東国の使徒 04:夕暮れの攻防 後
「退け」
「無理、ですね」
「もう一度しか言わねぇぞ。…退け」
先程よりも声が低くなったのを感じ取り、コウはその背筋が逆立つのを感じた。
流石に、アクマに向けるのと同様の殺気を真正面から向けられればこの程度の生理的反応は起こる。
身体が震えだしたりしないだけでも、まだマシだろう。
これで否定の言葉でも返そうものなら、次の瞬間には自分を斬るためにその六幻が振るわれる事になる。
それは間違いなかった。
「!」
不意に、彼の目がコウではなく、彼女が背中に庇う“モノ”の方へと動く。
それとほぼ同時に、彼女は身体を反転させていつの間にか手にしていた風迅を閉じたままそれに突き立てた。
爆発こそ起こさないものの、今まさに彼女に向けて火を噴きそうだった銃口が下を向く。
それをいい事に、トンと地面を蹴ってアクマから距離を取りつつ、風迅を抜き取った。
流れるようなその動きに、神田は六幻を構えたままの状態で彼女を見送る。
「私の勝ちです」
彼女はニッと口角を持ち上げ、畳んだ風迅の先に挟まっているものを指先で抜いた。
不思議な威圧感すらも感じさせるそれは、今回の任務の目的―――イノセンスだ。
「な―――っ!!」
驚きに表情を染める彼を他所に、コウは自由になった風迅をバッと開いて一振りする。
巻き起こる風がそれに乗った彼の髪を掠め、一直線にアクマの方へと向かった。
一刀両断されたアクマは、そのままドォンと低い音を立てて爆発する。
建物のどこかがその音と振動によって崩れたのか、遠くからガラガラと言う音が彼らの元まで届いてきた。
やがて、その音も収まり、その場を包む沈黙。
「いつから知ってた?」
「何の事です?」
「惚けるな。勝負を吹っかけた時点でアクマがイノセンスを持ってることを知ってたんだろうが」
ギッと睨みつけてくる彼に、コウは柳に風とばかりにそれを受け流す。
そして、少し洒落た風に口元を扇子で隠して微笑んだ。
「初めから」
「!!」
「って言ったらどうしますか?」
悪戯が成功した子供のように、彼女はクスクスと笑う。
そして、パチンと扇子を閉ざすと行き成り手に持ったままだったイノセンスを神田の遥か後ろへと放り投げた。
「おい!?」
「うわっち!!」
焦ったような神田の声に重なるように、彼の背後から酷く狼狽した声が聞こえた。
放物線を描くイノセンスを追うように振り向いた神田の視界に、危うくもそれを受け止めたラビの姿が入る。
「コウ!せめて一言!」
「受け止められたんですから、良いじゃないですか」
「落としたらシャレになんねーって!!」
「そのくらいで壊れるような柔なものじゃないですよ」
素晴らしい速さでコウの元へと詰め寄ったラビは、彼女に向けて声を荒らげる。
未だに逸る心臓を抑えられないのか、その口元は引きつっていた。
そんな彼をのらりくらりとかわし、コウは神田の方を向く。
「イノセンスを持っていると知ったのは、あの怪我をしたファインダーのお蔭ですよ。彼が、教えてくれたんです」
「あいつが?」
「ええ。事前に、汽車の中で。神田は一人がいいってどこかへ行っていましたから…聞いていなくて当然ですよね」
「…俺も知らねぇんだけど」
「ラビは寝てました」
きっぱりと言われてどこか落ち込んでいるラビなど目に入らないかのように、神田は彼女を見つめる。
その視線に気付いたのか、ラビを励ましていたコウが彼の方を向いた。
そして、にこりと微笑む。
「神田。皆が怪我せずに終えられるような…そんな任務完了を目指す事は出来ませんか?仲間でしょう?」
諭すような声色だが、不思議と自分の過ちを責められているとは感じない。
無条件に相手に納得させ、頷かせるような…そんな何か強さを秘めた、魔法のような声だった。
そのプライドゆえに答えられずに居る彼に、コウは「あ」と何か閃いた様に声を上げる。
そして、殊更にっこりと微笑んだ。
「勝負で負けた神田には、これを守ってもらいましょう。約束…でしたよね?」
「………………………わかった」
彼の返事に、コウは「凄く嫌そうな“わかった”ですね」と苦笑する。
そして、くるりとラビの方を向いた。
「ラビが証人ですよ。守らない場合には…そうですね、研究の実験台になってもらいます」
今思いついたというよりは、初めから用意していた言葉を紡いでいるように見えた。
そんな彼女を見て、ふとある考えが浮かぶ。
出来るなら、否定して欲しい。
だが―――
「お前、初めからこうするつもりで…」
「…確実主義ですので」
その笑顔が、答えだった。
「上手く丸め込まれたな、ユウ」
帰りの汽車の中で、ラビは向かいに座る神田にそう声をかけた。
無視されるかとも思ったが、意外にもちゃんと視線が返って来る。
「次は負けねぇ」
「あー…多分、無理だって。負けそうな勝負事は一切してくれねーから」
「無理やりにでもさせる」
そういいきった彼に、ラビは肩を竦めて「どうかねぇ」と呟く。
その素直さや一生懸命さを評価され、その大事にされ具合と言えば教団の中でもリナリーと首位を争うくらいだ。
無理やりに、と言う時点でまず障害が多すぎるように思う。
苦笑の意味を理解できなかったのか、初めからするつもりがないのか。
神田はその視線をラビから、彼の隣に座るコウへと向けた。
本人からの返事はない。
なぜなら、その本人はラビの肩を借りて小さく寝息を立てているのだ。
「…間抜けな寝顔」
「こう言うのは可愛いって言うんだって、ユウ」
そう言ってみるが、憎まれ口も彼らしい。
彼女が少し身動ぎ、その髪に付けられた鈴がリン…と綺麗な音を奏でた。
「一人で集まってきてたアクマの6割くらいを相手にしてたからな…疲れてて当然さ」
男としてどうとか言う以前に、仲間として彼女ばかりに負担をかけるのは間違っているとは分かっていた。
だが、彼女が動けば動くだけ、それを封じるようにアクマが彼女を狙う。
そして、そのアクマを彼女が破壊して…要は、堂々巡りだった。
下手に踏み込めば邪魔をしてしまうだけに機を見計らい、そうしているうちに彼女が殆どを片付けてしまったと言うわけだ。
「コウが言ってたさ。神田は、自分本位のところを少しでも抑えれば馬鹿みたいに味方が増えるのにって」
「…余計な世話だな」
「まぁな、でも…俺も、そう思う。ま、今回の一件でユウも懲りただろうし…結果オーライ!」
そう言って笑ったラビに、最早神田はそれ以上否定するつもりはなかった。
確かに、今回の一件で頭は打った…と思う。
あの時カッとなっていたのは実は自分だけで、彼女は表情や言動とは裏腹に冷静だったのだ。
同い年の彼女には、自分よりも一歩先を見えていた。
その事実が、彼を少し大人にした…のかもしれない。
「あなたの耳は飾りですか!?突っ込むなって何度言えば分かるんです!」
「あー!うるせぇ!!」
「…仲悪いよなぁ、あの二人って…」
「あー、違う違う。あれは、仲悪いんじゃなくて…同属性なんさ」
「同属性?」
「そう。S極とS極は反発しあうだろ?あれと同じ。コウも意外と無鉄砲なところあるからな」
「なるほど」
「ま、そろそろ止めねぇとこの間の二の舞になりそうだな」
06.12.04