Tone of time
Wand of Fortune another story 06
「レーナ・アクア」
コウの凛とした声が呪文を唱える。
すると、宙に生み出された水が彼女の前でゆるりと回転を始めた。
「レーナ・ベントゥス」
集められた水の周囲を風が回る。
やがて、舞い踊る風が水を飛沫へと拡散させた。
「レーナ・ルーメン」
コウの手元から生まれた光が、水飛沫へと降り注ぐ。
キラキラと光を反射しながらゆったり降り注ぐ飛沫の中に、色鮮やかな虹が生まれた。
わぁ、と女子生徒たちの感嘆が零れる。
男子生徒もまた、鮮やかとしか言えない彼女の魔法に、深く感心した。
「…お見事です。流石ですね」
ぱちぱち、と単発で聞こえてきたエルバートの拍手に釣られ、教室中から拍手が沸き起こった。
正しく組まれた律も然ることながら、最も適切に調節された魔力。
そして、それを発動させるタイミング―――既に、生徒の域を超えていることは間違いない。
「さぁ、次は皆さんの番ですよ。でも、これは難しい課題ですからね…2人1組で取り組んでください」
エルバートが注目させるようにパンパン、と手を叩き、生徒たちに向かって指示を出す。
彼の言葉を聞いて、仲の良い者同士が徐々に組を作り出した。
それを見届けると、エルバートは教壇の隣に立つコウを振り向く。
「ありがとうございました。相変わらず完璧なお手本ですね。僕でもあそこまで上手くできるかどうか…」
「いいえ、初級魔法しか使っていませんし…先生は、謙遜しすぎです。それよりも、先生」
身体ごとこちらに意識を向けてしまっているエルバート。
コウはにこりと微笑み、その向こうを指差した。
「生徒が水浸しになっています」
「え?ああああ!だ、駄目ですよ、そんなに魔力を込めたら!」
慌てて振り向いた彼が、足音と共に生徒の元へと駆けていく。
その背中を見送りつつ、コウは苦笑を浮かべた。
そして、いつの間にか隣にいたアルバロを見る。
「ペアを組まないの?」
「うん。人数的に半端だしね」
「じゃあ…組む?」
必要ないかもしれないけれど、と付け加える彼女に、アルバロは笑みを返した。
「じゃあ、お願いしようかな」
「いいわ。あなたは光属性は得意でしょうから、私がそこを担当するわ」
「そこだけを回してくれてもいいんだけど」
「私がやったら意味がないわ」
自慢でも何でもなく、あっさりとそう言ってのける彼女。
事実、彼女は衆人環視の元、魔法を成功させた。
それを口にするだけの技術を備える彼女に、どうして反論などできようか。
尤も、アルバロ自身は彼女に対する反論など持ち合わせてはいないけれど。
「そう言えば、さっきの魔法だけど…水属性と同時に風属性の魔力を高めていたね」
「…気付いたの?」
「うん。法則に反するとまではいかなくても、かなり強引だったよね。
きっと、ユリウスくん辺りも勘付いたんじゃないかな」
そう言ったアルバロの視線の先を追えば、マシューとペアを組んでいるユリウスがいた。
何となく、意識が集中していない気がするのはその所為か。
マシューが暴風に襲われたところで、視線をアルバロに戻す。
「でも、出来なくはないでしょう?」
「まぁ、一つの魔法に対して複数の属性が宿ったわけじゃないからね。
ただ、同時に扱うのはかなり難易度が高いと思うけど」
「………人間、努力である程度何とかなるものよ」
「うん。君の口には努力って言葉は似合わないね」
彼女の意欲を否定するわけではないけれど、少なくとも彼女はあまり努力と言うものをしない。
努力と言う言葉が似合うのは、それこそノエルのような人間だ。
彼女は、生まれながらではないにせよ、既にかなりの魔力を有しており、高い知識と技術を持つ。
そして、それを存分に使いこなすことが出来る状況にあるのだ。
「君たち、お喋りもいいですけれど、今は実習の時間ですよ?」
とても、とても控えめな声が聞こえた。
