黒に染まる、黒に染める

今日の業務も半ばを終えたかという頃。

「紅ちゃんのお披露目会をしよう!」

亡者の列が途切れたときに、閻魔大王がこう言った。
そのときの傍らで巻物を片手に彼を見上げる鬼灯の表情を目の当たりにした紅は苦笑いを浮かべる。

「また、飲み会ですか。というか、紅さんはここでは古株なのですが」
「留守の間に彼女を知らない獄卒もずいぶん増えたし。君たち夫婦のお披露目も兼ねて」
「また面倒な…」
「鬼灯、そう言うこと言わない」
「大王は理由をつけて飲み会を開きたいだけですよ」

まったく…とくるくると巻物を巻きながら呟く鬼灯。
そうは言うけれど、即座に不要ですと切り捨てないあたり、彼も拒否するつもりではないのだろう。

「今更、という感じではあるけれど。でも、獄卒の皆さんに紹介してもらえるのは良い機会だと思うわ」
「…そうですね。一応、全部署に回覧で通達はしましたけれど、今後は視察にも出向いてほしいですし」
「視察は鬼灯の方が適任じゃない?私があなたの分を片付けておけばいいわけだし」
「あなたの方が上手く処理できるであろう案件もいくつかあります。今は力技で処理しています」
「ふぅん…強引さは相変わらずなのねぇ」

大抵の獄卒には一目置かれる存在ではあるけれど、反発がないわけではない。
鬼灯の物理的な圧力によって黙っているだけのものもいて、そろそろ軌道修正を検討していた。

「それで、いつにしようか?」
「できるだけ多く参加してもらうなら、少し日にちを置いて…今月の半ばにでも設定しましょう」
「君に一任するよ」
「人はそれを丸投げと言います。でもまぁ、その方が楽ですね」

さらりと毒づきながらも頷いた鬼灯は、自分の中でスケジュールを組み立てていく。
肩を落とす閻魔大王の隣で、紅がポンと彼の肩を叩いて慰めていた。










紅が廊下を歩いていると、角の向こうから「鬼灯様だ!」という明るい声が聞こえた。
その言葉に、おや?と首を傾げていると、目の前の角から白い何かが飛び出してくる。

「ねぇねぇ、鬼灯さ―――あれ?」

目の前にやってきたずんぐりとした白い犬が、不思議そうに紅を見上げる。

「鬼灯様なら、今は執務室よ」

何か用事でしたか?と質問するけれど、犬はクンクンと紅のドレスの裾の匂いを嗅いだままだ。
犬の習性なので、服の匂いを嗅がれるくらいは気にしない。

「鬼灯様じゃない…?」
「…そうね」
「いい匂いもする!」

彼の目には自分が鬼灯に見えるのだろうか。
少しだけ、目の前の犬の知能指数に疑問を持つが、口には出さない。

「おいシロ!どう考えても鬼灯様じゃないだろ!!」

やや焦ったような表情で猿と雉が走ってきた。
動物だというのに、随分と表情豊かな一行である。
その面子を見て、あ、と気付いた。

「桃太郎さんの」
「桃太郎の知り合い!?俺、桃太郎と一緒に鬼退治をしたシロ!こっちはルリオと柿助!」
「噂はかねがね。初めまして、紅です」
「あ、わかった!!鬼灯様の奥さんだ!!」

納得できたらしいシロの尻尾がブンブンと揺れている。
はい、と頷くと、彼は嬉しそうに紅の足元をぐるぐると回った。

「道理で鬼灯様の匂いがするんだね!」
「シロ、あんまり失礼なことするなよ」
「あぁ、大丈夫よ。私も妖狐だから、その点は理解できるわ」

呆れたように仲間を止めるルリオに紅は笑った。
流石に濃厚な動物的スキンシップは遠慮したいところだが、ある程度は理解できる。

「先日、桃太郎さんにも会ったわ」
「あ、そうなんですか」
「元気にしてた!?」
「ええ、楽しそうに仕事をしているみたいね」
「そっか…桃太郎、良かったなぁ」

離れて暮らしているとはいえ、元は仲間だ。
元気にやっていることは知っているし、時々会うこともあるけれど、やはり平穏無事な情報は嬉しい。

「ねぇねぇ、紅様!」
「うん?」
「これからどこに行くの?」
「閻魔殿に帰るの」
「俺も一緒に行っていい!?」
「ええ、どうぞ」

歩き出す紅に続き、三匹がついてくる。

「ねぇ、紅様!」
「お前、遠慮ないな…」

三歩も歩かないうちに彼女を呼ぶシロに、柿助が呆れたように言う。
無鉄砲というか、天真爛漫というか、何も考えていないというか。
これはこれで癒しの要素はあるな、と考えつつ、返事をする紅。

「紅様は妖狐なの?」
「ええ」
「じゃあ、狐になれるの?」
「そうね」
「鬼灯様に狐になれって言われない?」

鬼灯様、動物好きだよね!
そういうシロに、紅は少しだけ考える。
鬼灯の動物好きは今に始まったことではないし、周知されているならば話したところで害はないか。

「あるわよ」
「喜ぶの!?」
「…でも、完全体よりもこちらの方が喜ぶわね」

紅がそう言うと、彼女の耳が消え、代わりに黒髪の中にぴょこん、と狐耳が姿を現した。
その姿に、三匹が「狐耳!」と声を揃える。

「鬼灯様、狐耳が好きなのか…」
「マニアック…」
「いや、ある意味納得というか…」
「(あ、これは鬼灯のイメージを間違った方向にやっちゃった感じ…?でも、ある意味正解だし…)」

三匹の戸惑いを理解しながらも、フォローは早々に諦める。
嘘を言っているわけではないし―――彼のことだ、そんなに困ることもないだろう。
そう納得してしまうと、紅は止めていた足を動かして歩き出す。
それに気付いた三匹が彼女に続き、一行は閻魔殿へと向かった。






「鬼灯様、獣耳好きなの?」
「…はい?」
「紅様の狐耳好きなんだよね?」
「(わぁ、巻き込まれた。“何を言ったんだ”って視線が痛い)」
「………好きですよ」
「犬耳も好き?」
「…そういう嗜好には理解できます。というより、私にとっては紅さんの狐耳が原点なので」
「鬼灯様の初めて…!」
「シロ…」
「お前…」
「………」
「………いや、そんな目で見ないで。ここまで変な話はしてないのよ、私は」

17.11.15