親愛なる君に捧ぐ
Beast Master And Prince 14
苦しむような竜の咆哮はやがて力を失くし、その巨体が揺らめいた。
ティアナの力により竜が抑え込まれ、後に残ったのは小さな少年、ディルク。
「…やった…?」
轟音が消え、その場に静寂が訪れた。
「フェルド!!」
その静寂を破ったのはコウだった。
空を舞う不死鳥にそう声を上げる彼女。
その声に応えるように高く鳴いた不死鳥が、ゆらりと空を羽ばたいた。
ポツリ―――何かが、頬に落ちてくる。
「雨?」
「…不死鳥の涙よ。癒しの効果を持つわ」
ティアナの疑問に答えたコウは、じっと不死鳥の姿を見つめている。
やがて城の上を何周か飛んだ彼は、ゆっくりとコウの元へと舞い降りてきた。
近付くにつれ、その巨体が見る見るうちに小さくなり―――鷹のサイズへと変わり、コウの肩に降り立つ。
「ティアナ。よく聞いて」
「は、はい」
「彼らの傷は間もなく癒えるわ。ディルクの処遇はマティアスが決めると思う」
「はい」
「魔女も、あなたの両親も無事よ。さっきゲルダから連絡が入ったわ」
その言葉には、緊張していたティアナも思わず笑顔を浮かべた。
良かった―――これで、全て終わったのだと実感した。
笛を握りしめて涙を零すティアナ。
この小さな肩にかかった重圧は、想像を絶するものだっただろう。
よく乗り越えたと思う。
その全てを労うように、コウは彼女の肩を叩いて微笑んだ。
「終わった…のか」
小さな声が聞こえて振り向いた先には、マティアスがいた。
その後ろにはアルフレートもいる。
まだ多少傷は痛むようだが、それでも身体を動かせるまでに回復したらしい。
二人に駆け寄って喜んでいると、闘技場の入り口から足音が聞こえてきた。
「おーい、無事かー!?」
「大丈夫ー!?」
声を張り上げてきたのはルシアとエリクだ。
街で住民を逃がすことに専念していた彼らもまた、無事な様子だ。
コウは彼らを横目にシルビオに近付いた。
『良いのか?』
「…ええ」
肩の不死鳥の問いかけに、コウは短く答える。
そして、意識を失っているシルビオの傍らに膝をつき、その頬を撫でた。
「…っ」
残る痛みにより、意識を取り戻したらしいシルビオ。
時間をかけて開かれた目が、コウを映した。
「…コウ…?」
コウは静かな表情を浮かべ、スッと腰を折る。
掠めるような口付けは、血の味がした。
離れる動作のまま、名残を感じさせずに歩き出した彼女。
言い知れぬ何かがシルビオを襲っていた。
「コウ…ッ」
必死な声に、コウが少しだけ振り向く。
「…ごめんね」
「コウ!!」
喜びに沸いていた彼らも、切羽詰まった声に気付き、二人に視線を向ける。
全員が、シルビオと同じく、その違和感に気付いた。
コウは諦めたように笑みを浮かべ、ふっと空を仰ぐ。
崩れた天井の向こうに空が見えた。
「フェルド」
『あぁ。共に―――』
ボゥ、とコウの身体が炎に包まれた。
一瞬のうちに全身を包む炎。
「い…いやぁぁぁっ!!」
ティアナの叫びにより我に返る。
動かない身体に鞭を打って、彼女の元へと駆けた。
炎には触れられないだとか、火傷するだとか…そう言う事は、頭にはなかった。
頭にあったのは、コウを失うと言う事だけ。
伸ばした手が炎を掠める。
彼女を掴むはずだった手は、空を握った。
刹那の間に、炎は灰すら残さず忽然と消える。
「…コウ…?」
誰もが状況を理解できない。
戸惑いの声は誰のものだったのか。
形容できない沈黙の中、ひらり、と地面に舞い落ちる羽根。
炎を閉じ込めたように揺らめく赤い羽根だけが、彼女がそこに存在した証だった。
10.09.30