Topaz 03 中編
「岳人…誰の紅に飛びつこうとしてるん?」
「ゆ…侑士…」
子猫よろしく首元を掴みあげられて、向日は肩を落とした。
悪戯がばれた子供のような仕草に、紅と悠希がクスクスと笑う。
「よぅ来たな、紅。って言いたい所やけど……佐倉が一緒っちゅーことは…偵察か?」
「ご名答…。ごめんね?私は普通に来るつもりだったんだけど…」
再度困った風に微笑む紅に、忍足は首を振って笑う。
紅の腕に自分のそれを絡めたまま、悠希が空いている手を敬礼のように持ち上げた。
「や、久しいね忍足。うちの親友がお世話になってます」
「お久しゅう、佐倉。うちの恋人がお世話になっとるな」
お互いに笑顔で言葉を交わす。
その言葉にはいくらかトゲが感じられたが。
「………あーあ…こんな男にくれてあげるつもりはなかったのに…」
そう言って悠希は紅の腕に両腕で抱きつく。
紅は慣れた様子で、空いた手を彼女の頭にやって撫でた。
「失礼な奴やなぁ…自分。紅に引っ付きすぎやって」
そう言って悠希を紅から引き剥がす。
不満を漏らす悠希を無視して紅に向き直った。
「で、その格好は何なん?」
「…悠希の遊び心…」
ふいっと顔を逸らしてそう答える紅の姿を、一歩下がって見つめる忍足。
それからにっこりと微笑んだ。
「似合っとるやん。岳人の言うようにこのまま転校せーへん?」
「だよな!!侑士もそう思うだろー?」
同意を得られたことから喜びを露にするパートナーに、侑士は苦笑を浮かべた。
忍足に言われて真剣に困っている様子の紅。
彼女の頭に手を置くと、侑士は笑う。
「冗談やって。そないに悩まんといて」
「…ま、紅が行こうとしても止める輩がわんさか居るけどねー」
悠希が紅の隣からそう言った。
その言葉を否定せずに、忍足は頷く。
「今日はレギュラーだけの練習やねん。他の奴らも会いたがっとったから見に来ぃや」
「じゃあ、お邪魔します」
「特にジロー辺りが喜ぶんやろなぁ…」
忍足の呟きに、紅はクスクスと笑いを漏らした。
そして、四人で連れ立ってテニスコートへと歩き出す。
「雪耶先輩に佐倉先輩!!」
嬉しそうな声がテニスコートから近づいてきた。
「「鳳!!」」
その姿を捉えると、二人は同時に声を発した。
「久しぶりですね!」
「本当に久しぶりよねー…前に来た時には鳳は休みだったし」
「そうよね。あ、風邪の方はもう大丈夫?」
「はい!ありがとうございます」
自分よりも背の高い彼なのだが、それでも可愛く見えてしまうのだから不思議だ。
尻尾があればはち切れんばかりに振られているのだろうなぁと、紅達は思う。
「雪耶先輩!今日は練習に付き合ってくれるんですよね?」
「あー…一応偵察で来たんだけど…」
「大丈夫ですよ!練習がてら偵察して行けばいいじゃないですか!」
「そう…なのかな?」
鳳の勢いに、紅は今にも頷きそうになっている。
悠希としては予測できた事なのだが、それにしても…
「そんなにあっさり偵察を許していいわけ…?」
「別にいいんじゃねぇか?お前らだしな」
独り言で終わるはずだった言葉に、思いもよらない答えが返ってきた。
声の方を振り向けば、その人物がラケットで肩を叩きながら立っている。
「宍戸まで来たんだ…お久」
「おう。最初のアイツの声でな」
そう言って、宍戸は向日を指した。
なるほど、と悠希が頷く。
「多分ジローも起きたんじゃねーか?」
「うわー…嬉しくないわけじゃないけど…騒がしくな「ひゃあっ!!」」
紅の声が聞こえた。
慌てずに振り向く悠希の視界に、芥川に抱き付かれている紅が映った。
すぐに忍足と向日が引き剥がしていたが。
「ジローちゃん…行き成り飛びついちゃ駄目でしょうが…」
「あ、悠希ちゃんもいるし!」
引き剥がされてなお、芥川はニコニコと笑っていた。
そんな彼に溜め息を落す悠希。
この度の訪問理由も忘れて、二人は氷帝テニス部に歓迎されていた。
「先輩達…部長が帰って来た時に怒鳴られますよ?」
雑談に花を咲かせて数分―――テニスコート内より声がかかる。
呆れ顔で見ているのは二年レギュラー日吉。
その声に反応するように、悠希が問う。
「そう言えば…あの俺様は何処に行ってるの?」
「あぁ、跡部なら顧問に呼ばれてるぜ」
宍戸の答えに、悠希は面白くなさそうな返事を返す。
そんな彼女に苦笑を浮かべ、紅はレギュラーたちに向き直った。
「ごめんね、邪魔して。もう練習に戻って?」
「じゃあ先輩打ちましょうよ。折角ですし。見てるだけは面白くないですよ」
「あ、鳳ずるいし~!!」
「ジロー、諦めたり。鳳はこの間の時に休んどったからな」
宥める忍足を横目に、鳳が紅の手を引く。
「部室のラケットを使ってください」
「…仕方ないわね。じゃあ、ちょっとだけ打たせてもらおうかな」
そう言って肩を竦めると、紅は案内されるままに部室へと歩き出した。
部室の前で鳳を待っていた紅は、先程一時的に話題になった人物と出くわす。
お互いに驚いてはいたが…向こうの驚きの方が遥かに大きかった。
「は?紅…?」
「…お邪魔してます」
とりあえず笑みを浮かべた紅。
跡部の表情が目に見えて引きつった。
「お前が居るっつー事は…」
「あぁ…うん。来てるよ」
彼の言いたい事がわかったのか、紅は頷く。
同時に跡部が足早にテニスコートへと向かう。
「お待たせしました。って…跡部部長…?」
「うん」
部室から出てきた鳳の目に跡部の背中が映る。
彼からラケットを受け取ると、二人も同じく跡部の後を追った。
「悠希!」
「あ、景吾だ」
コート内のベンチで、芥川らと雑談タイムに勤しんでいた悠希。
練習を始めていた忍足たちも跡部の声に一時それを中断する。
「何でこんな所に来てんだよ?」
「偵察」
「丁度いい。さっさと紅共々転校の準備しやがれ」
「嫌よ。何で景吾と同じ学校に通わなきゃなんないわけ?」
心底嫌そうな顔をして首を振る彼女。
「じゃあ帰れ!」
「だから…偵察しないと帰れないんだってば」
珍しく声を荒らげる跡部だが、他のレギュラーからすれば慣れたものだった。
この二人…跡部と悠希が揃うといつもこうなのだから。
止めるでもなしに、二人の会話に耳を傾ける。
漸く戻ってきた鳳と紅も、同じように事の成り行きを見守る事にした。
05.05.31