親愛なる君に捧ぐ
Beast Master And Prince 04
あれから、ゲルダと合流したシルビオと
コウは、彼女の家へと帰ってきた。
家が大変な事になっていなかったのは、やはりシルビオが数日おきに見てくれていたかららしい。
その事に対して礼を述べてから、改めて笑顔で問う。
「さぁ、全てを話してもらいましょうか…?」
「…………………」
「…………………」
背筋がゾクリとしたのは、第六感的な感覚が働いた所為だろう。
全てを話し終えたゲルダ。
彼女は時折、助けを求めるようにシルビオを見た。
それを無情に突き放せるほど無関係とは言えない彼は、仕方なく彼女が不利益にならない助言を挟む。
その姿が本来の猫の姿だったのは、ほんの少しでもコウの怒りを和らげようとしていたから…かもしれない。
「そう…」
その一言の後、黙るコウ。
沈黙がとてつもなく痛い。
正直、許されるのならば今すぐにでもこの場を飛び出したいくらいに、ビシビシと突き刺さる空気。
「こうなってしまった以上は仕方ないわね…」
「そ、それでね、コウ…戻ってきて早々にこんな事を頼むのは良くないかもしれないけれど、でも…!」
「最後の魔女を助け出すのを手伝って欲しいんでしょう?いいわよ」
コウは全てを語らせる事なく、溜め息混じりに頷いた。
その言葉がどれほど心強いものか…ゲルダは、薄く涙を浮かべる。
「ありがとう、コウ!!」
「他人を巻き込んだ事は評価できないから、そのあたりの話は全部終わってからね」
持ち上げて、突き落とすとはこの事か。
感動の表情をそのままに、顔色だけが青褪める。
その隣では猫が尻尾を膨らませていた。
「それにしても…不出来な金の粉ね。あなた、殆ど腕が上がってないんじゃない?」
巾着の口を緩めて中の粉を見たコウが、さらりと指先で粉を撫でながらそう呟く。
そんな彼女の行動と言葉に、シルビオが首を傾げた。
「見ただけでわかるのか?」
彼の言葉に反応したのはコウではなくゲルダだった。
「あんた、何言ってんの。コウは―――」
「ゲルダ?」
言葉を遮り、にこりと微笑む彼女。
思わず口元を引きつらせたゲルダは、そこで漸く自分の失言に気付く。
コウにも迂闊だった部分はあるのだが、ゲルダが言おうとした事は決定打だ。
「…何だよ」
「ほほほ!な、なんでもないわ!!」
気にするんじゃないの!と言って金の粉をシルビオに振り掛ける。
そんなつもりはなかったと言うのに、彼の姿が人間へと変化した。
「じゃあ、私は研究室に戻るわ!久し振りの再会なんだし、積もる話もあるでしょう!?」
「私はゲルダとも話したいことがあるんだけど…」
「それはまた後日!じゃあね!」
そう言った彼女が、慌てた様子でキッチンの階段から地下通路へと消える。
残された片方はその行動に疑問符を抱き、もう片方は呆れたように息を吐いた。
「聞かないほうがいい事?」
「…そうね。今は聞かないでくれると助かるわ」
コウはカタンと椅子を動かして席を立ち、キッチンへと向かう。
話で忘れていたけれど、夕食がまだだ。
コウ自身はさほど空腹ではないけれど、シルビオはそうではないだろう。
「…何もないのね」
「俺、料理なんてしないから」
「………そうね。私も猫に料理を教えるほど酔狂ではなかったし…仕方ない。買出しに行くわよ」
そうして、財布だけを持ったコウがシルビオを連れて自宅を後にした。
市場はまだ多くの人で賑わっていた。
今日は早めに薬屋の看板を返したから、込み入った話を終えて、ちょうど夕食時に重なったのだろう。
「おや、あんたは薬屋の」
野菜を吟味していたコウの隣に立っているシルビオに気付き、店主が目を瞬かせる。
声に気付いたシルビオが彼を見て、何となく覚えのある顔だなと思いつつ、愛想笑いを浮かべた。
「どーも。その後どう?薬は残ってる?」
「あぁ、私の嫁はとても調子が良いよ。薬がよく合っていたらしい。近いうちに追加を買いに行くよ」
「それは良かった。今日はこの間とは逆だからさ、おじさんが頑張ってくれる?」
人の好い笑顔を浮かべたシルビオが、コウの手にある野菜を受け取る。
それを見た店主は、ちゃっかりしてるね、と笑った。
「よし、じゃあ半額にしてやろう。好きなものを持って行きな」
「ありがと。またの来店を楽しみにしてるよ。奥さんによろしく」
ひらりと手を振ったシルビオは、そのまま野菜を紙袋に入れ、代金を支払った。
コウが口を挟む暇もなく彼女を促し、別の店へと向かう。
「…今の人は?」
「店の客。…たぶん」
「忘れたの?」
「一日に何人も顔を合わせるのに、誰が何を買ったかなんて覚えてられないって」
シルビオの愛想の良さは、客商売のための道具のようなものだ。
元々、深い友好関係を築きたいわけではないから、細かいことまで覚えていない。
その時、前から歩いてくる一人と一匹に気付いたシルビオが、あ、と声を上げる。
彼の声に反応して、店を見ていたコウが前へと視線を戻す。
「あら」
「あ、今朝の…!」
「―――え?」
コウ、ティアナ、そして。
順に反応を見せた彼女らだが、最後の一人はシルビオではない。
その声は…彼女に寄り添う、オオカミから聞こえた気がする。
「…“え”…って…?」
言っちゃ駄目でしょうよ、すべてを知るコウは心中でそんなことを思いつつ、当たり前の反応を返す。
そこで漸く気付いたのか、ティアナが慌てた様子で首を振った。
「えっと、その…この子、私が言葉を覚えさせようとしてて…!」
「あぁ、猛獣使いだって言っていたものね。でも、オオカミって言葉を喋れるの?
オオカミの声帯は人の言葉を話すには不向きだと思うけれど…」
「それは、その…。無理なのはわかっているんですけど…頭がいいから、何とかなるかと思って!」
これを本気で信じる人の頭がどうかしていると思う。
言い訳として使う彼女も彼女だけれど。
表情に出さないように心中で苦笑し、そうなの、と頷いた。
「成功するかどうかはさておき…努力はいいことよね。頑張って」
「は、はい!って…シルビオと一緒、なんですか?」
コウが信じてくれたと思ったのか、少しだけ冷静さを取り戻したティアナがシルビオに気付く。
まさか、と眉を顰め、声を小さくした。
「ナンパされたんですか?」
「そんなことしてないって!コウは―――」
「シルビオは私の家族なの」
彼の言葉を遮るようにして、コウがそう答えた。
驚いたように彼女を見たのは、ティアナだけではない。
シルビオもまた、目を見開いて彼女を見つめた。
視線を集めるコウはどこまでも穏やかな表情だった。
「ティアナはシルビオのお客さん?」
「え、あ…はい」
「そう。これからも贔屓にしてあげてね」
じゃあ、と言い残すと、じっと自分を見つめていたオオカミに一瞥をくれ、シルビオを連れて市場の奥へと消えていく。
「シルビオの家族…似てないね」
「家族が兄弟とは限らないだろう。それより、早く帰ろう。…気になることができた」
「気になる、こと?」
「…ここで長話はできない」
「あ、そうよね。わかった。…帰りましょう」
10.08.18