Tone of time
Wand of Fortune another story 07
ユリウスに引きずられるようにして、図書館までやってきた。
次の授業を取っている生徒は多いのか、館内にはあまり生徒の姿はない。
数少ない中にユリウスのファンはいないのか、二人を見てもすぐに手元に視線を戻す生徒ばかりだ。
いいことだ、と思いつつ、促されるままに席に着く。
「それで?ユリウスの研究ってどう言うものなの?」
図書館の机は広く、向かい側に座れば会話するには少し遠い。
仕方なく隣に腰を下ろしたコウは、ユリウスが話し出す前に口を開いた。
これなんだけど、と持っていた本を開き―――思い出したように彼女を見るユリウス。
「こっちより先に、さっきの授業の話を聞きたいんだけど」
「…ええ、いいわよ?」
「良かった!コウの属性はエストと同じ闇だよね」
「ええ。でも、光も得意よ」
実際、コウが有する属性は一つではない。
古代種のように全属性を持っているわけではないけれど、前例のないものであることは確か。
だが、それを知るのは先生と、気付いているらしいアルバロだけ。
コウは誤魔化すようにさらりと、光属性に関しても仄めかした。
「うん。で、今回使ったのは水と風と、それから光」
ユリウスの手が白い羊皮紙に文字を書き連ねていく。
話しながら状況をまとめていくつもりらしい。
「水の魔力を使いながら、風の魔力を高めていたと感じたんだけど…違った?」
「ユリウスは本当に優秀ね。気付いたのはあなたとアルバロくらいよ?」
「そうでもないと思うけど。そっか、アルバロも気付いてたんだ」
どこか納得した様子のユリウスに、コウが首を傾げた。
「どうしたの?」
「いいえ…アルバロが気付いたことに驚かないんだなと思って」
「コウの事なら気付いても不思議じゃないと思うけど」
だってそうでしょう?とそれが当然のことのように答えられると、流石のコウも言葉を失う。
何が当然なのか、彼女にはユリウスの脳内が理解できなかった。
「何でも分かり合ってる―――恋人ってそう言うものだって聞いたけど」
「…あなた、そう言う事にも興味があったの?」
「ううん。俺自身はあんまり興味ないんだけど、妹はそう言う話が好きなんだ」
妹を思い出したのか、彼は小さく笑った。
いつもと何一つ変わらないのに、どこかお兄ちゃんを感じさせる。
へぇ、とコウの表情も自然と穏やかになる。
「妹がいるのね。ユリウスの口から魔法以外の事を聞くのは初めてだわ」
「そう、だったかな?」
「可愛い?」
「うん、可愛いよ。ちょっと煩い時もあるけど」
妹のことを話すユリウスは、いつもとは少し違っていた。
魔法に対して目を輝かせているか、あるいは興味外で淡白な姿か、寝不足でふらついている姿しか知らない。
こんな風に穏やかな表情を見せる彼は、初めてだった。
「コウは?」
「え?」
「エストはコウの弟だよね。可愛い?」
可愛いなんて、本人が聞けば、無表情で怒りを露わにするだろう。
そんなエストを想像して、クスクスと笑うコウ。
「ええ。とても可愛いわ。…大好きよ」
コウにとっては、全てを差し出せるほど可愛い弟だ。
特殊な事情で育っているからこそ、エストに向ける感情は深い。
その時のコウの表情は、とても穏やかなものだった。
「――――」
「ユリウス?」
何も言わないユリウスに気付いたコウが彼を呼ぶ。
ハッと我に返るユリウス。
「コウも可愛いね」
「はい?」
思わず、耳を疑った。
今、彼は何と言った?
