った。

「で、優しいコウは次に貸してあげるのかな?」
「優しくないから図書館に返却するつもりよ。明日の放課後に再チャレンジするんじゃないかしら?」

厳しいだろうけれど。
クスリと笑った彼女は、止めていた手を動かし始めた。

10.10.31