Tone of time
Wand of Fortune another story 04

「アルバロと付き合い始めたってホント!?」

一緒に朝食を食べて、学校に来た後は専攻により別行動。
一人になったコウに、待っていましたとばかりに群がる噂好きな女子生徒たち。
「ええ」と一言頷けば、それだけで周囲は大盛り上がりだ。
生徒同士の交際に対しては、ミルス・クレアでは特に制限されていない。
節度さえ守れば好きにすればいいと、その方面に関しては放任主義だ。
寧ろ、青春を謳歌すべし!と煽っている風潮も否定はできない。
特にマインドキャンディの時期などは、一気にカップルが増える。
その後に続くカップルもいれば、熱が冷めればいつの間にか別れるカップルもいて、様々だ。
要するに、こんな風に大騒ぎされるような珍しいことではないと言う事。

「二人って付き合ってなかったの?」
「それそれ!すごく仲が良いから、てっきり付き合っているんだとばかり…!」
「アルバロが誰かのものになるとか、すごく意外って言うか…嘘みたい」
「ていうかコウ、アルバロに騙されてない!?」

立て続けに投げつけられる言葉に、コウは「あながち間違ってもいないなぁ」と心中で苦笑する。
的を射た反応もあって、どう答えればいいのか悩みどころだ。
女子生徒ほど賑やかではないから見落としてしまいそうだが、中には男子生徒も交じっている。
よくもまぁこんなに他人の事に夢中になれるな、と呆れる心を隠す。

「ほら、授業が始まるよ?」

先生も来ているし、とコウが教室の前を指す。
教壇にはいつの間にかヴァニアの姿があり、とても綺麗な笑顔を浮かべていた。
その笑顔の裏に隠れた感情に気付いたのか、蜘蛛の子を散らすように席に着く生徒たち。
コウがやれやれと溜め息を吐き出したことに気付いたのは、向き合うように立つヴァニアだけだっただろう。

「随分と熱心に話し込んでいたようだけれど…あたくしが喋ってもよろしくて?」
「授業を妨害してしまい、申し訳ありません」
「あら、あたくしにはコウが原因と言うよりは、困っていたように見えましてよ」

ヴァニアの言葉に、群がっていた生徒らは罰が悪そうに視線を逸らす。
そんな生徒たちを見て、彼女はにこりと微笑んだ。

「他人の色恋沙汰に口を出すのは無粋と言うものですわ。相手を思いやること、これはとても重要ですわよ」

覚えておきなさいね、と締めくくると、彼女は授業を始めた。
今日の授業内容を話すヴァニアを見つめながら、コウは大人な対応だな、と思う。
困っていたわけではないけれど、多少煩いなとは感じていたので、窘めてくれた彼女には感謝している。
これで少しは改善されればいいけれど―――無理だろうな、と肩を竦め、授業に集中することにした。










「では、今日の授業はここまで。―――コウ、少しよろしくて?」

授業終了の声の後、ヴァニアはコウを呼んだ。
片付けを手早く済ませたコウは、ドアのところで待つ彼女の元へと歩く。
近くまで来たコウに、彼女はにこりと微笑んだ。

「場所を移しましょう。次の授業は?」
「次は…ありません」
「そう、なら校長室へいらっしゃい。今日は愚兄も留守にしていますから、ゆっくり寛げましてよ」

あまり校長室で寛ぎたいとは思わないけれど、言ったところでヴァニアが聞くはずもなく。
わかりました、と頷くコウに、彼女は静かに笑みを深めた。
校長室へと場所を移し、ソファーへと促されるコウ。
用意された紅茶からは、ふわりと柑橘系の香りがした。

「今日はあちらこちらであなたたちの話を耳にするわ」
「…そうですか。皆さん、噂が好きですね」
「ええ、本当に。人の事情を細部まで聞き出そうななんて、浅薄も甚だしい事ですわ」

一人を取り囲んであれこれと聞き出そうとする姿勢は、ヴァニアの好まないもののようだ。
少しだけ冷めた表情を浮かべた彼女に、コウは軽く驚いた。

「ところで、私に何の用でしょうか?」
「ええ、そうね。時間は有限ですもの、有意義に使わなくてはいけませんわ」

そう答えると、彼女は姿勢を改めてコウを見る。

「察しているでしょうけれど…あなたの属性の話ですわ」
「…最近は安定しているようです。やはり、先生方の見解通りのようですね」

ヴァニアの話の内容は、彼女の言うように察しがついていた。
即座にそう答える彼女に、ヴァニアは「そう」と頷く。

「無属性でもなく、元々他の属性を吸収する―――本当に、特異な体質ですわね」
「ええ、私もそう思います」
「あなたにとっては、属性のバランスが重要になるでしょう。コントロールの術は身について?」
「………とりあえず、安定させられる程度には」

完全とは言えない状況だからこそ、良い返事は返せない。
コウの微妙な答えに、ヴァニアは満足げに頷いた。

「今の属性は本来の闇と…光、かしら?」
「はい」
「そう。…彼の影響ね」
「………」

なんだか意味深な笑みを向けられたので、沈黙する。
そんなコウを見て、彼女はクスクスと笑った。

「安心する、落ち着くと言う感情もまた、好意であることに変わりはありませんわ。
人の心とは成長するもの。今は理解できなくても、いずれ己の心を知る時が来るでしょう」

そう言ったヴァニアの表情は、子供を見守る大人のそれだった。
守られているのだと感じ、そして同時に安心させられるそれ。

「あの子を信じるな、とは言いませんわ。その危険性は、誰よりもあなた自身が理解しているでしょうから。
それに…ある意味では、あの子を一番理解できるのはあなただと思っていますもの」
「…理解…」
「幸せにおなりなさい。これは、誰しもに等しく与えられた権利ですわ。あなたにも、もちろんエストにも」

彼女はきっと、エストが抱えるものを正しく理解している。
狂信派の思惑も、彼女らには筒抜けなのだろう。
知り、そして理解した上で、コウたちを導こうとしている。

「あなた方のことを、誤解していたような気がします」

コウがそう言うと、ヴァニアはまぁ、と口角を持ち上げた。

「よく言われますわ。でも気にしていませんわよ。育つ環境がそうさせるのだと理解していますもの」

自分たちの環境を理解してくれる人が、こんなにも近くにいたのだと、知らなかった。
コウはヴァニアに向けて深々と頭を下げる。

「私は…エストを救いたい。人を拒み、身を固くしてしか生きられなかったあの子を」
「その道は決して楽ではありませんわよ」
「はい。けれど、いずれ―――エストと共に、知っていきたいと思うんです。世界の優しさ…人を愛すること」

コウがそう言うと、ヴァニアは、あら、と意外そうな表情を見せる。
彼女は口角を持ち上げ、こう微笑んだ。

「あなたはもう、人を愛することを知っているはずですわ?だって、エストを愛しているでしょう?」
「………あ」

大切で、大切で―――優しい家庭なんて知らないけれど、それでも両親に代わって一心に愛情を注いだ。
コウの全てで、守ろうとした大切な弟。
この感情は、確かに愛だった。

「あなたが知るべきなのは、恋ですわ」
「……恋…?」
「そう、あなたの心の奥深くに眠る、小さな恋心。いずれその心は成長し、大輪の花を咲かせるでしょう」

あたくしはその時が楽しみですわ。
彼女はそう言って、やはり大人の表情でコウを見つめていた。

10.09.18