二人で同時にそちらを振り向けば、声の主であるエルバートがびくりと身を小さくする。
教師なのだから、もう少し胸を張っていればいいのにと思うけれど、彼には無理な注文らしい。
「じゃあ、一応。レーナ・アクア」
やる気のなかったアルバロが、机に軽く腰を預けたままの状態で、指先を頬のタリスマンに触れさせる。
魔力が高まり、彼の前に水が生み出された。
本来の属性ではない魔法も難なくこなす彼は、やはり器用だと思う。
「レーナ・ベントゥス。風よ、集う水を砕け」
続いて生み出された風が、水の塊を飛沫へと砕く。
それを見届けたコウは、既に高めていた光の魔力を発動させる。
「レーナ・ルーメン。飛沫を照らす光となれ」
今度は少し遊び心を加えて、輪になった虹をそこに作り出す。
いつの間にか注目していた生徒たちがまた、感嘆の声を上げた。
「…はい、お見事です。さぁ、皆さん。もう少し時間がありますから、頑張って成功させましょうね」
そう言って手が止まっている生徒に声をかける。
もう、エルバートもそれ以上何も言ってこないだろう。
アルバロはいつの間にか教卓前の空いている席に腰を下ろしていた。
さて、自分はどうしようか。
コウの心を読んだのか、顔を上げたアルバロがにこりと微笑む。
そして、自分の隣の席をポンと叩いた。
それを見た彼女は、少しだけ悩んでから、彼の隣に腰を落ち着ける。
そこから先は、取り留めない日常的な会話で時間を潰した。
やがて授業の終わりが訪れ、エルバートが宿題を言い渡す。
終了の声と共に、生徒たちが出口へと向かった。
「コウ、この後は?」
「今日はもう終わり。図書館に寄って帰るつもり。アルバロは?」
「もう1時間残ってるから、終わったら迎えに―――」
「コウ!」
噂が広がっているのか、それとも元々邪魔をしにくいからなのか…アルバロとの会話を遮る人は少ない。
そんな数少ない一人が、コウを呼んだ。
声に反応して振り向いた彼女は、いきなりガシッと手を掴まれる。
「さっきの魔法の話を聞きたいんだ。ついでに言うと、今進めている研究に意見がほしい。
君に意見をもらえると、きっと研究が捗ると思うんだ!」
「ユリウス、少し落ち着いて?」
「ああ、こうしている時間も惜しいよ。今日はこの後の授業はなかったよね?」
「ええ。どこで調べたのか知らないけれど―――」
「じゃあ、早速行こう!自習室…よりも図書室がいいね、うん」
こうなったユリウスは誰にも止められない。
抵抗を無駄と判断したのか、コウは溜め息を一つ吐いて、腕を引くユリウスに従った。
はいはい、わかったから引っ張らないで。
まるで弟を宥める姉のような光景。
彼女の実の弟はとても物わかりが良いので、こんな行動を取ったことはないけれど。
ドアを出る間際にアルバロを振り向き、声に出さずに口を動かす。
―――待ってるわ。
返事の代わりにひらりと手を振れば、彼女はそのままドアの向こうへと消えた。
「ごめんね、アルバロ」
「どうしてマシューくんが謝るのかな?」
「ユリウス、最近研究が詰まってるみたいで…でも、僕では上手く協力してあげられないんだ」
「うん。それはさっきの様子で何となくわかったけど…何で、俺に謝るの?」
アルバロが問えば、マシューはえ?と驚いたような表情を浮かべた。
「君とコウが付き合い始めたって聞いたけど…噂だけだった?」
「いや、噂じゃないよ、事実。だけど、マシューくんが謝ることじゃないよね」
「………………………」
「………………………」
「………それもそうだね」
長い沈黙の後、漸くそのことに気付いたらしい彼。
ルームメイトだからと言って、自らユリウスの暴走の後始末役まで買って出てしまっていたようだ。
お人好しもここまで来ると感心の域に達している。
「まぁ、コウの事は気にしなくていいよ。そこまで束縛するつもりはないし」
「でも、気にならないのかい?」
「…ユリウスくん相手に心配しても仕方ないよね」
「はは…確かにそうだね」
10.10.05