黒に染まる、黒に染める

視察に出ている鬼灯に代わり、裁判の補助をしていた紅。
一息ついたところで背後に気配を感じると同時に、クイッとドレスの裾が引かれた。
おや?と振り向いた先に人はなく、引っ張られる感覚に導かれるようにして視線を落とす。
そうすると、闇色の目が二対、紅を見上げていた。

「………子供?」

紅の両側をがっちりと固めている二人の子供に首を傾げる。
そういえば、今まで姿は確認していなかったけれど、この気配を何度か感じたことがあったと思い出す。

「…ここに住んでいるの?」

そう問いかけると、示し合わせたように、同時にこくりと頷く二人。

「一子」
「二子」

自らを指しながら順に声を上げる彼女らに、それがそれぞれの名前であると悟る。

「一子と二子ね。座敷童子?」
「「そう」」
「なるほどね…あ、私は紅よ」
「紅様、知ってる」
「鬼灯様の奥さん」

そう言うと、二人がぎゅうっと紅の足に抱き着いてきた。
子供二人に抱き着かれたところでふらつくような軟弱ではない紅は、しっかりと二人を抱きとめる。

「紅様、すっごく働き者」
「だから好き」
「あら、ありがとう」

いつから見られていたのかは知らないけれど、仕事の様子を観察されていたのだろう。
そういう妖怪だと知っているから、気にはしない。
彼女らの好意はすなわち、仕事への評価に他ならないのだから、決して悪い気はしなかった。

「それにしても」

抱き着いたままじっと見上げてくるその目に、子供らしい感情は見えない。
女の子であることを除けば、何となく誰かを思い出す目である。

「(………鬼灯、よね)」

性別も異なることから、完全に一致するとは言わない。
しかし、雰囲気が似ていると感じるのは、果たして自分だけだろうか。
それにしても、基本的に人がいる家に住み着く妖怪が、何故こんなところにいるのだろうか。







「紅様ー、書類持ってきました!」
「はい、預かりました。確認するから少し待っていてくれる?」

トコトコと近付いてきた茄子から書類を受け取り、分厚いそれをザッと確認していく。
その間も、座敷童子たちは紅の服を掴んだまま、じっと彼女を見上げている。

「…紅様、気にならないんすか」
「この子たち?そういう妖怪だからね」

仕事をしていれば問題ないわ、と答えながらも、彼女の視線は文字を追う。
そんな彼女を見上げる二対の眼差しは、心なしかキラキラしているように見えた。
やがて、その手がピタリと止まった。

「ここの所、予算の根拠が不十分ね。この書類は上司に持って行けって言われた?」
「あ…はい」
「紅様に確認してもらうようにって!」
「まったく…女は小さいものに弱いと思われているのは心外よね。君たちに持っていかせれば通ると思って」

私はそんなに甘くはない、と呟くと、胸元に挟んでいたペンを取り出して修正箇所に書き加える。
そうして、それを束のまま茄子に返した。

「再提出。その本人に自分で来るように言っておいて」
「はーい!」
「あなたたちに文句を言うようなら、さっきのページを見せればいいから」
「わかりました」
「さて、と…お昼でも食べに行こうかしら。あなたたちは食べたの?」

紅が座敷童子たちに問いかけると、彼女らは首を振った。
それならば、とひょいと二人を両腕に抱き上げ、食堂へと歩き出す。

「紅様、重くないの?」
「私も妖怪だからね」

向かう方向が同じだからなのだろう、茄子と唐瓜が彼女らの両脇に並ぶ。
一子と二子は、機嫌良さそうに足を揺らして、簪から流れる彼女の長い髪で遊んでいる。

「嬉しそうだな、二人とも」
「紅様もね」
「あら、鬼灯」

三人と二人、並んで歩いていると、向こうから鬼灯がやってくるのが見えた。
紅の声に気付いて手元から顔を上げた彼は、迷いなく五人の元へと歩いて来る。

「視察はどうだった?」
「色々と指導が必要で時間がかかりました。予定時間を超過してすみません」
「こちらは滞りなく片付いているから大丈夫よ。お疲れ様」
「やはり、あなたがいてくれると安心して視察に出られます」

どことなくほっとした様子の鬼灯に、紅の両腕から「優秀」「働き者」と声が上がる。
そうですね、と相槌を打ちながら二人の頭を撫でると、鬼灯は紅を見た。

「これからどこに?」
「少し遅いけれど、昼食に。あなたは?」
「これからです。一緒に行きましょう。それより二人とも、そろそろ降りなさい」

彼女が重いでしょう、と告げると、二人はぴょん、と紅の腕から飛び降りた。
そして、そのままタタタ、と廊下の向こうへ駆けていく。
向かう先は食堂のようだから、先に向かうのだろう。

「曲がり角でぶつからないでね!」

紅の少し大きめの声に、はーい、という返事が聞こえた。






そんな様子を傍らで眺めていた唐瓜が呟く。

「…家族だな」

その呟きに同意した茄子が、「ねー、紅様」と声をかけながら近付いていく。
この空気に入っていくか!?という唐瓜の声は無視だ。

「紅様、子供好き?」

唐突な問いかけにも、紅は気にした様子もなく振り向く。

「そうね…子供が好き、と思ったことはないけれど―――」

少し考えるようにして沈黙した紅の隣には、既に意識を腕に抱えた書類に向けた鬼灯がいる。

「鬼灯の子なら、抱いてみたいと思うわ」

にこりと微笑んだ紅の隣から、ガンッという鈍い音がした。
思わず向けた視線の先に、ひび割れた太い柱と、その傍らに佇む鬼灯の姿。

「ほ、鬼灯…すごい音だったけど…額…じゃなくて、角は大丈夫?」

靴音を響かせて彼の元へと近付き、赤くなってるけど…とその額に触れる。

「紅」
「うん?」
「初耳です」
「何が?」
「…無自覚か」
「??」

呟きと共に天井を仰ぐ鬼灯に、その表情が見えなくなった。
言葉の意味が分からずに首を傾げる紅を改めて見ると、深々と大きな呼吸を一つ。

「―――大丈夫です。後で修理の手配をお願いします。自費で支払います」
「え、ええ、それはそれでいいんだけど…どうしたの?」
「大丈夫です」

何がどう大丈夫なのかを答えるつもりのない彼に、そう、と返すのが精一杯だった。









「鬼灯様、仕事中でも紅様が相手だと駄目なんだなー」
「…やっぱ、あれってそう言うことか?」
「そりゃそうだよ。柱に頭突きするくらいにはキタって感じ?この分だとすぐ子供生まれそうな気がする」
「実際の所、どうなんだろうな。鬼と狐だろ?」
「朧車よりはありだろ」
「あぁ…確かに」

18.01.04