Topaz 親友恋愛物語 02
放課後、紅は教室で悠希の帰りを待っていた。
担任に用があるから職員室まで来るように、と言われた彼女が教室を去って半時間ほど。
グラウンドの賑わいがガラスを通して紅の耳まで届く。
いつもならば聞こえてくるテニス部の声が、今日だけは聞こえていなかった。
すでにクラスメイトは我先にと教室を去っている。
そんな中、紅の指が携帯電話のボタンを押すカチカチと言う音だけが木霊していた。
「…そろそろかな」
30分もすれば帰って来るから!!そう言って出て行った彼女の事。
きっと、今頃は階段を二段飛ばしで駆け上がっているだろう。
ディスプレイに表示された時刻を確認した後、紅はそれをパタンと折りたたんでポケットに突っ込む。
丁度、誰かの足音が近づいてくる。
「お待たせ!!」
ガラッと言う大きな音と共に、悠希は帰ってきた。
僅かに上がった息が、彼女の急ぎ具合を表している。
「待ってないよ。んじゃ、行こうか」
隣の椅子に置いてあった悠希と自分の鞄を持ち上げ、紅はドアの所にいる彼女に近づいた。
「ありがと。んじゃ、出発しよ!」
紅の手から鞄を受け取ると、悠希はすぐさま歩き出した。
その足取りは軽い。
ここ数日落ち込み気味の彼女を見て来ていただけに、紅にはそれが嬉しかった。
悠希の隣を歩くように速度を調節して、鞄から手帳を取り出していた彼女に話しかける。
「バスの時間は?」
「うん。丁度よさそう。5分後にあるよ。向こうはもう授業終わってるの?」
「終わってるらしいわね。侑士がもう部活始めてるって」
「あ、やっぱりメールしてたんだ?」
手帳を仕舞いこんだ悠希が悪戯っぽい笑みを浮かべて紅にそう言う。
紅はただ肩を竦めるだけの返事を返した。
すでに一般生徒は帰路へと付いた頃とは言え、他校生の制服は目立つ。
二人は周囲の視線を集めながらもテニスコートを目指して歩いていた。
「真面目だねー」
途中、グラウンドを走っていた野球部を見ながら悠希がそんな事を漏らす。
そんな彼女に苦笑を浮かべる紅。
「うちだってあんまり変わらないわよ。今日は偶々自主練なだけで」
部長と顧問が他校へと赴き、更には副部長である大石が体調不良にて欠席。
何とも不思議な偶然の重なりあいで、本日の青学男子テニス部は自主練習となったのだ。
部活がないとなれば、マネージャーの仕事はない…事もない。
『自主練なんだから自分達で適当にやるから、マネージャーも今日くらいはゆっくり休んで』
こんな感じの言葉を殆どの部員から言われれば、彼女らとて頷く以外に道はない。
と言うわけで、紅と悠希は久々の放課後を使って氷帝まで遊びに来たのだ。
他校生が『遊びに』と称して簡単に学校の敷地内に侵入出来るのはどうかと思うのだが…。
『テニス部公認』と言う天下の印籠を掲げた彼女らを止めるものは何もなかった。
「レギュラーが試合してる…のかな」
フェンス越しに見えたコートの中では、すでに部員らが忙しく動き回っていた。
そんなコートの一角の雰囲気が違う。
紅が見ていたのはそこだった。
「ふーん…」
興味がない、と言うよりもむしろ他の何かに気を引かれているように、生返事を返す悠希。
忙しなく動く彼女の視線に、紅はクスリと笑みを零した。
「気になるなら探して来れば?私、侑士の所に行ってるし」
見つけた彼の背中を指しながら、悠希にそう言った。
少し照れたように頬を掻き、彼女は頷く。
「…後でコートに戻ってくるから」
いつもの元気溌剌と言う様子ではない彼女の背中を見送り、紅は肩を揺らして笑った。
