黒に染まる、黒に染める

閻魔大王が閻魔殿の法廷へと顔を出せば、その場にいた獄卒から挨拶の声が上がる。
それらに同じく朝の挨拶を返しながら歩いていく先に、二人の人影を見つけた。
黒衣に鬼灯を背負う背中と、それから。

「おはよう、鬼灯くん、紅ちゃん」
「おはようございます」
「おはようございます、大王」

何かの打ち合わせをしていたのだろう。
頭を突き合わせて巻物を覗き込んでいた二人は、声に反応して同時に振り向いた。
その光景を見るのはもう500年ぶりのことであり、感無量であると同時に安堵する。
この500年の間ずっと、物足りないと感じていた鬼灯の隣が埋まっていることに。

「相変わらず紅ちゃんはチャイナドレスなんだねぇ」

何だか懐かしいよ、と微笑む閻魔大王に、紅はにこりと笑う。
紅は昔からチャイナドレスを好んでおり、今日もまた、それを選んでいた。
深く入ったスリットから覗く脚線美に、男性のみならず女性も思わず目を奪われる。

「お蔭で獄卒の動きが悪くて困ります」
「そのうち慣れるわよ」
「あなたは着物も十分に持っているでしょう。日本人の心はどこに置いてきたんですか」
「あら、私は元々魔界生まれだし、純粋な日本人とは言えないわよ。それに―――」

カツンとハイヒールを鳴らして机の所まで歩くと、浅く腰掛けて足を組む。
スリットから覗く白い肌に、法廷内が色目気立った。

「お嫌い?」
「好きですね。…よく似合っていますよ。不本意なほどに」
「ありがとう」

にこりと微笑めば、どこかで誰かが倒れた音がした。

「あら」
「紅ちゃん…君、本当に変わらないね…」
「私の感覚では5か月ぶりというだけですからね。そうそう変わりようもありませんよ」
「5か月?そういえば、今までどこにいたの?」

そういえば昨日は聞けなかったんだ、と気付いて問いかければ、紅の代わりに鬼灯が口を開いた。

「里帰りをしていたそうですよ。彼女の世界とは随分と時差があったようで」
「びっくりしましたよ、本当に。浦島太郎さんってこんな気分だったんでしょうねぇ」

そう言ってくすくすと笑う紅は、大して気にしていない様子である。
地獄で生活していると、時間の流れなどさして大きな問題ではないだ。

「あれ…チャイナドレス美女がいる!」

三人の会話が一段落したところで、第三者の声がかかる。

「誰?鬼灯様の知り合い?」

獄卒、茄子の物怖じしない性格は、この場の多くの獄卒の声を代表するものであった。
よく聞いてくれた、と頷く大多数。
その様子を受け、あぁ、と思い出す。

「…あぁ、そうでした。知らない方も多いですね」
「そうなの?」
「500年も留守にしていれば、獄卒の顔ぶれも大きく変わりますよ。異動や退職で」

当然でしょう、と言われて納得する。
そして、差し出された手に自身の手を重ねて立ち上がり、促されるままに一歩前へ進み出る。

「第二補佐官の紅さんです」
「初めまして―――の方ばかりみたいですね。よろしくお願いします」
「第二補佐官って…いたんですか」

俄かにざわめく声に、そこから認識されていなかったことを知る。

「第二って言っても、やることは鬼灯様の秘書みたいなものです。役職なんて要らないと言ったんですけれどね」
「職務内容的に、役職がないままに取り組ませるわけにはいかないものもありますからね。
便宜上、第二補佐官という立場を設けています。窓口が二人になったと認識してもらえば結構です」
「紅ちゃんはすごく優秀だから、気軽に相談や報告をするといいよ」
「そう言うことです。獄卒全体には改めて紹介する場を設けましょう。―――さぁ、仕事を始めますよ!」

パンパン、と手を鳴らせば、それを合図に集っていた獄卒たちが一斉に動き出す。
それを見送りながら、今日の業務の内容を確認する紅の元に、二人の獄卒が近付いてきた。

「紅様!」
「あら、さっきの。どうかした?」
「俺、茄子!こっちは唐瓜」
「よ、よろしくお願いします!あの…これ、紅様でいいんですか?」

腕に抱えていた書類の束を差し出され、それを受け取ってザッと中身を確認する。

「ええ、私の方で確認して、鬼灯、様に回しておくわ」
「紅様って鬼灯様と仲良し?」
「お、おい!」

何を聞くんだよ、と慌てる唐瓜の隣で、どこか目を輝かせて紅の返事を待っている茄子。
そんな彼の眼差しに、うーん、と悩む。

「古い付き合いよ…そのうち、鬼灯から話があると思うわ。…今の彼はどう思っているのかしらね」

後半の呟きは誰かの耳に入るような音量ではなかった。
とりあえずは彼女の返答に納得したらしい茄子は、唐瓜に引っ張られてその場を去っていく。






「唐瓜、紅様の足元見たか?」
「足元?うわ、すっげー踵高いな。しかも細い」
「ハイヒールですよ」

背後からの声にビクリと肩を震わせつつ振り向けば、いつもの無表情を張り付けた鬼灯がそこにいた。

「足が綺麗に見えると、現世の女性がよく好んで履いています」

足が綺麗に―――と言われ、思わず紅の方を振り返る。
視線が、書類を片手に閻魔大王と話をしているらしい彼女の横顔から肩を通り、なだらかな曲線を辿る。

「あぁ、確かに―――痛い!」
「昨日の提出分に記入漏れがありましたよ。再提出は今日中にお願いします」

複数枚を綴じて提出した書類が、後頭部へと振り下ろされる凶器になった。
頭を擦りながらそれを受け取れば、鬼灯は踵を返していく。

「紅様に見惚れたりするから」
「べ、別に見惚れてたわけじゃねぇよ!っていうか、あんなこと言われたら見るだろ、普通は」








「鬼灯、視線が痛い」
「そうですか」
「いくら見たって別に構わないけど…時間は減る一方だし、書類は増える一方よ」

その細腕にどんな力があるのか、と思えるような書類の束を抱えた紅が、呆れたように息を吐く。
その間も彼の視線は彼女の足元へと向けられている。
熱い視線、と言っても過言ではないが、その眼差しからは熱は感じられず、むしろ睨まれていると感じる。

「言いたいことがあるなら聞くけれど?」
「ハイヒールはやめてください」
「気に入っているから却下」
「…聞くと言ったのに」
「聞くと言っただけよ。似合わない?」

コツリ、と踵を鳴らして見せれば、鬼灯は親の仇でも見るような恐ろしい形相で「いいえ」と答えた。

「苦虫を噛み潰したような顔ねぇ…どうせなら似合うものを履いている姿を見てほしい女心を学習しなさい」
「似合う姿を独占したい男心も理解してほしいところです」
「ありがとう。その独占欲は女冥利に尽きるわ」
「…ああ言えばこう言う…」

17.10.01