黒に染まる、黒に染める
「第二補佐官の紅さんです。私とほぼ同等の業務内容ですから、私が不在の時は彼女を頼ってください」
「よろしくお願いします」
「私と同様に長い間地獄で勤める獄卒です。ここ数百年は私の用事で地獄を離れてもらっていました」
あぁ、そういうことになったのね、と愛想笑いを浮かべる。
確かに、里帰りで500年も留守にしていましただなんて、外聞が悪い。
「―――はい、では大王、乾杯の挨拶を」
「いやいや、鬼灯くん!これで終わり!?」
話を振られた閻魔大王が、皆を見てよ!?と促せば、よく言ってくれた、とばかりの視線の数々。
回覧が回ってきているし、噂だってあるのだから、紅が第二補佐官だと言うことは知っているのだ。
だから、我々が気になっているのはそっちじゃない!
そう言いたげな視線に、鬼灯は溜め息、紅は苦笑を浮かべた。
「…私の妻です。手続きは数日前ですが、数千年前から夫婦ですから、そこのところは誤解のないように」
おぉ…!やら、きゃあ!やら、ぎゃーっ!やらと賑やかだ。
多種多様な反応に苦笑を深めたところで、大王が腰を上げて乾杯の挨拶をする。
そこからは無礼講、とまではいかないけれど、各々が好きに酒を楽しむ時間の始まりである。
「今回は随分と参加が多いねぇ」
嬉しそうに赤ら顔でそう語る大王に、それはそうだろう、と頷く。
「みんな気になってたらしいからな。鬼灯が結婚してるって誰も知らなかったらしいし」
「っつーか、帰ってきてたなら俺の所にも挨拶に来いよな、紅!」
「あら、蓬に烏頭。久しぶりね」
のんびりと酒を飲みながら笑顔を浮かべる紅に、蓬と烏頭もおう、と返す。
「二人は知ってたんだね」
「そりゃ…な」
「知ってるっつーか、ガキの頃から見てれば当然っつーか…」
にやにやしながら鬼灯を肘で突くけれど、彼は気にした様子もなく酒を呷っている。
もうすでにかなりの量を飲んでいるが、相変わらず涼しい顔だ。
「こいつ、ガキの頃から紅のことばっかり追いかけてたんだぜ!」
「まぁ、紅さんの名前を聞く機会は多かったな」
「…ってことは、鬼灯くんが子供の頃から知ってるんだね」
そういえば、二人の出会いって聞いたことがないなぁ。
などと酒に霞んだ思考の中で考える。
この二人は基本的に進んで自分たちのことを語らない。
知らないことも多いと、今更ながらに気が付いた。
「二人はどこで知り合ったの?」
その言葉に、付近の空気がシンと静まる。
鬼灯と紅、似合わないとは言えない二人の官僚の出会いともなれば、気にならないはずがない。
聞き耳を立てる周囲に気にすることなく、紅がちらりと鬼灯を見た。
「鬼灯の出生は…?」
「あぁ、皆知ってるよ。人間だったことは、別に隠してないしな」
「そう。それならいいか…。鬼灯との出会いは、人であった鬼灯の終わり、鬼となった鬼灯の始まりですよ」
「…と言うことは、鬼火が入ったとき?」
確認のように問われるそれに、はい、と頷く。
その隣でコトン、とグラスを置いた鬼灯。
「…鬼火が足りなかったんです」
「え、そうなの?」
「そこに偶然、私が居合わせていて…私の狐火で補ったんです」
そのときが始まりですね。
紅は懐かしむように目を細めた。
「狐火で補えるんだね…」
「ええ、私も物は試しと入れてみただけなんですが…上手くいきました」
「私の中には紅さんの狐火がありますからね。お蔭で、彼女の居場所がわかります。逆も然り」
「それで二人ともお互いの場所を完全に把握しているのか!高性能GPS!!」
道理で、今どこにるかな、と尋ねてみると正確な答えが返ってくるわけだ。
お互いのことがよくわかっているんだな、と思っていたけれど、そういう裏話があったらしい。
「ガキの頃に“近くまで来たのに顔を出さずに帰って行った”って不機嫌だったのはそれでか!」
「そういやそんなこともあったなぁ…」
「………」
どうやら昔話を咲かせるつもりはないらしい。
鬼灯は再び無言で酒を飲み始めた。
その隣に座っていた紅が、じっと鬼灯を見つめる。
「…何ですか」
「…私、鬼灯は刷り込みの一種だと思うのよね」
「………はい?」
「鬼として目覚めて一番初めに私と出会ったでしょう?だから、私に対する感情は刷り込みだと思うの」
