親愛なる君に捧ぐ
  Beast Master And Prince  05

「ねぇ、シルビオ。彼女に金の粉を売ったのは何回?」

夕食の準備をしている時、コウはソファーで寛ぐシルビオにその質問を投げかけた。

「何で金の粉を売ったって知ってんの?」
「ゲルダの研究室に金の粉を作った痕跡があったわ。
動物を人に、人を動物に変えるあの粉を必要とする人間なんて、そういない」
「状況証拠、ってわけか。相変わらず勘が良いな」
「褒めてくれてありがとう」

くるりと鍋の中身をかき回し、火を調節してからシルビオを振り向く。
いつの間にか、彼は振り向いてコウを見つめていた。

「あの子に粉を売ったのは1回だけ。でも、次の粉も注文されてるし、金が用意で来たら来ると思うよ」
「…そう」
「何か気になることでも?」
「ううん、何でもない。さ、出来上がったから用意してくれる?」

話題を変えられたと気付いたけれど、シルビオはあえて追求しなかった。
求められるままに用意を手伝い、やがてその話題は彼らの中から忘れ去られていた。









翌朝、コウが作った朝食を食べ、いつもより少しだけ遅い時間に家を出る。

「あーあ…臨時休業にしよっかな」
「駄目よ。薬を求める人のために、ちゃんと開けなさい」

コウにそう窘められなければ、サボっていたと思う。
数年ぶりに彼女と再会したのだから、本当ならばずっと一緒にいたい。
少しだけ、働く人間の苦労が理解できた気がする。

「日暮れ頃には店を閉めて帰ってくるから」
「シルビオ」
「んー?」

気のない返事をする彼に背中から近付く。
コウだとわかっているから、彼は全く警戒しない。
そんな彼を後ろからギュッと抱きしめた。
初めは身を固くし、そして次に我に返って慌てる彼。
そんな反応が楽しくて、クスリと笑ってから本題に入った。

「何かに悩んだら、相談して。私はいつでもここにいるから」
「…コウ?」
「困ったことがあったら、助けを求めて。…約束よ」

後ろから抱きしめられているから、彼女の顔を見ることはできない。
けれど、その声が真剣だと言う事はわかった。

「…ちゃんと、ここにいてくれる?」
「ええ。もう勝手に出ていかないから」
「…なら、俺もちゃんと帰ってくるよ」

彼女が何を求めているのかはわからない。
それでも、頷くことが彼女を安心させるなら、いくらでもできる。
名残を惜しむようにギュッと腕に力を込めた彼女は、やがて静かに彼を解放した。
そして、振り向いた彼に柔らかく微笑む。

「行ってらっしゃい」
「…行ってきます」

照れたのか、ふいっと視線をそらし、彼はそのまま玄関から出て行った。
薬屋までの道中、シルビオは口元を抑えて溜め息を吐き出す。
少しだけ、人間の幸せが理解できた。













言われた金額を用意したティアナが、薬屋へと向かった。
彼女の家に残った4匹がリビングで顔を見合わせる。
その時、オオカミ…アルフレートが思い出したように「そう言えば」と口を開いた。

「昨日、市場で気になる女性を見た」
「ほぅ…アルフレートにも漸く春が来たか」
「茶化さないでくれ、マティアス。ファザーンの王宮で見たことがある女性だ」

アルフレートの言葉に、王宮で?と首をかしげるアヒル…もとい、ルシア。

「市場で見たってことは、商人か何かかな?」

ウサギの姿をしたエリクの言葉に、アルフレートが否定するように首を振る。

「おそらく間違いではないと思うが…俺は一度、彼女と剣を交えたことがある」
「は!?なんでそうなるんだよ」
「訓練の最中の手合せだ。求められたから応じただけだが…」
「どうだった?」

沈黙していたマティアスが問う。
すると、アルフレートは言葉を選ぶように一度沈黙し、そして続きを語った。

「俺の勝ちだ。だが、強かった」
「へぇ…アルフレートにそう言わせるって、すごいね」
「気になるのは、その後だ」






「噂には聞いていましたが…本当に、お強いですね。負けました」
「いや、お前も女性としては中々見込みがある。正直、驚いた」
「ふふ、ありがとうございます。しかし…殿下には、致命的な弱点がありますね」
「致命的な弱点…?」
「殿下は死角が多い。左からの攻撃への反応があまりよくありません。
駆け引きなしの訓練であれば問題ありませんが、命の取り合いの場では危険でしょう」
「…そう、だな」

「………あ、殿下。眼帯が緩んでいるようですよ」
「あ、あぁ…すまない」
「いいえ。死角に対しては、感覚を磨くことにより補うこともできます。
初めは戸惑うかもしれませんが、殿下ならきっとすぐに慣れていただけるでしょう」
「?何のことだ?」
「いえ、何も。負けた身でありながら出すぎた真似をいたしました。では―――失礼いたします」







「認めた相手であれば、忠告も受け入れやすい。話を聞く限り、その女性はあえてお前に勝負を挑んだようだな」
「あぁ、そうだと思う」
「しかし、その女がどうしたんだ?」

マティアスの言葉に、アルフレートは口を噤んだ。

「…あれ以来、不思議と死角に対する感覚が鋭くなった」
「その女の人の忠告を素直に受けたってことじゃないの?」
「いや…意識せず、と言った方がいい。勘と言うか…何かが鋭くなった気がする」

彼自身もまた、これを上手く理解できていないのだ。
アルフレートの戸惑いを理解したらしいマティアスが、真剣に考える。

「その女性が何か…たとえばそう、魔女的な力を持っていたと?」
「いや、そこまでは言っていない。だが、自分の注意だけで済ませるには、出来すぎていると思う」
「………その女性の特徴を、何か覚えていないのか?」

そう問われたアルフレートは、今日の彼女を思い出す。
間違いなく、過去に剣を交えた彼女だと思っている。
その特徴と言えば―――

「炎のような、赤髪」

そう、彼女は薔薇と言うよりは、炎が揺らめくような美しい赤髪の持ち主だ。

「赤髪…?へぇ…俺も、同じ特徴をあげられる人を知ってるぜ」

そう声を上げたのはルシアだ。
なぁ、とエリクに同意を求めるところを見ると、二人とも同じ場所でその人を見ているらしい。

「ザルディーネの学校で、特別講師として招かれていたよ」
「確か、名前は―――」
「「「コウ」」」

下三人の声がぴたりと重なり合う。
母親は違えど、同じ血を引く彼らの声は耳障りよく重なった。

「…炎のような赤髪、深い紫色の瞳」

マティアスの声に、彼らの視線が動く。
マティアスも知っているのか、そう言いたげな、三対の視線。

「―――どうやら、その女性の存在は無視できそうにないな」

10.08.19