君恋
Season 01:君に恋をした

カラン、コロン。
お店のベルが鳴り、レジのところにいた店長が顔を上げた。
来客者を見るなり、彼はおや、と笑顔を浮かべる。

「こんにちは、恭介くん」
「…ッス」
「お姉さんなら奥で対応中だよ。もうすぐ終わると思うから―――待つかい?」

店長の問いかけに、恭介は「あー…」と悩み声を零す。
色々と頭の中で考え、結果として彼は頷いた。

「OK、少し待っててよ。一応声をかけて―――」

店長が奥に向かおうとしたその時、向こうから歩いてくる二人の女性がいた。
一人は恭介の姉であり、この店のスタッフの明日菜。
そして、もう一人は明日菜が担当したであろう女性。
俯く女性にどこか見覚えを感じ、少し悩んだ恭介が、あ、と呟く。

「…もしかして、雪耶?」

確信が持てなかったのは、恭介の知る彼女の印象が、背を覆う長い黒髪だったから。
その黒髪は今や、肩のあたりまでの長さになっている。

「え―――っ!?」

俯いていた彼女が顔を上げる。
しっかり目を合わせてしまった後で、彼女は勢いよく背中を向けた。
その理由は、恭介も気付いてしまう。
彼女の目元が赤く腫れていたから。

「う、わ。恭介タイミング悪い」
「わ、悪い―――って、元はと言えば姉ちゃんが忘れ物をするからだろうが!」
「はいはい。それより、紅ちゃん。うちの恭介と知り合いなの?もしかしてクラスメイトとか?」

後ろを向いたままの紅の傍らに立ち、そう問いかける。
紅は小さく頷いた。
そっか、と答えた明日菜が、悩むように黙り込む。
そして、紅に小さな声でいくつか問いかけをしてから、恭介の方へと歩いてきた。

「恭介、ちょっとおいで」
「はぁ?何なんだよ」
「いいから」

そう言って強引に彼を店の端に引っ張っていく。
店内に他の客はいないので気にすることでもないのだが、内容が内容だけに配慮は必要だ。

「あんた、この後暇よね?」
「暇じゃねぇ」
「嘘ばっかり。とにかく…紅ちゃんを送ってあげてくれない?」
「はぁ!?何で俺が!………第一、アイツどうしたんだよ」

一度は大きく答えてから、我に返って声を潜める。
恭介の問いかけに、明日菜は肩を竦めて息を吐いた。

「どうも付きまとわれてるらしいのよ」
「付きまとわれてる?誰に」
「元彼」
「内輪揉めかよ…。んなの、当人同士で解決しろよ」

溜め息と共にそう呟く。
恭介の言う事も尤もだ。
当人同士の問題であり、第三者が関わるべきものではない。

「つーか、そんなこと俺に話していいのか?」
「大丈夫よ、ちゃんと了承を貰ったから。相手が性質の悪い男みたいなのよ。一人で帰らせるのも心配だから」
「だからって、何で俺が送るんだよ」
「偶然居合わせたから。駄目だって言うなら…麻奈姉に報告するわよ」

脅しのきいた言葉に、恭介がぐっと声を詰まらせる。
困っている女の子を助けなかったなんて告げ口されたら、何と言われるか。
身体に植え付けられている姉への服従心が、恭介に膝をつかせた。

「…わかったよ!ちっ…かったりぃ…」
「流石!頼りになる男ね!!」

先ほどの脅しの空気を一掃し、明日菜は笑顔で恭介を褒めた。
嬉しくねぇ、と言う呟きは聞こえていなかっただろう。
勘定を済ませていた紅の元へと戻った明日菜が、彼女に事情を説明する。
しきりに首を振っているところを見ると、必要ないと言っているのだろう。
そう話をする方ではないけれど、手放しに喜ぶような性格ではなかったはずだから、無理はない。

「いいからいいから。いつでも相談に乗るから、連絡してね。―――ほら、恭介!頼んだわよ!」

そう言って、明日菜は強引に二人を店の外へと追い出した。
そして、笑顔で手を振って店のドアを閉める。
放り出された二人は、暫しその場で沈黙した。

「………行くか」
「…うん」

いつまでも店の前で立ち尽くしているわけにもいかない。
はぁ、と溜め息を一つ吐き出してから、恭介が紅に声をかける。
彼女は伏し目がちに視線を落としたまま、短く頷いた。

「お前ん家、どっちだっけ?」
「…公園の奥の団地」
「へぇ…俺の家もその辺だぜ」
「そう、なんだ」

紅が頷いた後は、沈黙だ。
ただ無言で、急ぐでもなくゆっくりと足を進める。
ちらりと横目に見た紅は、もう俯いてはいなかった。
あまり話す機会はなかったクラスメイト。
動く度に揺れた黒髪は、まるでテレビのCMに出てくる女優のように綺麗だと思ったのを覚えている。
短くなってしまったことを少し残念に思う自分がいることに驚いた。

「…御子柴くん」
「お、おう。なんだ?」

じっと見つめていたことがばれたのかと狼狽する恭介。
しかし、彼女はそれに気付いた様子もなく、変わらず前を向いたままで続けた。

「ごめんね。わざわざ送ってもらって…」
「…いや、気にすんな。どうせ暇だったしよ」

明日菜に聞かれれば、言ってることが違うと言われそうだ。

「でも、何か用事でお店に来たんでしょう?」
「ああ、あれは―――」

姉ちゃんの忘れ物を届けに行ったんだ。
そう答えようとして、ハッと気付く。
足を止めて自分の手を見ると、しっかり握られた紙袋。

「渡してくるの忘れた!!やっべ…姉ちゃんに怒られる!!」
「え?」
「悪い!!ちょっと店まで走ってくるから、そこで待っててくれ!」

返事も聞かずに回れ右をして走り出す恭介。
止めようとしたけれど、既に彼は声が届かない位置まで走ってしまっていた。
そこ、と示された公園を見て、恭介が去った方を見て…小さく溜め息を吐き出す。

「ここまででいいって言おうと思ってたのに…」

言いそびれた言葉を口にし、紅は公園の中に入っていった。

10.11.03