親愛なる君に捧ぐ
  Beast Master And Prince  07

「シルビオ…やっぱり、コウを頼りましょうよ!きっといい方法を考えてくれるわ!」
「駄目だ!コウは巻き込まない」

いくつも案を浮かべるけれど、どれも上手くいきそうにない。
ゲルダは幾度となくコウを頼ることを提案したが、シルビオは頑なにそれを拒んだ。

「コウは何もできない人じゃない。彼女は―――」

声が尻すぼみに消えていく。
言葉を制限されているわけではないけれど、この先に続く言葉の重みを知っているから。
彼女の許可なく、それを口にするわけにはいかなかった。

「コウが、何だよ」
「…言えないわ」
「お前は…いつもそれだな」

それでも、強引に聞き出そうとしないのはコウがそれを望まないからなのだろう。
コウに対してはどこまでも忠実な男だ、と思う。
猫なのに、まるで犬のような忠誠心を持っている。

「じゃあ…もう、あの方法しかないわ。最後の魔女を助けるには、それしかない」
「………あぁ、そう…だな」

気が重い。
重くないはずがない。
入り組んだ地下通路の最深部、小部屋の中の空気はどんよりと濁っていた。














「マティアス、アルフレート…これは、どういう事…なの?」

カーニバルを楽しんで帰ってきた家で、まさか女性が一人、拘束されているなんて誰も思わないだろう。
リビングに入るなり、どさりと荷物を落とすティアナ。
その奥から部屋の様子を見たルシアが、あ、と声を上げた。

「…コウ」
「え?あ…本当だ。コウさん本人?」

続くようにして部屋をのぞきこんだエリクもまた、同じような反応を見せる。
ティアナの横を通って室内に入った彼らを見て、コウは小さく微笑んだ。

「マティアス殿下とアルフレート殿下のお姿を見て、安心はしておりましたが…ご無事で何よりです」

拘束されているとは思えない穏やかな表情と声に、二人は表情を決めかねている様子だった。
こうして二人が彼女を捕えている以上、味方ではないのだろう。
しかし、記憶にある彼女と、目の前にいる彼女は、二人にとっては何の変化もなかった。

「どうしてコウさんにこんなことをするの?」

エリクがコウに駆け寄り、マティアスにそう問うた。

「彼女は我々の事情を知っていた。
どこまで知っているのか、どうやって得たのか―――それは、今から聞くところだ」
「…っだからって、こんなこと…駄目よ!!」

我に返ったティアナも彼女の元へと駆け寄る。
そして、その場からマティアスを見上げた。
暫く無言の応酬が続き―――諦めたように溜め息を吐く、彼。

「わかった。縄は解いていい」
「ありがとう!」

パッと表情を輝かせたティアナが、即座に縄を解きにかかる。
動きを制限する程度の強さに巻かれたそれは、コウの肌を傷つけるには至っていなかったようだ。

「ごめんなさい、コウさん…」
「…あなたが気にすることじゃないわ」

そう言って、彼女はティアナの肩をそっと撫でた。
姉がいたらこんな感じなのだろうかと、ぼんやりとそんなことを考える。
しかし、いつまでも穏やかではいられない。

「縄を解いたのは逃がすためじゃない。―――質問に答えてもらおう」

ティアナの存在を意識しているのか、マティアスの空気は少しだけ和らいだ。
それでも、一つのヒントも見逃すまいと真剣にコウを見つめている。

「聞きたいことは多い。だが…先ほど話していた、先見と言うのは何だ?」
「……………」

なるほど、と感心する。
聞き流されているかと思っていたけれど、ちゃんと覚えていたようだ。

「言葉のままの意味です。未来を見る力は年々衰えてきていて、もう見ることはできませんけれど。
私が知っているのは、過去に見た“現在”までです。あなた方の事情も、その力によって」

嘘ではない。
コウは未来を知っているし、実際に見たのだから。
それですべてを納得してもらえるとは思っていないけれど、すべてを話すことの危険性や無意味さはわかっている。

