Topaz 03 前編
青学男子テニス部に休みはない。
これはマネージャーにも言えることであった。
今日も今日とて、彼女達は部員のために働くのである。
「偵察…ですか」
紅はスミレの言葉に、そう呟く。
彼女の手には『極秘!他校の弱点☆』と書かれたノートがある。
何とも遊び心旺盛なタイトルであるが、この際そこは無視することにしておこう。
隣に座っている悠希はそれが気になって仕方がない、と言う風な素振りを見せたが。
「そうだよ。今日は部員もレギュラーだけだからねぇ。お前達が居なくても大丈夫だろう」
「はぁ…。で、何処に行くんですか?」
紅の言葉に反応したのはスミレではなく悠希だった。
スミレの目配せで、彼女は持って来ていた紙袋からとあるモノを取り出す。
それを目の当たりにして、紅は一時思考を中断させざるをえなかった。
「……………何処から盗んできたの」
「失礼ね。ちゃんとしたルートから手に入れてもらったの」
悠希がそれを持ち上げて言う。
手に入れてもらった、と言うからには自分で入手したわけではないようだ。
自分の手を汚さない辺りは彼女らしい。
「つまりはこの学校に行けって事なんですね」
確認と言うよりは諦めに近い言葉を漏らす。
頷く二人に、紅は肩を落としながらそれ…氷帝学園の制服を見下ろした。
「へぇ…思ったとおり、よく似合うじゃないか」
スミレが感嘆の声を漏らす。
彼女の前には、いつもとは違う制服を着た紅と悠希が居た。
彼女達は同じ制服に身を包んでいる。
違う事と言えば――
片やこれ以上ない程に楽しそうな、片やこれ以上ない程に嫌そうな、表情を貼り付けていることだろう。
「偵察に行くのに何で制服を着替えなきゃいけないのよ…」
「いいじゃん。気分気分」
楽しそうにスカートの裾を弄る悠希に、紅は静かに溜め息を落す。
すでに諦めはついていた。
「それじゃあ、しっかり頼んだよ。まぁ…遊んでくるも調べてくるもお前達の自由だけどねぇ」
そう言って、スミレは部屋を出て行った。
ふと、紅が疑問を抱く。
「ねぇ…皆に何て言うつもりなのかしら…」
「…さぁ?出かけてる、もしくは用があって来れないとでも言うんじゃない?」
ご機嫌に荷物の準備を始めた悠希。
仕方なく、紅も彼女と同じように準備を始めた。
そして、青学テニス部でたった二人のマネージャーは自校を後にする。
その頃テニスコートでは、スミレの口から紅達の欠席が告げられて肩を落とす部員の姿が見られた。
「氷帝学園到着ー」
悠希が楽しげに声を上げる。
日曜日、と言う事もあって校門を行き交う学生の姿はない。
そんな場所に、二人は立っていた。
「テニスコートは何処なのかしら」
まず、悠希が校門を潜ってキョロキョロと辺りを探る。
そんな彼女を追う様に歩いていた紅が、悠希を追い抜いて前に立った。
「紅?」
「こっちよ」
そう言って紅が歩き出す。
慌ててそれを追って走る悠希。
やがて隣に落ち着いた悠希は、疑問を紅にぶつける。
「何で知ってるの?」
「…情報所があるから。この前見に来いって誘われた所なのよ」
だから、わざわざ制服を入手してまで来る必要などなかったのだ。
もとより、紅にはテニス部を訪問する理由があったのだから。
「あぁ、なるほど。楽しみだなぁ」
「何が?」
「景吾の嫌そうな顔が目に浮かぶわ」
音符を飛ばしそうなほどご機嫌に歩く悠希に、紅は苦笑を浮かべた。
彼女の言った人物には、紅も覚えがある。
と言うよりも、立派な顔見知りだ。
「……程ほどにね…?」
紅が肩を落としながらそう言った。
暫く歩いて、漸くその視界にテニスコートの片鱗を捉えた二人。
「休みの日に珍しいな……って……」
「「!?」」
そんな二人の背中に声がかかる。
振り向いてしまった紅と悠希の目に、目を瞠るような色の髪が映った。
バッチリ合わせてしまった目線。
「………あー!!紅と悠希じゃん!!久しぶり!!」
飛びつかんばかりの勢いで走り寄ってくる彼に、二人は苦笑いを浮かべた。
「久しぶり、岳人」
「ホントだって!!いつ来るのか楽しみにしてたんだぜ?」
「三週間ぶりでしょー?そんなに経ってないって」
「…相変わらずだな。悠希。で、お前らその格好は?」
向日は地面に足を落ち着けず、ひょこひょこと身体を揺らしている。
その姿は傍から見ている分には面白い以外の何者でもない。
悠希は笑いを堪えながら紅の腕に自分の腕を絡めて笑んだ。
「ど?似合うでしょ?」
「おう!すっげー似合ってるぜ!」
「あ、ありがとう…?」
褒められた事に喜んでもいいのか、と思った紅だったが一応お礼は述べる。
「そのまま氷帝に転校しろよ!!楽しいぜ?」
そう言って紅に飛びつこうとした向日。
だが、それは彼女を腕に納める寸前に阻止される。
「岳人…誰の紅に飛びつこうとしてるん?」
05.05.30