親愛なる君に捧ぐ
  Beast Master And Prince  08

あぁ、目覚めか。
何となくそう思ってから、意識が浮上するのを感じた。
ゆっくりと目を開き、今の状況を確認する。

「コウ、気が付いたのか?」

目の端で動いた黒を追いかければ、すぐ傍にいるシルビオが視界の中心に入り込む。
シルビオ、とその名を紡ぐ小さな声が、彼を安心させる。

「ここ、家なんだ。連中も下にいる。ごめん、勝手に入れた」
「…いいえ、構わないわ」
「………事情、全部話したよ」

最後の魔女を人質に取られ、仕方なく王子たちの暗殺に手を貸したこと。
ティアナに呪いをかけ、解く術を持つ魔女を救い出す手伝いをしてもらおうとしたこと。
彼らに伝えた内容を掻い摘んで話すと、コウはうん、と相槌を打った。
身体を起こそうとすれば、シルビオが手を貸して背中を支えてくれる。
献身的だな、なんて軽い感想を抱きつつ、ベッドの上に座った。

「シルビオ」
「…ん」

覚悟したように、シルビオが瞼を伏せた。
バチーン、と派手な音が室内に響く。
シルビオの頬に真っ赤な紅葉が咲いた。

「私、魔女を助けるのを手伝うって言ったわ。困ったら助けを求めて、とも言った」
「…うん」
「どうして勝手に決めてしまうの?守ってほしいなんて言ってないわ」
「…うん。ごめん」

激しく引っ叩いたかと思えば、次は諭すように優しく説き伏せる。
シルビオが言葉を持たない時から、彼女はいつだってそうして彼を怒り、そして諭した。

「…ちゃんと相談してくれれば、こんな形じゃなく関われた」
「…ごめん、本当に…」
「………でも、守ろうとしてくれたことは、嬉しい。…ありがとう」

そういうと、彼女はふわりと微笑んで、シルビオの頭を撫でる。
どうしようもない感情が溢れて、彼はコウの身体を抱きしめた。

「呪いを解くから。絶対、間に合わせる」
「…頼りにしているわ」














階下へと降り、リビングに姿を見せれば、全員が大小様々に安堵の様子を浮かべた。
コウよりも先に目覚めたらしいティアナは、薄く涙すら見せている。

「コウさん、身体は…?」
「大丈夫。完全に受け止めてあげられなかったから、あなたにも影響が及んでしまったみたいね。
あなたに残った呪いは、殆ど効力を残していないでしょうから…放っておいても、二・三日の不調で消えるわ」

スラスラと教本を読むように告げるコウに、ティアナがぱちぱちと瞬きをする。
そんな彼女から視線を外し、部屋の隅で身を小さくするゲルダの元へと歩いた。
そして、迷いなく手を引いて、パンッと彼女の頬を打つ。

「大切だからと言って、誰かを巻き込んでいいわけじゃないわ」
「…ええ、ごめんなさい」
「私に頼ることを止めたのはシルビオでしょうけれど…冷静に考えればどうすべきか、あなたならわかったはず」

後ろでシルビオが居心地悪そうな空気を出していることに気付いたけれど、フォローはしない。
ゲルダは軽く赤らんだ頬を押さえ、もう一度ごめんなさい、と小さく謝った。
そして、コウは漸く、四人の王子たちに向き直る。

「私と二人の関係は、既に二人が話した通りです。彼女の呪いも、二・三日の不調で消えます」

ゲルダの頬を打った様子や、彼女よりもかなり酷く赤い頬のシルビオを見れば、三人の関係性も見えてくる。
コウは確かに知っていた。
けれど、知っていただけで、何一つ関わってはいなかったのだ。
シルビオたちと仲間だと思い、拘束までした側としては色々と複雑だ。