「………その件については、結婚したときに解決したと思っていましたが」
まだ引きずっていたんですか、と呆れた視線が彼女を射抜く。
その眼差しに苦笑し、紅は首を振った。
「疑っているわけじゃないわよ。ただ、新たな可能性を奪っちゃったかな、とは思ってるけど」
「あなたと出会っていなければ、結婚なんてせずに仕事の鬼でしたよ」
「そう…かもしれない…ね」
「…酔ってるんですか?」
「まさか」
即答する紅に彼女の前に置かれた徳利の量を見てから、そうですよね、と頷く。
彼女はこの程度では酔わない。
「鬼灯様、あの…良かったら一緒にどうですか?」
会話が一段落したところで、男鬼が恐る恐る声をかけてきた。
獄卒の視線が一瞬、自分を見たことに気付く紅。
しばし無言になる鬼灯をちらりと見てから、紅がその獄卒の方を見る。
「もしよかったら、私が行っても?」
「あ、是非!紅様と話したい奴も多いんですけど―――」
ちらりと鬼灯を見る視線に、彼を差し置いて紅だけを誘うことはできないと思ったのだろうと察する。
それなら、と腰を上げた紅は、こっちです、と促されるままに歩き出す。
「紅ちゃん、皆で飲むの好きだよねぇ」
昔から、ああやって誘われていくよね。
大王の言葉に、鬼灯が手を止めた。
「私の代わりをしてくれているんですよ。皆で飲むことも嫌いではないでしょうけれど」
昔からそうだった。
鬼灯を一瞥しただけで、その無表情から彼の感情を読み取ってしまう。
そして、彼が周囲と波風を立てずに馴染めるように、いつの間にか手をまわしている。
「そうだったの?それで、紅ちゃんが参加してる飲み会では鬼灯くんの機嫌が良いんだねぇ」
「………そうですね。彼女がいてくれると楽です」
「昔から、彼女と君は仲がいいよね。まさか、結婚していたとは知らなかったけど…」
「俺たちからすると、知らなかったってことに驚きだけどな」
「そういや、前から思ってたんだけどさ…紅さんと一緒に働くのってどうなんだ?」
「助かります。彼女は時間を作るのが上手い」
鬼灯曰く、紅は常に効率の良い動き方をするという。
全体の仕事を把握し、最短かつ最良の形で片付けるように計算した上で行動する。
それが自分の仕事だけではなく、鬼灯の仕事の内容まで含むというのだから、その有能さは素晴らしい。
「仕事であちこち回ってくんのは?男の獄卒多いだろ」
「…仕事ですから。それに、彼女は私の金棒を投げ返せる程度には強いです」
「とはいえ、あの格好だ―――本音は?」
「執務室から一歩も出したくありませんね」
だろうな!とケラケラ笑う烏頭。
「ところで、さっきの“刷り込み”って何なんだ?」
「…昔から、ああなんですよ。どうにも私の気持ちは信用されていないらしい」
彼女に求婚したときも一悶着あった、とため息を零す。
その一悶着とやらを是非ともお聞きしたいところだが、何となく話してくれないだろうと察した幼馴染。
「もしかして、今まで公表してなかったのに急に公表したのってそれが理由か?」
「責任感は強いので、外堀だけはしっかり固めておこうかと」
「(逃げ道を塞がれたわけだな。紅さんも気の毒に…)」
それにしても、と蓬は鬼灯を見て、それから向こうのテーブルで獄卒たちに囲まれる紅を見た。
「(仕事中、あれだけ鬼灯の考えを読み取って動ける人が、その気持ちだけはわからないなんてことは…なさそうだけどなぁ…)」
機微な女心なんてわからないから、その理由までは思いつかないけれど。
少なくとも、彼女が一番信頼しているのは鬼灯だということだけは、間違いない。
あれだけ世渡りが上手い彼女なのだから、もし信頼していないなら上手くやって、鬼灯の元を離れているだろう。
それをせずに鬼灯を支えることに心血を注ぐ様子を見れば、おのずと答えは出てくるというものだ。
不意に、視線を感じて顔を上げると、獄卒の中から紅がこちらを見ていた。
彼女はにこりと微笑み、立てた人差し指をそっと、その唇の上へと添える。
どうやら、耳の良い彼女にはこちらの会話は筒抜けだったらしい。
―――黙っていてね。
言葉はないけれど、そう聞こえた。
17.11.26