親愛なる君に捧ぐ
  Beast Master And Prince  13

ゲルダとの話を終え、闘技場へと急ぐ。
先ほどから聞こえる音や、足元から伝わる地鳴りがコウを逸らせた。
長い通路にも漸く終わりが見えてくる。
あそこを抜ければ出口―――そんな時に聞こえた、声。

「シルビオ!!」

悲痛なティアナの声が、最悪の状況を想像させた。

「フェルド、あなたを解き放つ」

走りながら、自分の肩のあたりを飛ぶ不死鳥に向かってそう声をかける。
不死鳥の目がちらりとコウを見た。

『よかろう。力のぶつかり合いだ―――飲まれるな』
「わかっているわ」

コウが答えれば、不死鳥が僅かに笑った気がした。
そして、彼はスッとコウの中へと消える。
彼女の中に残している自らの力を取り込み、本来の姿を得るためだ。
体内を巡る力の動きに全身が粟立つ。
魔力が身体の中を一巡し、ずるり、と抜け出していく。
コウの身体から生まれた炎が、出口までの短い距離で徐々に鳥の形を取った。
鷹とは違う、どこか神聖な炎の化身が、先に出口を飛び出していく。
それに続き、コウもまた、広い闘技場へと一歩を踏み出した。













「…あれは…!」

闘技場の中で、炎がばさりと翼を伸ばした。
その時になって、ティアナは漸くそれが炎の鳥であると悟る。
同時に、それがコウの力の源、不死鳥なのだと理解した。
新たな敵ではないと言う事実が彼女を安堵させる。

「綺麗…」

そしてそれは同時に、ある種の感動を呼んだ。
竜に対抗できるだけの大きさへと炎を成長させた不死鳥が、竜に向かって飛ぶ。
吐き出された炎が竜の巨体を焼き、耳を劈くような咆哮が響いた。

「ティアナ!」
「!コウさん、ここです!」

名を呼ぶ声が自分を探しているのだと気付き、必死に声を張り上げた。
気付いたらしい彼女がこちらへと走ってくる。

「シルビオたちは!?」

ティアナ以外の姿が見えないことに気付くと、コウはそう問いかけた。
彼女はあたりの瓦礫を指し、その下に、と涙で声を震わせる。

「眷属なる炎よ!」

コウがそう短く唱えると、彼女の周囲に赤々とした火の玉が浮かぶ。
それぞれが意思を持っているかのように飛び、ティアナが指した瓦礫に向かった。
形容できない音と共に瓦礫が灰も残さず消える。
倒れこむ人影は三つ。

「マティアス、アルフレート!!」

コウが迷わずシルビオの元に走ったから、ティアナはマティアスたちの元へと向かう。
身体を圧迫していた瓦礫が消えたことにより、彼らはその身体を動かすことが出来るようになった。
痛みは身体のあちらこちらから感じるし、腹部辺りは折れていると思う。
けれど、生きていた。

「ティアナ―――すまない」

やっとのことで身体を起こしたアルフレートが、駆け寄ってきたティアナにそう謝罪する。
そして彼女に手を差し出した。
咄嗟にそれを受け止めようとする彼女の手の平に落とされたのは、かつて笛だったもの。
笛を理由に狙われた彼女らを庇い、マティアスとシルビオが竜の尾を受けた。
その時、地面に落ちた笛をアルフレートが拾っていたのだ。
しかし、彼もまた戻す尾を受け、笛諸共瓦礫の下敷きに。
アルフレートの所為ではない。
けれど、この笛が唯一の希望だったことが、ティアナに絶望をもたらした。









「シルビオ!」
「………コウ、遅いよ」

力なくそう咎めたシルビオ。
身体に蓄積されたダメージが大きいのか、彼は動けない様子だった。
震えそうになる自身を叱咤し、傷だらけの手を握る。

「…あれが…コウの、不死鳥?」

横たわるシルビオには、覗き込むコウの向こうに竜と不死鳥の姿が見えている。
彼女が頷けば、彼は小さく微笑んだ。

「綺麗、だな。コウみたいだ」
「…馬鹿なことを言うんじゃないわ」
「はは…。………ティアナの笛が、狙われたんだ」

一度短く笑ってから、シルビオが真剣な声でそう言った。

「俺の事はいいから」

行って。
そう言って、自分の手を握ってくれるコウの手を解く。
本当はもっと役に立ちたいけれど、自分はもう、動けそうにない。
そんな一人に時間を割くよりも大事なことがあるのだ。
傍にいてと縋りそうになる手をぎゅっと握りしめる。
表情が歪んだのを痛みの所為にした。

「…すぐに終わらせるわ」
「―――コウ?」

微笑んだ彼女の表情に違和感を覚えた。
その不安を消したくて名前を呼んだけれど、彼女はただ、静かに微笑むだけ。

「全部終わったら……また、一緒ね」

そう言ってシルビオの頬を撫で、コウは立ち上がった。
今、彼女を行かせてはいけない。
それは本能にも似た感覚だった。
けれど、伸ばした手は…彼女には届かない。














「ティアナ」
「コウさん!どうしよう、笛が…!」
「これを使って」

動揺を隠せない様子の彼女の手を取り、笛の残骸を払い落としてからそれを手の平に乗せる。
慣れた冷たい感覚に、ティアナの言葉が止まった。

「これ、は…」
「あなたの笛と同じ。ずっと昔、あなたのお父様から渡されていたもの」
「お父さんが…?」

いずれ来る未来、自分たちの娘がその手で平和を掴み取れるようにと。
そう願った二人が、コウにこれを託した。

「笛を吹いて、ティアナ。それで…全てが終わる」

大丈夫。

コウの言葉はティアナに最後の勇気を与えた。
迷いも戸惑いも、そのすべてを振り払った彼女は、闘技場の地に立つ。
唇に笛を銜え、見つめる先には二匹の獣。
炎の化身がティアナの動向に気付き、最後とばかりに竜に炎を浴びせてから空へと舞いあがった。
音の影響を受けない上空から自分を見下ろす不死鳥。
試すような眼差しに気付き、ティアナはきゅっと唇を結んだ。
澄んだ音が、響く。

10.09.23