蒼と白の縁を結ぶ
薄桜鬼 06
用意された朝餉を半分ほど口にし、昨日の鬼を探ると宿を出ていく鈴蘭を見送る。
昨夜彼女が連れてきた浪人により、少なくとも動ける程度には回復した。
しかし―――
「(………駄目ね)」
“至上”を知らない時であれば、十分に満足できる濃度の生気を持った人間だった。
しかし、五感が覚えてしまっている。
それだけに、身体が与えられた生気に満足していないことは明らかだった。
「…!」
ふと紅が顔を上げる。
そして、ゆっくりと腰を上げ、窓辺へと近付いた。
二階の窓から路地を見下ろす。
宿の前の路地をうろうろと、何かを探すように歩く人影。
その人は宿の入口へと視線を向けており、紅には気付いていない様子だった。
しかし、視線を向けられていることに気付いたのか、ふと顔を上げる。
紅はその人と視線を合わせると、にこりと微笑んだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちは!」
「良いお天気ですね。何かをお探しで?」
自分の挙動を見られていたのだと気付き、さっと頬を赤らめて、いいえ、と首を振る。
とてもそうは見えないけれど、と言葉を続けようとした矢先、ぐうぅ、と小さな唸り声のようなものが聞こえた。
「あら…」
「~~~~っ」
これ以上ないと言うほどに頬だけではなく顔全体を赤くし、俯いてしまう。
なるほど…紅はその場で立ち上がった。
「少しお待ちになってね」
そういうと、その人が何かを言う前に部屋の中へと引っ込んだ。
羽織を手にし、部屋を出て階段へと向かう。
もしかすると既に去っているかもしれないな、と思いつつ宿の者に外出の旨を伝え、路地へと出た。
紅の予想とは裏腹に、彼女は所在なくあたりを見回しながらそこにいた。
「お待たせしてしまいました」
「いえ…」
「甘味はお好き?」
「あの…えっと…はい」
「良かった。一人では寂しいと思っていたの。ご一緒していただけないかしら」
そういうと、紅は彼女の答えを待たずに歩き出す。
この短い間ではあるけれど、彼女が押しに弱いことは何となく察していた。
案の定、拒絶できずにそろりと紅の隣に並ぶ小さな彼女。
クスリと笑い、笠の下にあるその横顔を盗み見る。
「(………男の装いではあるけれど…女鬼ね)」
既に覚えた鬼の気配を間違えるはずはない。
可愛らしい顔立ちは、格好だけを考えれば男子だと考えるべきなのだろう。
しかし、紅にはその人物が女であることが分かっていた。
「あぁ、紹介が遅れましたね。私は雪耶紅。あなたは?」
「あ、私は雪村千鶴と言います」
「そう…千鶴と言うの。素敵な名前ね」
そうして話を天気の話題へと移し、当たり障りなく会話を続ける傍らで思考を巡らせる。
「(雪村の姓を持つ女鬼…もしや、東の…?けれど、一族は人の手により滅びたと聞いたけれど…)」
雪村の女鬼が生まれたのは、十数年前。
双子が生まれて間もない頃、ほんの少しだけ雪村の里で世話になったことがある。
紅も僅かに記憶の片隅にある程度で、今となっては双子の名前すら思い出せない。
しかし、もし生きていたならば年の頃も、ちょうど隣を歩く彼女と同じくらいだろう。
鈴蘭からは生き延びたと言う報告は聞いていないけれど、万が一と言うことはある。
徐々に警戒心も解けてきたようで、ここで彼女について探っておくべきだろうと決めた。
「見たところ、旅の様相だけれど…」
甘味屋に入り、向かい合わせに腰を下ろしてそう切り出した紅に、千鶴は悩むように視線を巡らせた。
「あ…はい。江戸の方より」
「江戸?私も東の方からこちらに来たの。どこかでご縁があったかもしれないわね」
正しくは江戸ではないが、東の方と言うくくりで言えば間違いはない。
同郷と思ったのか、千鶴は少しばかり表情を緩めた。
丁度そこにお茶と和菓子が運ばれてきて、少しの間、優しい甘味に舌鼓を打つ。
湯呑を手にふぅ、とため息を零したその瞬間を、紅は見逃さなかった。
「…何か、お困りなのかしら。よろしければ話してみない?」
「……えっと…実は―――」
千鶴が京へとやってきたのは、連絡が取れなくなった父を探してのことのようだ。
今朝になって京へと到着し、ここから馴染である医師を訪ねようとした矢先であった。
「あら…では、お邪魔をしてしまったかしら」
「いいえ、実は今朝早くに少し食べていただけで…どこかで、と食事処を探していたら、あの状況で…」
助かりました、と身を小さくする彼女に、微笑ましいと口角を緩めた。
鈴蘭と同じ年の頃の彼女を見ていると、まるで妹でもできたかのような感覚を抱いてしまう。
これは彼女の持って生まれた人格なのだろう。
「私もしばらくは京に滞在するから…またお茶をご一緒してくれる?」
「はい!喜んで」
「それなら、七日後…またこの場所でどう?」
「七日後ですね、わかりました」
またいつか、などと言う不確定な別れ方ではなく、ちゃんと約束を結んでおきたい。
そう思ってのやや強引とも取れる誘いだったが、千鶴は何の迷いもなく頷いてくれた。
騙しているわけではないのに、裏があるだけに後ろめたさを感じてしまう。
誤魔化すように笑顔を浮かべ、店の前で彼女の背中を見送った。
その背中が見えなくなったところで、近付いてきた気配に向けて声をかける。
「彼女の名前は雪村千鶴。歳は…見た通りよ」
「名と齢は間違いないかと」
「そう…生き延びていたのかしら」
「お調べいたしますか?」
「………そうね、お願い。場合によっては京の一族への良い土産になるわ」
雪村の血筋の保護は、鬼にとっては優先すべきことであろう。
もし京の一族が知らないならば、紅が渡す情報としては最良のものとなるはずだ。
「宿で言付けを聞いてくれたの?」
「いいえ、帰ろうとした矢先に紅様の気配を感じましたので、そのまま参りました」
「そう、ありがとう」
そうして宿への帰路を歩き出すと、思い出したように鈴蘭を呼ぶ。
素直に隣を歩き出した彼女の手に、小さな包みを載せた。
「お土産よ」
「ありがとうございます!」
喜ぶ鈴蘭の横顔に、千鶴の笑顔が重なった。
彼女は雪村の生き残りなのか。
彼女が探す父と言うのは、雪村の頭領なのか。
謎ばかりが残ってしまったけれど、これは彼女との親睦を深めながら解き明かしていくことにしよう。
この時は、七日後の約束が果たされなくなるとは考えもしなかった。
16.12.25