親愛なる君に捧ぐ
  Beast Master And Prince  15

相手が女性だから、知人だからと言う配慮はなかった。
ゲルダの喉を潰さんばかりに、その細い首を掴んだシルビオの眼は、獣の危うさを秘めている。

「コウはどうしたんだ。知ってるんだろ!?」
「―――ひっ…お、落ち着いて、シルビオ…!」
「落ち着けるわけないだろ!コウが、目の前で…!!」

自分の目の前で、炎に包まれ、そして消えた。
灰すら残さず、まるで初めから存在していなかったかのように。
シルビオはぐっと奥歯を噛み締め、ゲルダを解放する。
自由を得た彼女は、震える足で二・三歩後ろへと引いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい…!!」

ぼろぼろと涙を零すゲルダは、まるで少女のようだ。
そんな彼女の様子に胸が痛まないと言ったら嘘になる。
けれど、シルビオの中の優先順位でコウが一番高いと言う事実は何を見ても覆らない。
ごめんなさい、と謝る理由が知りたかった。

「何で謝るんだよ」
「私の所為で、コウは…!」
「だから…!ちゃんと話せよ!全部!!」

女性を泣かせるのはシルビオとしても本意ではない。
女性には優しくしないと駄目よ、と言ったコウの言葉が脳裏によみがえる。
記憶の中のその声に、どうしようもない後悔が押し寄せた。
知らないことは罪だ。

「コウは…彼女は―――」










お願いがあるの、とコウは言った。

「私、たぶん…シルビオの傍にいられない」
「!?どうして…」

その表情は驚きに満ちている。
彼女にこの事実を告げるのは酷かもしれない。
けれど、彼女以外に託せる人がいないのも事実だった。

「竜の影響。それから…呪いの反発。何となく自分の限界を感じるの」
「そんな…!あなたは自分で呪いを解いたんでしょう!?」
「呪いと言うのは、傷よ。治療したとしても、そこに傷があったと言う事実は変わらない。
そこに竜の力の影響を受けて…傷口が開いた」

コウの話を聞き、ゲルダは涙を零す。
ごめんなさい、と繰り返す彼女に、コウはただ静かにほほ笑んだ。

「シルビオをお願いね。きっと…待たせてしまうと思うから」
「…待つ…?」
「私は不死鳥の魔女よ?死は別れではないわ」

そう告げるコウは、まるで悪戯っ子のような笑顔を見せた。
それが嘘ではないとわかる表情。

「でも、私は不死鳥ではないから…少し、待ってもらう事になるわね」
どこか遠い目をしながら、コウはそう言った。
「待っていれば…また、あなたに会えるの?」

ゲルダの声が震える。
なんて、不確かな約束なのだろうと思う。
けれど、コウが頷くのならば、それは現実になる気がした。

「会えると…信じてほしい、かな」

そう言ったコウの表情に不安はなかった。













「不死鳥…」
「ええ。でも、“全ては、シルビオに任せる”―――コウはそう言っていた」

待つも待たないも、シルビオの自由だ。
言葉の力を理解しているコウは、決して「待ってくれ」とは言わなかった。
それを告げると、シルビオは自身の額ごと目を覆って空を仰ぐ。

「馬鹿だな…コウは。今更、コウのいない世界でなんて生きていけないのに」

ただ一言、待っていて、と言ってくれさえすれば。
その言葉だけで、たとえ何年、何十年でも待てる。
それを知らないはずはないのに、彼女はシルビオの未来を強制しない。
寂しくもあり、またコウらしいとも思った。

「待っていれば会えるなら…待つよ。信じてほしいって言うなら、信じる」

だから―――帰ってきて。

空に告げた言葉は、彼女の元へと届くだろうか。

10.10.01