Topaz  親友恋愛物語  05

悠希を追うように走り出そうとした宍戸の前に、紅が入り込んだ。
危うく正面からぶつかりそうになった彼は思わず足を止める。





「何すんだよ!?」
「気持ちがないなら、期待させないで」
「期待…?」
「悠希の気持ちはわかったんでしょ?同情で追わないで欲しい。あの子が傷つくから」

真剣な表情で紅は宍戸に言う。
彼の向こうでは忍足が女子生徒らに何かを話していた。
慌てた様子で首をブンブンと振って、彼女らは去っていく。
恐らく「跡部に言いつける」などと言う内容をチラつかせたのだろう。
以前に部長である跡部に苦情が来た生徒は、テニスコートへ近づく事さえも禁止されたくらいだ。

「期待じゃなくて、俺は…」

そこまで言って口元を覆う彼を見てれば、ただでさえ勘の良い紅はその続きを悟った。
安心するように微笑み、頷く。

「そっか。その続きは…私じゃなくてあの子に言ってあげて」
「分かってる」

強く頷き、彼は紅の横を通りぬけようとした。
が、今度は腕を掴んでそれを阻む。

「今度は何だよ!?」
「今は駄目!」
「は…?」

先程の勢いを消されてしまった宍戸は不完全燃焼のままに彼女に止められてしまう。
二人のやり取りを後ろで見守っていた忍足がククッと喉で笑っていた。

「多分今宍戸が言っても逆効果だから。無駄なくらいにプライドが高いから」

さすがはあの跡部の血を分けた妹と言った所だろう。
妙に説得力のある言葉に宍戸は肩を竦めながらも足を完全に止めた。

「明日。絶対に放課後氷帝まで連れて来るから。引っ張ってでも、連れて来るから…だから、一日だけ待って」

ピンッと人差し指だけを夕暮れの空へと伸ばし、紅は言う。

「……わかった」

少しの沈黙の後、彼は頷く。
それを見て紅は満足そうに微笑んだ。

「ん。じゃあ、明日ね!」

そう言って彼女は悠希の駆けて行った方へと走る。
そんな彼女の背中に忍足が慌てて声をかけた。

「え!?ちょ…送って行かんでええの!?」
「大丈夫ーっ!」

いくらか遠くなった声が返ってきた。
すぐに角を曲がって見えなくなってしまった彼女に、彼は静かに溜め息をついた。

「…お互い苦労するなぁ、宍戸」
「…そうらしいな…」













「悠希さん、紅さんが来てくれてるわよ」

二階でベッドに倒れこんでいた悠希に、階下から叔母の声が掛かる。
枕に埋めていた顔を僅かに上げ、彼女に返事を返した。

「…入ってもらって」

その声は無事に届いたらしく、叔母の声に次いで紅の声が聞こえてきた。
内容まではわからないが、彼女の事だ。
色々と世話を焼きたがる叔母の言葉をやんわりと断っているのだろう。
悠希にはその様子がありありと想像できた。

「お邪魔します」

ノックの後に続いた声。
聞き間違えるはずもなく、親友である紅のものだ。
今頃気を使いあう仲でもないし、今は自分にも余裕がない。
悠希はベッドに伏せたまま動かなかった。

「…明日、放課後氷帝に…悠希も連れて行くから」
「…………」
「それだけ。じゃあ、また明日…ね?」

心配するような声ではあったが、紅はそれ以上何も言わなかった。
余計な事を言って彼女を混乱させたくないと思ったから。
パタンとドアを閉じて廊下で溜め息を落す。

「あれだけ嬉しそうだったもんね…仕方ない、か」

呟くようにそう言うと、紅は階段を降りていく。

「あら、紅さん。もうお帰りになるの?」
「はい。悠希さんも今日はお疲れのようですから…ゆっくり休ませてあげてください」
「わかったわ。気をつけて帰ってちょうだいね。最近は何かと物騒だから」

玄関で靴を履く紅に叔母がそう言った。
紅はわかりました、と答えて玄関の戸へと手を掛ける。

「夜分にお邪魔しました」
「いえいえ。またいらっしゃいね」

優しい彼女に見送られ、紅は悠希の家を後にする。











不自然なまでに明るい悠希。
クラスメイトと談笑する姿を見ながら、紅は溜まった息を吐き出す。

「佐倉と喧嘩でもしたのか?」

隣に座っていた手塚が小説から顔を上げる事なく紅に問う。
彼女は机にだらりともたれ、答えた。

「別に…。って言うか、わかる?」
「ああ。佐倉も無理してるな」

さすがは我が従兄弟殿。
などと思いながら紅は苦笑を浮かべる。

「…まぁ、色々とあるんだよ…」

彼女の問題を自分の口から語るわけにはいかない。
言葉を濁したが、手塚がそれ以上何かを追究する事はなかった。




放課後、いつもの如くテニス部が部活動へと勤しんだ。
マネージャーも忙しく動き回り、お互いに言葉を交わす暇さえない。
休憩時間になって、漸くお互いの手が空いた。

「悠希。ちょっと話があるの」
「…いいわよ」
「国光。少しだけ…」

手塚にそう声を掛ければ、彼はわかっているとばかりに頷く。
そして紅は悠希と共にテニスコートを離れた。



「放課後、行かないからね」

紅が口を開くよりも先に、悠希がそう言い出した。
彼女は紅に背を向ける形で立ち、下を向いたままだ。

「連れて行くって、約束したから」
「そんな約束私には関係ないでしょ?行かない」
「でも…っ」
「振られたのよ!行けるわけないでしょ!?」

髪を揺らしながら振り向く悠希。
その目には薄く涙が滲んでいた。

「思い出させないでよっ!」
「…宍戸とちゃんと話さないと、後悔するよ?」
「何がわかるの!?何の苦労もなく忍足を想って、想われて…っ!!
紅に私の気持ちはわからないっ!!!」

パンッと乾いた音が響く。
悠希は目を見開いたまま頬を押さえる。
紅の真剣な目と絡み、彼女は言葉を噤んだ。

「本気の恋愛って格好いいものじゃないんだよ?
相手の一挙一動に喜んで、怒って、泣いて……馬鹿みたいに、情けないくらいに自分を曝け出して。
それが恋愛でしょ?」

怒ったような、それで居て優しい表情で紅は彼女の手を握る。
諭すような声色に、悠希の目から涙が零れ落ちた。

「ねぇ、逃げないでよ、悠希。上辺だけの言葉を信じて諦めるなんて…悠希らしくない。
もう一度だけ…ちゃんと頑張って」
「…何で怒鳴った相手にそんな優しい言葉が掛けられるのよ…」

搾り出すような声でそう言った後、悠希は紅に抱きついた。
まるで母親が泣き叫ぶ我が子を宥めるように、紅はその背を優しく撫でる。

「親友だから、でしょ?それ以外に理由なんて…要らないわ」

05.10.06