Tone of time
Wand of Fortune another story 03

やはりと言うかなんと言うか。
既に噂は存分に広まったらしく、ロビーで待つアルバロにはいくつかの好奇な視線が向けられた。
おそらく、この場にコウがやってくれば、視線の数は優に倍を超すだろう。
それを見た彼女の反応を想像して、クスリと笑う。
その時、男子寮の方から黒髪の少年がやってきた。
彼はアルバロの存在に気付くと、不快感を露わにする。

「おはよう、エストくん」
「…おはようございます。こんなところで何をしているんです?」

エストとしては、アルバロとかわす言葉は挨拶すら必要ない。
それを表情に出しつつも、きちんと挨拶を返すのは…挨拶くらいはね、と言うコウがいるからだ。
それだけでも会話としては十分すぎるのに、エストは更に言葉を重ねた。
彼にはそれを問いかけなければならない理由があるから。
そして、それを問いかけると言う事は、既にアルバロの行動の意味を理解していると言う事だ。

「コウを待ってるんだよ。約束があるからね」

やっぱり、と心中で呟く。
コウには、これ以上言っても無駄だと無理やり言葉を飲み込んだが…やはり、納得できない。

「…僕の姉さんです」
「うん。知ってるよ。別にお兄さんって呼んでもいいよ」
「結構です。拒否します。頼まれたって呼びません」

そう言う事が言いたいわけじゃないのに、アルバロのペースに流される。
苛立つ感情のままにアルバロを睨み、いいですか、と言葉を発した。

「彼女に何かしたら…許しません」
「…肝に銘じておくよ」

変わらず笑顔を浮かべているのに、その目は笑っていない。
エストは仇でも見るように目を細め、何も言わずに玄関へと向かう。

「エストくん、朝ご飯は?」
「あなたに関係ありません」
「コウが心配すると思うよ?」

エストの足がぴたりと止まる。
コウはエストの小食を知っているし、食欲への執着心の低さも理解している。
けれど、だからと言って心配しない人ではないと知っている。
数秒の間に様々な葛藤があった。
やがて、エストは進行方向を変えて、食堂へと歩き出す。
そんな彼を見送り、アルバロはくすくすと笑った。

「流石。すごいコウ効果」

あそこまで敵意と不信感を剥き出しにされると、いっそ心地良くなってしまう。
陰でこそこそと疑うよりも、好ましいと思った。

「うん。暫くはエストくんの反応で楽しめそうだね」
「そう言う悪趣味な楽しみはやめてもらえないかしら」

独り言に返事。
振り向いた先には、鏡から出てきたばかりのコウがいた。
ぴったりいつも通りの時間の彼女に、思わず笑みを深める。
付き合いだしたばかりならば、多少なり相手を意識して時間を早めたりするものだろう。
それがないと言う事は、やはり彼女にとっての自分の順位はそう高くはない。
もちろん、低いと言う事はないだろうけれど。

「おはよう」
「…ええ、おはよう。エストに会ったの?」
「うん。会って早々に睨まれたよ」
「まぁ、当然でしょうね」

あの子、あまりあなたのことが好きじゃないから。

コウは隠すことなく本人に向かってそう告げた。
彼女の言葉を聞いて、やっぱり姉弟だなと思うアルバロ。

「よく似てるよ、君たち」
「そう言うのはあなたくらいよ」

普段のコウは、基本的に人当たりの良く過ごしている。
誰に対しても徹底して無感情を貫くエストとは、似ていないと言う評価を受けることの方が多い。
二人を似ていると評するのは、コウが持つ本来の性格を知るアルバロと、気付いている教師くらいだ。

「いつも通りの時間だったね」
「もう少し早くに降りてきた方が良かったかしら?本を読んで時間を潰したんだけど」
「いや、楽しい時間だったから気にしなくていいよ。それより、いつも本を読んでるの?」
「いいえ。たまたま目が覚めたから」

何でもないように答える彼女だが、おそらく自らの言葉の深い意味に気付いていない。
気付いていれば、彼女はそれを口に出さないだろうから。

「へぇ…少しは楽しみにしてくれた?」
「?そんなつもりはないけど」

きょとんとする彼女。
彼女はきっと、いつも通りだと思っているのだろう。
けれど、影響を受けている。
大きな変化ではないけれど―――確実に。


コウは無色透明の少女ではない。
けれど、“コウ”と言う色を持って尚、彼女は他者の影響により、容易にその色を変化させる。
それはあくまで変化であり、その者の色に染まるわけでもない。

「そう言えば、エストくんってサラダしか食べてないイメージがあるんだけど」
「間違ったイメージじゃないことは確かね」
「それでいいの?」
「良くはないけれど…何も食べないよりは随分マシよね。必要な時には食べさせるわ」

顔色一つで体調が分かるから。
さも当然のことのようにそう言う彼女に感心する。
あちらも相当なシスコンだと思っていたが―――なるほど、大したブラコンだ。

「でも、それに関してはあなたもあまりエストのことを言えないと思うけれど」
「俺?」
「あなたもあまり食欲が旺盛じゃないでしょう?」

彼女にそう問われ、そう…だっただろうか?と考えてみる。
普通に、青年の食事量の平均程度は食べていると思っていただけに、彼女の言葉は意外だった。
身体が資本である以上、それを保つための努力は惜しまないようにしている。

「…ちなみに、コウが考える平均って?」
「え?…ラギとか」
「なるほど、そこが原因だね」

超小食のエストで慣れていた所為なのか、彼女には青少年男子の平均が分からない。
ゆえに、食事時になると目立つラギを見て、男子はよく食べるなぁと感心していた。
それが、コウの基準を大きく間違わせた原因である。

「ちなみにその基準で行くと、殆どの生徒が平均以下じゃない?」
「………そう、だったかしら」

よく覚えていないけれど、と呟く彼女。
基本的に他人に興味のない彼女は、他人を観察すると言う事をしない。
ラギだって目立つから自然と知っていただけ。
ちなみに、コウの中には自分が気付くほどによく食べる人なのだと言う考えはない。

「他の男子を見ていればわかるから」
「……………」
「そこで面倒そうな顔しないの。ラギくんを平均にするのは間違ってるよ」

見るならユリウスくんとか、ノエルくんとか。
アルバロの提案に、コウは彼らを思い浮かべた。

「そう言えば、ユリウスもあまり食堂で見かけないわ」
「あー…彼も結構な集中力の持ち主だからね。朝まで帰らないこともよくあるみたいだし。
その理由が女の子だったりすれば、こっちとしては面白いんだけどね」
「ユリウスって女の子に興味あるの?」
「ないと思うよ。と言うより、彼の興味を惹ける女の子がいないと言うべきかな。ユリウスくんに興味あるの?」
「いいえ、別に」
「…即答だね。結構な数の女の子たちが夢中になってるのに」

それがまたコウらしいけど、と彼は笑う。
そして、彼はあくまで自然な動作でコウの手を取る。

「そろそろ食堂に行こうか。時間は大丈夫?」
「あら、こんなに経っていたのね。エストはもう行ってしまったかしら」
「そうだね。結構な時間が経ったし、もういないんじゃない?」
「…ちゃんと食べているか心配だったんだけど」
「あぁ、それなら大丈夫。食べてると思うよ―――嫌々ながらも、ね」
「………煽ったわね」
「何の事かな?」

10.07.17