蒼と白の縁を結ぶ
  薄桜鬼  07

結論から言うと千鶴は雪村の生き残りである可能性が濃厚だった。
既に里は失われており、裏を取るには彼女が探していると言う父親に接触しなければならない。
生きているのかどうかも怪しい、と報告を受けたのは三日前。
鈴蘭は千鶴の素性を探ることよりも、京で彼女の父親を探し出すことを優先している。
とは言え、名も知らぬ鬼一人を探すことは容易ではない。
紅は千鶴から父親の名を聞いておかなかったことを悔やんでいた。
そして、約束の日がやってくる。
千鶴と共に訪れた甘味屋には、あれから二度ほど訪れている。
店の女主人ともそれなりに言葉を交わしており、友好な関係を築いていた。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは。彼女は?」
「あれからはいらしてませんね。今日でしたよね。お見えになられましたらお通ししますね」
「ええ、よろしくお願いします」

紅の頼みに是と返し、湯気立つお茶を置いて店の奥へと消える。
千鶴は律儀な印象だったから、時間よりも早く来ているかもしれないと思っていた。
だからこそ、彼女がまだ来ていないと言うことに少しばかりの違和感を覚える。
それでもまだ早い時間ではあったので、特に気にすることなく椅子へと腰かけた。









「あんたが“紅さん”か?」

不意に、男性にそう声をかけられた。
彼らが入口で主人と何かを話していたことは知っていたが、よもや自分に用だったとは。
はい、と頷きながら、机の傍に立つ彼らを見上げる。

「突然悪いな。千鶴からあんたのことを頼まれたんだ」
「千鶴から?」
「ああ、あいつはここには来ねぇ。それを伝えてほしいと頼まれた」

そういうと、ちらりと隣の男へと視線を向ける彼。
ややあって、視線を受けた男が静かに口を開いた。

「雪村千鶴は死んだ」
「!?」
「お、おい…斎藤」
「伝えるべきことはそれだけだ」

そういうと、彼は紅たちに背を向けて歩き出してしまう。
残された紅が言葉を失っている傍らで、もう一人がガシガシと髪を掻いた。

「すまない。…そう言うことだ」
「ち、千鶴は、どうして…」
「これは俺たちの機密事項なんだ。悪いな」

本心から申し訳なく思っているのか、彼はぐっと頭を下げた。
まさか、この七日の間に千鶴の身に何かが起こるだなんて、考えもしなかった。
折角生き残ったのに―――かつての、赤子だった頃の双子が脳裏によみがえる。
その次に浮かんだのは、七日前の彼女の笑顔だった。

「―――っ」

言葉がつまり、涙が零れた。
声を漏らさないよう着物の袖で口元を覆うも、目の前に立つ彼との距離を考えれば気付かれないはずもなく。
勢いよく頭を上げた彼は、痛みを堪えるように眉を寄せた。


はらはらと涙を流す紅を前に、彼は一瞬思考を飛ばした。
気が付いた時には紅は彼の腕の中にいて、その驚きに目を瞬かせる。
しかし、むき出しの首元が近く、ドクン、と本能が疼くのを感じて慌ててその胸に手を添えた。
それによって我に返った彼は、勢いよく彼女の肩を掴んで引き離す。

「…す、すまねぇ…っ」
「いえ…」

今の行動は彼の所為とは言えないだろう。
うっかりとではあるけれど、気を抜いてしまったことにより、鬼の本性が漏れ出たと考えられる。
男女を問うことなく魅了し、傅かせる蒼龍の性だ。

「…千鶴のこと…教えてくださってありがとうございました。どうぞ、行ってください」

これ以上共にいるのは危険だ。
紅はそう察して目元に残った涙を拭い、彼に頭を下げた。

「……本当に悪かった」

そう言い残して、彼はそこを立ち去った。













甘味屋の外で待っていた斎藤は、漸く姿を見せた原田を横目に歩き出す。

「斎藤!何で」
「どの道、彼女を解放できるかはわからない。であれば、あのように言っておくのが一番だろう」
「そうだがなぁ………泣いてたぞ」
「そこは左之の得意とするところだろう」

あのなぁ、とため息を吐き、髪を掻く。
原田の脳裏に先ほどの紅が過った。
声を堪えるようにきゅっと眉を寄せ、ぽろぽろと涙を流す彼女。
その存在がどうしようもなく儚くて、流れる涙が魅力的で、気が付いたら細い身体を抱きしめていた。
何かに操られていたかのような、あるいは本能を覆う理性を取り払われたような、不思議な感覚だった。
きっかけは、必死に頼んできた千鶴だ。

「約束があるんです。大切な…!ほんの少しでいいですから、外に出られませんか」

そう言った彼女は監視の対象であり、当然のことながら外出など認められない。
素気無く却下され、落ち込む彼女に言付けを提案したのは藤堂だった。
それでも構わないと喜び、何度も頭を下げる彼女に藤堂も嬉しそうに笑った。

「けど、平助は明日非番じゃないよね」
「………あ」
「ってことで、そのお役目は左之さんかな?」

藤堂が非番ではなく、原田が非番であることは事実だったが、沖田の言葉には多少の揶揄もあった。
肩を落とす彼を周囲が笑い、そして話は進んで原田が代理として言付け役に、任命された。
その後、斎藤の同行が決まって今日に至る。

「しかし…千鶴とはどういう知り合いなんだろうな」

あまりの必死さに有耶無耶になっていたけれど、千鶴が頼れる人間は京には少ない。
数日前に京についたばかりだと言う彼女が、どうやってあの女性と知り合ったのだろうか。
もしくは、昔からの付き合いがあったのか―――聞き忘れていたけれど、少しばかり違和感が残る。
まぁ、もう関わることもないか。
そう考え、小さな違和感を頭の片隅へと追いやった。











人の少ない時間だったから、甘味屋での一連の出来事は誰の目にも触れずに済んだ。
あれから少しだけ落ち着くまで店に居座り、紅は重い腰を上げる。

「紅さん、もうお帰りで?あら、いつの間にかお二人ともお帰りに…」
「あ、はい。彼女は来られないと、あのお二人が言付けを預かってきてくださいましたから」
「まぁ、そうでしたの。あのお嬢さんは新選組の方とお知合いなんですね」
「…新選組…?」
「ええ、先ほどのお二人は新選組の原田さんと、斎藤さんです」

新選組の名は鈴蘭から聞いたことがある。
彼女であれば、何かわかるかもしれないと、心の中でその名前を反芻した。

16.12.25