「未来を見る…?そんな力があるとすれば、お前は―――」

―――ガタガタ。

マティアスの言葉を遮るかのように、玄関から物音が聞こえた。
その場にいる全員がしんと静まる。

「だ、誰か来たのかな…?」

玄関へと向かおうと腰を上げたティアナを止めたのは、ルシアだった。
彼は腕で彼女が動くことを制し、玄関へと向かう。

「うわああ!!何だこりゃ!!」

ルシアの叫び。
少なくとも鬼気迫るものではなかったけれど、だからと言って無視できる声でもなかった。
一瞬顔を見合わせた三人の王子が、同時に玄関へと走り出す。
彼らを驚かせるものは、シルビオたちでも、況してや新手の敵でもない―――集まった女性たちだった。










マティアスたちの顔を一目見ようと集まった女性は30人を優に超える。
街中の若い女性が集まっていると言っても過言ではない。
こんな時間に集まられても困るだけだが、そこは一国を背負う王子。
マティアスの鶴の一声により、女性たちは慌ただしく帰っていく。
バタバタと足音荒く走り去る波に押され、一人の女性が地面に膝をついた。
それに気付いたティアナがその女性に駆け寄っていく。
その女性こそ、彼らが捜していた魔女、ゲルダだ。

過去の記憶として、知っている場面。
何かを考えたわけではなく…身体が、勝手に動いた。

「ごめんなさい。こうするしか―――」
「やめなさい、ゲルダ」
「!?」

コウは今まさにティアナの胸に突き立てられようとしていた短剣の切っ先に、その手を滑り込ませた。
紫色の短剣がズブリとコウの手に沈んだ。
本来であれば命を絶つように胸に突き立てられるべきそれは、コウの薄い手の平だけでは止まらない。
ほんの僅かに抜け出したそれがティアナに届いてしまったのを見て、彼女は小さく舌を打つ。
呪いに慣れないティアナは、その場で崩れ落ちた。

「ティアナ!!」

コウは咄嗟に彼女の身体を受け止めるが、呪いの影響を受けた身体からは力が抜ける。
膝から崩れるようにして地面に座り込んだ彼女は、手の平から広がる熱に息を荒くした。
最早、意識のないティアナに構う余裕もない。

「コウ!?ゲルダ、お前!!」
「まさか彼女がこんなところにいるなんて…!!なんて事…!!」

ティアナに呪いを残し、ゲルダが逃げる時間を稼いで逃走。
彼女の命のためと王子たちを協力させ、最後の魔女を救うはずだった。
彼らの行動を上手く止められる位置を確保するために、ゲルダから離れていたシルビオ。
こんなことになるならば、彼女の傍を離れなければよかった。

「コウッ!!」

呪いの大部分を受けたコウは、身体を蝕むそれに苦しみながらも、ギリギリのところで意識を保っていた。
すぐ傍で自分を呼ぶシルビオの声が遠い。
けれど、彼はすぐそこにいる。
そんな確信をもって、コウは痛む手を振り上げた。
勢いのまま振り下ろされる手に気付いても、シルビオは彼女を支える手を引こうとはしない。
甘んじて彼女の怒りを受け入れようと目を伏せる。
しかし、衝撃は先ほどの勢いをほとんど残さない、とても弱々しいものだった。

「約束…した、のに」

奥歯を噛みながら、彼女は途切れ途切れに紡ぐ。

―――困ったことがあったら、助けを求めて。…約束よ。

行ってらっしゃい、と見送ったコウの笑顔が脳裏を過る。
こんな最悪の状態で関わらせることになるなら、彼女に助けを求めればよかった。

「コウ、ごめん…ごめん…!」

こんな風にしたかったわけじゃないんだ。
ただ、守りたかったんだ。

沈みゆく意識の中で、懺悔にも似たシルビオの声が聞こえる。
仕方ないわね、といつものように笑ってあげたいけれど、どうやらそれは出来そうにない。
ごめん、の言葉が声として発せられることはなかった。

10.08.23