君恋
Season 01:君に恋をした

休日の昼下がりと言うこともあり、芝生が整えられている公園の中には、子供連れの家族の姿がある。
その広場の端にある噴水付近、設置されたベンチに腰を下ろした紅は、ぼんやりとその風景を見ていた。
ごく普通の一般家庭で育った紅にとっては、懐かしい光景だ。
紅も一つ下の弟も、もう親に公園に連れてきてもらうような年齢でもない。
次に公園に来るとしたら、親ではない別の誰かと一緒なのだろう。
そんな未来を考えると、少しだけ胸があたたかくなった。


紅は小さく笑ってから、携帯を取り出して時間を確認する。
恭介が店に向かって30分。
そろそろ戻ってくる頃だろうか、とディスプレイから顔を上げた彼女。
公園の入り口に人影を見つけ、彼女の表情は凍り付く。
迷いない足取りで近付いてくるところを見ると、彼は既に紅に気付いていたようだ。
動けない紅と、歩幅を大きくして進む彼。
その距離は瞬く間に縮まった。

「やっと会えたね」
「………」
「電話も拒否、アドレスは変更。直接会っても何も答えてくれないんだ?」

困ったなぁ、などと呟くけれど、その目は笑っていない。
表情は穏やかだけれど、そう言う性格ではないと知っている。

「まぁ、いいや。とりあえず話がしたい」
「…私に話すことはないわ。もう、終わったことでしょ?」
「それも含めて、話をしようよ」

ほら、と差し出された手をじっと見つめる。
逃げられるものならば、逃げ出したい。
けれど、退路を塞ぐように立つ彼の所為で、逃げ場はなかった。

「強情だなぁ、まったく。それより…髪、切ったんだね」
「っ」
「伸ばしておけって言ったのに。あぁ…そう言った俺への抵抗、かな?」

彼の声が低くなる。
紅がびくりと肩を震わせた。
冷ややかな視線に射抜かれ、身動きが取れない。

「も、う…関係ないでしょ?あなたとは別れ―――痛っ」

言葉の途中で強く手首を掴まれ、小さく悲鳴を上げる。
無理やり立ち上がらされた紅は、眉を顰めて痛みをやり過ごした。

「俺は了承してない」

怖い。

「…離して…」

最早、恐怖以外の感情はない。

「離して…っ!!」
「だーめ」

間延びした声は、楽しげに笑っている。
もう片方の手が自分へと伸びてくる光景に、紅はギュッと目を閉じた。

「女を怖がらせて楽しいか?」

そんな声が聞こえて、掴まれていた腕が自由を取り戻す。
グイッと自分を引っ張る力は強引だけれど優しい。
顔を上げた先には、彼との間に入ってくれた背中。
さらりと、赤い髪が揺れた。

「…誰?」
「誰でもいいだろ。元彼だか何だか知らねぇけど…女を怖がらせる奴は最低だろ」
「………ふぅん…もう新しい彼氏が出来たんだ?」

恭介の向こうから聞こえた声に、違う、と首を振る。
彼とはそんな関係じゃない。
必死に、そう訴えた。

「…どうだかね。ま、興が醒めたし…今日の所は引いておくよ。で、あんたの名前は?」
「………御子柴恭介」
「ミコシバくん、ね。覚えておくよ」

にこりと笑った彼が背を向けて歩き出す。
それに気付くと、紅は恭介の後ろから飛び出した。

「この人は関係ないの!だから―――」

数メートル離れてしまった彼に向かって、そう声を上げる。
首だけを振り向かせた彼は、やはり笑顔を浮かべた。

「またね、紅」

含みある笑顔を残し、公園を後にする。










彼が去ると、紅はぺたりとその場に座り込んだ。
外だとか、汚れるだとか…そう言う感覚は麻痺してしまっている。

「おい、大丈夫か!?」

本人以上に驚いたらしい恭介が、慌てて紅の前に回り込んだ。
ぼんやりした様子で見上げてくる彼女に手を差し出す。

「悪かったな。俺が置いて行っちまったから…これじゃ、何のために一緒だったんだか…」
「ごめんなさい…」
「いや、謝るのは―――」
「ごめんなさい…お願いだから、もう関わらないで」

紅は差し出された手を取らず、口元を覆って俯く。
ポタリ、と彼女の膝に落ちたそれを見て、彼女が泣いているのだと気付いた。

「雪耶…とりあえず、立てよ。そんなところに座り込んでたら汚れるだろ」

出来るだけ刺激しないようにと優しく声をかけるけれど、彼女は小さく頭を振った。
そのまま動こうとしない彼女に、恭介はガシガシと頭を掻く。
今は幸いにも人の気配はないけれど、いつ誰が来るかもわからない公園だ。
自分が泣かせていると思われるのは―――まぁ、構わない。
泣いている彼女をそのまま放置しておくことが問題だ。

「…ったく…しょーがねぇな…」

恭介は小さく呟いた。
そして、彼女の手を取り、少し強引に立ち上がらせ―――

「!?」

その勢いのまま膝裏を攫い、抱き上げてしまう。
そんな彼の予告ない行動に小さく悲鳴を上げる紅。
しかし、あまりにもあっさりと抱き上げられたことに、抱き上げた本人もまた、驚いていた。
女性とはこんなにも小さくてか弱いものだっただろうか。
姉と言う存在により斜めに進んでいた、恭介の中の女性に対する印象が、少し修正された。

「ちょ…御子柴くん!?」
「とりあえず、いつまでもこんな所に居られないだろ」
「だからって、こんな…!!」

驚きのあまり涙も止まってしまった。
混乱する頭で、とりあえず彼を止めなければと言う思いだけが動く。

「お前に任せてたらいつまでも動けないだろ」
「だ、大丈夫!ちゃんと歩くから!」
「………本当かよ?」

訝しむ彼。
抱き上げられて必然的に近くなった距離に、紅は思わず顔を赤くした。
幸い、涙のお蔭で彼には気付かれなかったようだけれど。
何度も頷けば、やや納得していないながらも彼は紅を地面に降ろす。
まるで、数時間ぶりに再会したような安心感。

「じゃあ、とりあえず移動だ。俺の家が近いから、寄って行けよ」
「ううん、大丈夫…」
「お前がそう言うなら止めねぇけど…その顔で帰ったら、親が心配するんじゃねぇか?」
「………」

一理ある、と黙り込む紅。
泣き腫らした顔、落ち込んだ様子で帰れば、母親はとても心配するだろう。
運よく買い物に出てくれていればいいのだが、今の時間帯ではそれも難しい。
色々と考え、悩み―――紅は、恭介を見上げた。
そして、ぺこりと頭を下げる。

「…お願いします」

悪足掻きかもしれないけれど、水道の一つも借りられれば少しはマシになるかもしれない。
紅の中の天秤がそちらに傾いた。

10.11.07