「コウも可愛い。エストのことを考えているときのコウって、いつもと違うよ」
「それは…あなたが妹さんのことを考えている時と同じだと思うわ」
「うん。エストが大事なんだってよくわかった。すごく優しい笑顔だったから」
その言葉に照れるよりも先に、驚きがコウの中を占めた。
アルバロ以外の人の前で、仮面を外したことはない。
ある意味、コウのそれを取り除く一番手っ取り早い方法は、エストだ。
エストのことを語る時だけは、コウは自分を偽ることが出来なくなる。
誰かとこんな風にエストの話をすることはなかったのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
生徒の多くは、エストを肯定的に見てくれていないから。
「あなたは…エストを否定しないのね」
「否定?どうして?」
「あの子の持つ魔力は、普通の生徒が持つにはあり得ないものだから」
その力の大きさに恐怖し、知識の深さに嫉妬する。
人は、自分とは違うもの、自分より優れたものを受け入れにくい。
エスト自身にも問題はあるけれど、周囲の誰一人、彼の本質を知ろうとはしない。
「エストはすごく優秀だよね。話をしていると、研究が捗るんだ。これってすごいことだと思うよ」
「…そう」
「それに、魔力で言うならコウも十分高い魔力を持ってるよね。それと同じだと思うけど…」
ユリウスにとっては、人並み外れた魔力など、取るに足りないことらしい。
と言うより、むしろ素晴らしいとすら感じるのだろう。
負の感情はなく、ただただ純粋に。
「―――ありがとう」
「?お礼を言われるようなことは何も言ってないけど…うん、どういたしまして」
はにかむように笑ったユリウス。
そんな彼を見て、コウは肩の重みが一つ、落ちた気がした。
「さて…私に聞きたいことがあったのよね?どういう事?」
「あ、うん。なんか、すごく話が逸れちゃったね」
「いいえ、有意義な時間だったわ。えっと…水と風の魔力を同時に高めた話だったわね。あれは―――」
もう、彼に対して壁を感じることはなかったし、コウもそれを作ろうとはしなかった。
アルバロのように全てを見せることは出来ないだろうけれど、少なくとも他の生徒とは違う。
図書館へと入るなり、不審な行動を取っているノエルの背中を見つけた。
悩む暇もなく彼の背中に近付いたアルバロは、驚かせると知りながらそっと声をかける。
「何してるの、ノエルくん?」
「!?!?」
その時の驚き方と言えば、叫ばなかったのが不思議なくらいの大きな反応だった。
すごい形相で振り向いた彼は、「な、ア、お!」と言葉にならない声を発する。
察するに、「何をするんだアルバロ!!驚くじゃないか!!」だろうか。
「君があんまり不審すぎる行動を取っていたから、ね。何を見ていたの?」
柱の陰からいったい何を見ていたと言うのか。
ひょいと中を覗き込んだアルバロは、意識せず目を見開いた。
驚き―――アルバロにとっては珍しい感情だ。
「僕が来た時からあの調子だ。彼女は君の恋人じゃなかったのか!?」
まるで内緒の話をするように…と言うよりは、聞かれたくない話をするように、声を潜めるノエル。
彼らの視線の先には、楽しげに魔法の話をするユリウスがいる。
それだけならば珍しい事ではないし、特に気にする必要はなかっただろう。
「ユリウス、そこは違うわ」
「え?だって、ここは水属性を生かすところだから…」
「その理論だと、他属性との関連性は見えてこない。もう少し広い視野で捉えるべきだって…さっきも言ったわよ」
「うーん…そうかな………うん!コウが言うんだから、きっとそうなんだよね!」
「そちらも記述ミスがあるわよ。走り書きをする時に適当に書きすぎているんじゃない?」
「はは…。時間がないと、ついこうなっちゃうんだ。後から読めなくて困るんだけど」
微笑んで、苦笑して、呆れて、窘めて。
コウの表情が、変化している。
笑顔で他人との間に壁を作る彼女は、そこにはいなかった。
「…ユ、ユリウスの事だ!奴があまりに出来損ないだから、コウも見かねているだけだろう!」
大丈夫、相手はユリウスだ、何も心配いらない!と声を引き攣らせるノエル。
彼ですら何かを感じてしまうほどに、二人の空気が違っていた。
「うん。俺は気にしていないから。仲が良いのはいいことだし」
「そ、そうだな!あぁ、そうだとも!仲が良いのはいいことだ!ともに勉学に励むと言うのも素晴らしい!」
「うんうん。じゃあ、俺は彼女を迎えに行くよ」
「あぁ、そうするといい。では、僕も勉強に戻るとしよう!」
気にした様子のないアルバロにほっとしたのか、ノエルは殊更元気に頷いた。
別方向へと歩き出すノエルを見送り、改めて二人を見る。
アルバロは彼らを見る自分の中に、説明できない感情が生まれたことを自覚していた。
しかしそれが何を示すのかを理解するよりも先に、一歩を踏み出す。
躊躇う理由など何もない、何もないのだ―――彼は、生まれた感情を深くへと沈めた。
10.1011