部活の邪魔をしないよう、声は漏らさないようにしていたが。
「まさか悠希のあんな姿を拝めるとはね…」
カメラを持って来れば良かった、と一人呟く。
「…頑張れ」
彼女が去った方向を一瞥して、先程の背中を探す。
が、いつの間にか彼の姿はそこから消え去っていた。
「あれ?」
「誰かお探しですか。青学マネージャーさん」
首を傾げた紅の背後に声が掛かる。
独特のイントネーションは、それでいて彼女にとっては慣れ親しんだものだ。
「ええ。氷帝の天才さんを探してたんです」
振り向きながら紅は笑顔を見せる。
彼女の言葉に、忍足はよしよしと彼女の頭を撫でた。
「佐倉とはちゃんと仲直りしたんやな」
「仲直りって…喧嘩じゃないわ」
そう言って、彼女は不満げに口を尖らせる。
だがそれもほんの僅かの事で、すぐに嬉しそうな表情へと成り代わった。
「悠希には春が来たんだってさ」
「……えらい季節外れな春の訪れですなぁ」
紅の言葉だけでその裏の意味を悟る辺り、彼の頭の良さが窺える。
…ただ単に彼女の思考回路を理解している、と言うのも強ち外れではないのだが。
「氷帝の誰?」
「それは、例え侑士にでも私の口からは言えないよ」
聞きたかったら悠希に直接聞いて、と紅は悪戯めいた笑みを見せた。
人の秘密を暴露しないその心遣いが、忍足が気に入っている所でもある。
「あんな悠希を見たのは初めてだから…上手くいって欲しいな」
コートの中を行き交うボールに、ぼんやりとした視線を向けながら紅が呟いた。
まるで独り言のように吐き出されたそれに、彼は「さよか」と一言答える。
そんな時、忍足がコートの反対側にいる悠希を見つけた。
いつの間にかレギュラーの試合に釘付けになっていた紅の肩を軽く叩く。
「あれ、佐倉か?」
「惜しいなぁ。あと数センチでインなのに…。…ん?…何?」
自分の存在すらも忘れていたのではないかと言う紅に彼は苦笑を浮かべ、先程の彼女を指さす。
それを視線で辿り、紅も同じものを見た。
「あ、悠希だ」
「コートの中見とんな」
「……あぁ、なるほど」
キョロ…とコート内を一望した紅は、彼女の視線を掴んで離さない人物を見つけた。
途端に納得した表情を浮かべる。
「……………なぁ、気づかんかった振りした方がええ?」
「…わかっちゃった?」
「さすがにあれは気づくって…。本人はわかっとらんやろうけどな」
結構鈍いから、とかなり酷い事をサラリと言ってのけた。
彼の性格を知っているだけに、紅も否定の言葉を発する事が出来ずにただ苦笑を浮かべる。
その時、ホイッスルの音がコート内に響き渡る。
「次、宍戸と鳳だな。ダブルスやるぞ。反対コートに忍足と向日だ」
跡部の指示が飛び、先程まで試合をしていた二人が外へと出た。
代わりに、隣のコートで打ち合っていた宍戸と鳳がそのコートへと移る。
「ここはええトコ見れるように手ぇ抜いた方がええやろか?」
「…そんな姿を好きになったんじゃないだろうから大丈夫」
「さよか。ほな、全力で行くで?」
「うん。頑張ってね。負けたら帰りにジュース奢ってね」
「はいはい。…っちゅーか、いつでも奢ったるって」
「…それはやだ」
「我儘な姫さんやなぁ」
「忍足!!色惚けてねぇでさっさと入れ!!」
跡部の声が響き、忍足は苦笑交じりに紅に背を向けた。
紅が視線を向ければ、悠希も同じく彼女を見ていたらしく、視線同士がかち合う。
かなりの距離を開けた二人だが、それでも互いの考えを読み取って微笑んだ。
一瞬静まり返ったコート内に、試合の始まりを告げるコールが響き渡る。
05.09.06