親愛なる君に捧ぐ
  Beast Master And Prince  10

1時間、2時間…時間が過ぎるごとに、四人の期待が高まる。
そして3時間が経過し、完全に金の粉の効果が切れた。

「―――3時間経ったな」
「ああ。味はともかくとして、薬の効果は確かだったらしい」

マティアスとアルフレートが顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべる。
これで、あの動物の姿ともおさらばだ。
ティアナが残念そうな表情をしていたけれど、彼女も事の重大性は理解しているから何も言わない。

「さて…彼らの呪いが解けたことも確認したし…魔女を助けに行きましょうか」
「え、ええ。このところ、連絡が来ないから…彼女が心配だわ」

思い出したように表情に影を落とすゲルダ。
コウは大丈夫と慰めるように彼女の肩に手を置き、ティアナを見る。

「あなたは家に帰りなさい。おそらく、あなたの友人があなたを探しているわ」
「え?」
「いいから」

戸惑うティアナの背を促して玄関へと向かう。

「彼女を送ってあげて」
「あ、あぁ…別にいいけど」

ルシアとエリクにそう頼むと、彼らは素直に頷いてくれた。
そうして三人を送り出すと、コウは残る彼らを振り向く。

「あなたたちはどうするの?」
「ルナールが魔女を手に入れていると言うのが気になる。一度、ローゼレット城で話を聞く必要があるな」
「…魔女は、もうルナールにはいないわ」

今後のことを考えるマティアスに対し、コウは呟くようにそう言った。
え?と反応したのはゲルダ。

「彼女は今、カトライアに向かっているはずよ」
「“見た”の?」

そう問いかけられ、答えるのを躊躇う。
どこまで話すべきなのか―――そう考えたところで、ハッと気付いた。
彼らが竜を見る前に呪いを解くストーリーはなかった。
この時点で、物語は既にコウの記憶から離れてしまっている。
ここから先をどう進むのかは、彼女にもわからないのだ。
それならば―――思うように動いても、いいのかもしれない。

「私の先見では、あなたたちの呪いが解けるのはすべてが終わった後だった。
既に私の知る未来ではないけれど…先見の結果を、教えるわ」

どう動くかは、あなたたちが考えて。
コウはそう言って、マティアスとアルフレートを見た。
一度視線を見合わせた彼らは、無言で彼女の言葉に頷く。







それから、コウは彼女の知るこれからの出来事を話した。
魔女はカトライアに移され、そこでその力が他者に移される事。
魔女の力を継承するのは、第五王子であるディルクだと言う事。
全てが、彼らとルナールにより計画されたと言う事。
隠すことなく事件の真相を語ったところで、バタバタと慌ただしい足音が玄関に近付いてきた。

「ルナールが動いた!!」

バンッと玄関ドアを吹き飛ばしそうな勢いで中に入ってくるルシア。
その後ろにはエリクと、送っていったはずのティアナの姿。
まぁ、こうなるような気がした―――コウは彼女の姿を見て、小さく笑う。

「どうせ戻ってくるなら、もう少し早ければ…二度手間にならなかったんだけど」
「…どう言う事?」
「今、それについてコウの先見の内容を聞いていたところだ」

マティアスの言葉に、三人の視線がコウを見る。
同意するように頷いた彼女は、そっとティアナの胸元にかかる笛を手にした。

「練習に励んでいる?」
「え、あの…」
「あなたの力…頼りにしてもいいのかしら」

コウの問いかけに、ティアナは即答できなかった。
練習は真面目にしてきたつもりだ。
しかし、コウが先見で見たものも、頼られる内容もわからない今、自分の力が見合うものなのかが分からない。

「不安なら、お友達と一緒にザルディーネに逃げなさい。自信はなくとも挑むと言うなら―――」

そこで言葉を区切ったコウは、綺麗に微笑んでティアナの頬に触れた。

「私が、力を貸してあげる」

どくん、と心臓が鳴った。
緊張なのか、それとも別の感情なのか。
わからないけれど、ティアナの中から、不安が消えた。

「頑張り、ます!」

自信はない。
けれど、ずっと目指してきたものがある。
ティアナはギュッと笛を握り締め、そう頷いた。
そんな彼女を見て、いい子ね、と頬を緩めるコウ。
彼女は改めてその場にいる全員を見た。

「魔女の力の根源は―――竜よ」
「竜…!?」
「そう、見上げるように巨大で、そして強大な力を持つ、竜」

ディスプレイの中でその姿を見ただけでは、正直その恐ろしさを感じることは出来なかった。
けれど、20年前―――コウは、その姿を見ている。
コウが自分を制御できなければ、コウの力まで引きずり出され、世界は更なる混沌に巻き込まれただろう。
自らの中に存在する力が、竜の存在の影響を受けたことを知っていた。

「コウ」

口を挟まないようにしていたのか、状況についていくことに必死だったのか。
シルビオが、硬い声でコウを呼んだ。

「コウの中にも、竜がいるのか…?」

その質問は尤もだと思った。
少しだけ悩み、コウがスッと腕を持ち上げる。
すると、ひとりでに玄関ドアが開いた。
全員の視線がそこへと動く。

―――ひらり。

赤い何かが、ドアから室内へと滑り込んできた。

「あの時の…!」

そう声を上げたのはティアナだ。
彼らの視線を集めたまま、赤いそれはゆったりと空を切り、コウの腕へと降り立つ。

「私のパートナーであり、魔女の力の根源」
「その鳥が…?」
「鳥だなんて軽く言わないでほしいわね。彼は不死鳥よ?鷹は仮初の姿」

ねぇ、と赤い鷹―――不死鳥の頬を指で撫でる。
心地よさ気に目を細めるその鳥が不死鳥だとは思えない。
けれど、炎のように揺らめいているように見える羽毛は、確かにこの世のものとは思えぬ美しさだ。

「一日二日の猶予はあるはずよ。彼に協力してもらって、笛の力を高めましょう」
「はい!」

ティアナは、力強く頷いた。








「我々はローゼレット城に入り、ルナールの侵略に備えなければならない。
コウの先見が正しいにせよ、被害を最低限に食い止める必要がある。アルフレート」
「あぁ、すぐにでも向かおう」
「ルシア、エリクは民衆をザルディーネに避難させるんだ。一人も残すな」

迷いなく弟たちに指示を出すマティアス。
王たる資質を見極めるかのように、コウはじっと彼を見つめた。

コウはマティアスと言う人を知っている。
けれど、それはあくまで知識として持っている情報だ。
“彼”自身を見極めなければならない。

「マティアス」

短くその名を呼べば、彼はすぐにコウを見た。

「ベルントを…敵だと、思うことが出来る?」
「…正直、どちらとも言えない。だが、お前の先見を信じていないわけじゃない」

そう答えた彼の表情に、苦渋の色が見えた。
それに気付くと、コウは、なんだ、と心中で納得する。
彼はちゃんと悩んでいる。
コウが与えた情報を鵜呑みにすることなく、けれど、確かな情報の一つとして受け止めている。

「行くぞ」

彼がそう声をかけ、四人が順に出ていく。
最後に動き出そうとしたマティアスの背に、コウの手が触れた。
首だけを振り向かせた彼に、柔らかな笑みを向ける。

「―――その背に、確実なる勝利を」
「…あぁ」

頷いた彼が前を向く。
その時、コウの手がほんのりと光を帯びたことに気付いたのは、ティアナたちだけ。
彼女らに向けて、秘密ね、と唇に人差し指を載せ、彼を送り出した。

10.09.17