「最後の魔女は私たちが救い出します。彼女の力をもってすれば殿下たちの呪いを解くことも可能です。
今しばらく、彼女の家で朗報をお待ちください」
「…ちょ、ちょっと待てよ。それって、つまり―――あんたたちだけで何とかするってことか?」
「元はと言えば私たちの問題―――」

言葉半ばで、呪いを受けた手の平がズクンと痛んだ。
思わず奥歯を噛み、ギュッと手を握るコウ。
誰よりも早く彼女の異変に気付いたシルビオが、案じるようにその名を呼んだ。

「呪いが、コウの中の耐性と反発しているんだわ」
「…大丈夫、もう治まったから」
「………このままだと手遅れになってしまうかもしれない…」

コウの手を取ったゲルダが、悲痛な面持ちでそう言った。
彼女が何を悩んでいるのか、わかっているけれど、望みどおりに行動できない。
コウがゲルダ、と名を呼んだところで、彼女は決心したように顔をあげた。

「コウ、呪いを解くべきよ。恐れるばかりで何もせず、手遅れになったら全てが無意味になってしまうわ!」
「やめて!」

コウが声を荒らげた。
びくりと肩を揺らしたゲルダが口を噤む。

「…おい、ゲルダ。お前は呪いを解けないんだから、どうしようもないだろ。考えている間に…」
「ええ、私には無理よ。でも、コウならできるわ」
「ゲルダ!!」

最早、彼女は止まるつもりがないのかもしれない。
いくらコウが鋭く彼女を睨み付けようと、ゲルダは怯むだけで引こうとはしなかった。
そんな彼女らの様子を見ていたマティアスが、冷静な声を上げる。

「…彼女、コウは呪いを解く力を持つ―――つまり、魔女、と言うことか…?」
「魔女…だと…?」
「嘘!だって、魔女は最後の一人で、ルナールに捕まってるんでしょ?」

皆、反応は半信半疑だ。
けれど、心のどこかで納得しているのか、そうであってほしいと思っているのか。
彼らは、どちらかと言うとゲルダの言葉を信じているように見える。

「コウが…魔女…?」

一人、戸惑いの声を発するのはシルビオ。
この中の誰よりも長い付き合いであるはずの彼には、信じられないことだった。
コウは一度シルビオを見て、そしてゲルダを見て、最後にマティアスを見る。
その時の彼女の表情は―――諦め、だった。

「でも、どうして…魔女だとするなら、どうして黙っているの?」
「…………………」

ティアナの声に、コウは無言で瞼を伏せた。
そして、脱力するように一人がけのソファーに座り込む。

「コウ…本当、なのか?」

シルビオが問う。
コウは無言で目を開き、彼を見上げた。
未だかつて、こんな無表情な彼女を見たことがあっただろうか。
彼の中に言葉にできない、恐怖に似た感情が生まれた。

「…我々が呪いに翻弄される姿を楽しんでいたのか」

マティアスの低い声は、咎めるような色を含んでいた。
それに気付くと、先ほどまで戸惑いだけを浮かべていたシルビオが即座に彼を警戒する。
コウに何かするならば容赦しない―――鋭い視線がマティアスを射抜く。
一瞬のうちに、その場に緊張感が張り詰めた。
そんな空気を打ち払ったのは、コウ自身だった。
彼女は小さく息を吐き出すと、ゆるりと視線をマティアスに向ける。

「…たとえ、何億と言う金を積まれたとしても…あなたにだけは、魔女であることを知られたくなかった」
「何故だ」
「あなたが前王の子であり、第一王子だからよ。
いずれ、ファザーンと言う国を統べるあなたには知られるわけにいかなかった」

今まで、魔女の力を望んだ国がどんなことをしてきたのか、知らないわけではないだろう。
マティアスはコウの答えに口を噤む。
彼自身が納得できずとも、彼女の答えはその行動の理由には十分だった。

「…少し席を外すわ」

コウはそう言うと、引き止めることを許さない空気でリビングを後にした。

10.08.24