東国の使徒 04:夕暮れの攻防 中
10、15、20…初めこそ倒したアクマの数を無意識に数えていたが、時が経つにつれてそれもなくなった。
今脳裏にあるといえば、目の前の敵を破壊する事とそして自分が生き残る事のみ。
アクマを破壊する事は最優先すべきことだが、それで自分の命まで共に落としてしまっては本末転倒だ。
右の風迅で風を操り、左の桜花で桜を操る。
まるで舞いでもしているかのような彼女の繊細な動きは、確実にアクマの数を減らしていた。
ラビはそんなコウの動きに囚われそうになる自身の目を叱咤しながら、目の前の敵に専念しようと努力する。
彼が、あの桜花を見てからすでに半年ほど経っただろうか。
何度見ても、やはり美しいものには目を惹かれる。
きっと、前に彼女が話してくれた「キモノ」を着れば、完璧なのだろう。
エクソシストのコートである事が悔やまれるが、それでも十分だった。
「ラビ、右に」
「ラジャー!」
扇子を振るう合間に、コウがそう声を上げた。
彼の方も慣れた様子で右へと地面を蹴る。
そんな彼を掠めそうなほどの速さで花びらが帯を成して通り過ぎていった。
一つでも素晴らしい切れ味の花びらだ。
あれだけのものに襲われたら…と思うと、背中が冷える。
移動した先でアクマを3体破壊すると、周辺一帯のアクマはほぼ破壊し終えた。
最後の一体がコウの風迅の前に倒れ、その場に訪れるのは静寂。
「大方片付いたな」
「…そのようですね」
パチンと扇子を閉じ、コウはあたりを見回す。
視界にアクマらしきものが入り込まないことを確認し、そっと肩の力を抜いた。
「それにしても…数が半端ないさ。この分だとイノセンスも…」
「十中八九、アクマの手に渡っているでしょうね」
イノセンスも危ないな。
そう紡ごうとした途中、彼女は別の言葉を重ねてしまう。
その内容に彼が目を見開くのを見て、苦笑を浮かべた。
「ごめんなさい、ヴォルティックからの連絡で、位置は掴めているんです」
「なら、何で取りにいかねぇんだ?」
「巻き込まれる危険があるので」
彼女の言葉に、誰に?と問いかけようとした。
だが、それを遮るようにドォンドォンと立て続けに爆発音が遠くから聞こえてくる。
同時に立て付けの悪い建物の天井からパラパラと木屑が落ちてきた。
コウはそれが二人の頭上に降り注ぐ前に、風迅を振るって払いのけてしまう。
「ユウのところ…?」
「ご名答。今行けば、かなりの高確率で彼に巻き込まれます」
理由はどうあれ、邪魔することになるのに変わりはない。
もし、それが本当であったとすれば神田に負けることになりかねない。
しかし、彼女は冷静だった。
「ユウに負けてもいいのか?」
「負けるつもりはありません。…待ってるんですよ」
「何を?」
その問いかけに答えはなかった。
代わりに、先ほど音が聞こえてきた方の闇から何かがこちらに向かって飛んでくるのが見える。
目を凝らせば、それが彼女のゴーレム―ヴォルティック―であることが分かった。
「ご苦労様です、ヴォル」
翼を休めさせてあげるように、その両掌を上に向けて差し出す。
ちょこんとそこに降りた彼は、ないはずの目をこちらに向けているような気がした。
じっと見つめあうこと3秒。
突然、ヴォルティックがガバリとその口を開く。
真っ二つになるのでは…と案じるほどに、彼との付き合いは短くなかった。
そこから映し出される映像を眺めていたコウは、次第に口元に拳を当てて難しい表情を浮かべる。
「…困りましたね…」
「何が?」
「このままだと、イノセンスが神田に破壊されかねません。彼、気付いていないようですし…」
「は?」
「少し、急ぎましょうか」
ヴォルティックを襟元にしのばせると、コウは地面を蹴る。
彼女のブーツに蹴られた瓦礫が音を立てて崩れた。
それを横目で捉えつつ、ラビもその背中を追うように走り出す。
彼女の考えは殆ど読めない。
それでも、彼女を見送ると言う選択肢だけは彼の中には浮かばなかった。
こうして床を蹴っている今でも、足元や壁や天井から進行方向の振動が伝わってくる。
コウによって募った苛立ちをアクマにぶつけているのだろうと予測するのは簡単だった。
「コウは勝つつもりなんか?それともユウに勝たせるつもりなんか?」
「さっきも言ったように、負けるつもりはありませんよ。
彼の考えを否定するわけではありませんけれど…認められない部分も多いので」
コウの身丈の二倍ほどもある一際大きな瓦礫をトンと飛び越え、建物の中を進んで行く。
大きすぎる建物は、何に使われていたのか天井までの高さがかなりある。
恐らく、彼女の身長ならば10人は縦に並ぶ事ができるだろう。
「ラビ。言っておきたい事があります」
「ん?」
「アクマを攻撃しようとしていたら…私は、彼を止めます」
「…は?」
「フォロー、よろしくお願いしますね」
訳がわからない、と間の抜けた返事を返す彼にコウはそれ以上の説明をしなかった。
進行方向の先に見つけた風塵の中に、黒いコートの背中を見とめる。
それと同時に彼女は速度を速めた。
振りかぶった六幻を、地面に垂直に打ち付けるように振り下ろす。
その移動線上にあったアクマを一刀両断できるはずだった。
ガキィンと刀同士がぶつかり合ったような音と反動に、神田は砂塵でよく見えない前方に目を凝らす。
「…このアクマの破壊は、少しだけ待っていただきます」
「コウ、テメー…!」
聞こえてきた冷静な声。
自身の六幻を受けて尚、壊れた様子の無い折りたたまれた扇子。
どこか挑戦的な眼差し。
それら全てが、神田の中に視覚や聴覚の情報として取り込まれた。
同時に湧き上がってきたのは、彼女に向けるしかない憤り。
コウは、自分に向けられた殺気に心中で苦笑した。
06.11.30