君と歩いた軌跡  007

「で?」

Tシャツから制服に着替えていると、思い出したように彩子がそう声を上げる。
制服のブラウスのボタンに手をかけたまま彼女の方を振り向く紅。

「で、とは?」
「あの場所では話せなかっただろうけど、桜木花道とあんたの関係。あと、流川との進展」

ベンチに座っている彼女は、聞く気満々と言った様子だ。
恐らく、どちらかをある程度話すまでは解放してくれないだろう。

「桜木くんとは、中学の頃に知り合ったんです」
「………もしかして、1時期流れた噂のあれ?」

思い当たることが合ったらしい彩子が問いかける。
紅は恐らく、と頷いた。

「ふーん…あんたが不良と付き合ってるなんて、デマだと思ってたけど…本当だったの?」

意外、と言いたげな表情を見せる彼女に、紅は首を振った。

「デマです。ただ、一度だけ一緒に帰ったのは事実ですけど…」
「付き合ってないのに?」
「色々事情があるんです。とにかく、その一回を見られてたみたいで…噂になってましたね、そう言えば」

仲の良い友人に囲まれ、不良と付き合ってるの!?と質問攻めにされた。
中学生とはいえ、それなりに大人びていて落ち着いていた紅は、割と男子の人気だった。
思春期らしく恥らって話せなくなるようなタイプでもなく、押し付けるように話しかけていくわけでもない。
話しかけられれば自然に答えを返し、必要があればこちらからも話しかける。
ごくごく普通の対応を取る女子生徒は、男子生徒にとっても話しやすかったのだ。
そんな裏事情もあり、噂はよく広がった。
中には信じてしまっている者もいたようだが、紅が友人に否定して、その友人が噂の撤回に奔走してくれた。
お蔭で特に被害もなく、75日を待たずに、一週間ほどで噂は消失。

「じゃあ、一緒に帰ったって言うのは事実だったんだ」
「私は全面否定した覚えはありませんよ。付き合ってないって友人に話したら、協力してくれたんです」

尤も、クラスで仲の良かった男子もそれなりに助力してくれていたようだが。

「まぁ、そうよね…紅はあの頃から流川の事、好きだったもんね?」

にっこりとした笑顔で問われ、紅は視線を逸らす。
彩子はそんな彼女の反応を照れだと受け取ったらしく、いつの間にか立ち上がって彼女を肘でついてくる。

「で、流川とはどうなの?」
「だから…変化はありませんってば。もう!早く帰りましょうよ」
「だーめ!そっちの方が聞きたいんだから!さっきの流川の反応も気になるし」

逃がさないとばかりに後ろから抱きつき、そう答える彩子。
そんな彼女の言葉に、紅は「え?」と疑問の声を発する。

「知らなかった?流川がじーっと紅のこと見てたわよ」
「…偶然ですよ、きっと」
「偶然で人をじーっと見つめるような人間じゃないでしょ、流川は」

確かに、と納得しそうになる。
しかし、ここで頷いてしまえば彼女の質問攻めは避けられない。
何としても偶然にしたい紅と、偶然にしたくない彩子。
暫く続いた無意味な攻防は、鳴り響いた携帯のピロピロと言う音によって中断された。

「あ、私です」
「電話?シンプルな音ね」
「アラームですよ」

そう答え、携帯を開く。
時刻は18時ジャスト。

「何のアラームをかけてるの?」
「帰宅後に必ずメールを入れるように言われてるんです。だから忘れないように」
「あー…女の子の一人暮らしは危ないからね。気をつけなさいよ」

何だかんだと言っても、彩子は優しい。
ちゃんと心配してくれる先輩に、紅は頷きながら微笑んだ。

「仕方ないわね。これ以上遅くなっても危ないし…今日はこの辺で勘弁してあげる」

そうして紅から離れた彩子は、自分の鞄を肩にかけた。
紅が準備を終えるのを確認し、部屋の窓の鍵を確かめる。
そして、二人で並んで更衣室を出た。

「あ」

鍵をかけるためにドアに面していた彩子とは違い、ドアに背を向けていた紅がそう声を零す。
何?と問いかけつつ振り向いた彩子の目に、こちらに向かって歩いてくる流川が入ってきた。
彩子の視線を受け、軽く会釈をする。

「あ、丁度良かったわ。流川!」
「何っスか?」
「紅を送ってあげて。帰っている間に暗くなると思うし。私はキャプテンと打ち合わせがあるから」

あっさりとそう言うと、彼女は紅の背中を押す。
押し出されてしまった紅は、「彩子先輩!?」と慌てたように声を上げた。
しかし、その力に逆らう事が出来ず、流川の隣に並んでしまう。

「―――行くぞ」
「あ、うん。…お先です、先輩」

くるりと踵を返して歩き出す彼に続き、紅が振り向きながらそんな言葉を残す。
手をひらひらと振りながら二人を見送った彩子は、トン、と壁に凭れた。

「変化はない、ねぇ?」

あれを見せられてその言葉を納得できるほど、彩子は鈍くはない。
にやりと口角を持ち上げた彼女は、差し込んだままだった鍵を回して更衣室を施錠し、楽しげに歩き出す。












「絶対明日色々と聞かれる…」

げっそりした様子で肩を落とす紅。
自転車を押しながら歩いてきた流川は、彼女の言葉に首を傾げた。

「どうかしたのか?」
「彩子先輩に色々と聞かれるだろうなーってね。送ってもらう事になったわけだし」
「…いつもの事だろ」
「先輩はいつもの事だって知らないもの」

はぁ、と溜め息を吐き出す。

「………知らないのか」
「知らないよ?って言うか、知ってる人はいないんじゃない?」

紅がそう答えると、彼は何かを考えている様子で前を向いた。
彼女に合わせるように歩調を緩めながら黙り込む流川に、紅は心中で首を傾げる。

「お前、あいつ…」
「ん?」
「……何でもねー」

彼が言おうとしたことを途中で放棄してしまうのはよくあることだ。
いつもに増して歯切れが悪いようだったが、とりあえず無理に聞こうとはしない。
そろそろ前を向いて歩こうか―――と思ったところで、彼が自転車に跨った。

「乗れ」
「二人乗り禁止だよ」

そう言いつつ、彼の自転車の後ろに乗せてもらう。
人が支えてくれている自転車と言うのは、自分でバランスを取っていないので少し乗りにくい。
けれど、彼の場合はしっかりと支えてくれているので、意外と楽に乗れると言うことを、今までの経験から知っている。
いつも二人乗りをするわけではないけれど、偶にこうして紅を後ろに乗せて帰る。
歩くのが面倒になったのか、それとも―――真相は流川の心中にだけ存在していた。

「掴まってろよ」

毎回のことなのに、いつでもそう確認する。
口数が少なく、考えを読み取るのは難しいけれど…彼のこう言うところが優しいなぁと思う。
ほんの少しの躊躇いの後、彼に手を回す。
以前学ランを掴むだけにしておいたところ、彼自ら手を取って腰にまわす羽目になった。
彼にされるくらいならば自分でしておいた方が、まだ調整が出来る。
お互い、傍から見ればごく自然な姿勢で二人乗りをしているように見える。
しかし、彼らも高校生。
異性に敏感になるお年頃の彼らの心中は騒がしい。
いつになってもほんの少し慣れない姿勢のまま、自転車が強い力で漕ぎ出された。

08.05.22