東国の使徒 04:夕暮れの攻防 前
夕暮れの差し迫る世界が、赤く染まる。
そんな中、建物の陰に身を潜めるようにして息を殺す一行。
黒いコートを着込む者三名、フードの着いた白いコートを羽織って背中に大きな荷物を背負う者数名。
彼らのすぐ傍を、大きな影がゆっくりと通り過ぎていく。
夕日を背負った影は、その大きさも然る事ながら赤と黒との対比が異様な雰囲気を醸し出している。
この恐怖に慣れていないのか、白いコートの数名が肩を震わせるのが目に入った。
やがて、その影はゆっくりと何かを探すように別の場所へ去っていく。
足音が聞こえなくなり、やがて気配も完全に消えるのを確認すると、黒いコートに身を包んだ一人が息を吸い込んだ。
「どう言うつもりですか!?」
リンと響く鈴の音も、現状では邪魔なだけだった。
「神田!私、一人で飛び込まないでくださいと何度もお願いしましたよね!?」
「あー…うるせェ」
「突っ走る事しか考えずに…!猪ですか、あなたは!」
「計画に時間を費やすだけ無駄だ!さっさとイノセンスだけを保護すればいいんだろ!」
「あなたの無鉄砲の所為でアクマが増えている現状を見て、まだそれを言いますか!」
声を荒らげる二人。
方や、黒髪に黒目の日本人としてはごく一般的な容姿を兼ね備えた女性。
そして、もう片方もまた―――日本人らしい容姿の持ち主の男性。
どちらもデザインのよく似た黒いコートに身を包み、黒髪に癖はなく背中に流れている。
顔立ちの面で考えれば、片方は凶悪でもう片方は慈愛に満ちている…とでも言っておこう。
尤も、声を荒らげる現在では後者の良さが欠片しか見受けられないが。
「すげー…ユウに怒鳴りつけてらー…」
「コウさんが声を荒らげる事も珍しいですね」
「あぁ、それはユウの所為でこいつが怪我してるからだろ」
二人の怒鳴りあいを眺めていた最後の黒いコートの主、ラビは自分の傍らでファインダーに治療されている人物を指す。
特別見知った仲と言う訳ではなく、関係と言えば精々仕事仲間。
だが、彼女…コウは、彼の怪我が原因で声を張り上げていた。
「―――…そんなに言うなら、テメーは一人でイノセンスを保護できるんだろうな!?」
「出来ます」
「っ!」
はっきりとそう断言した彼女に、神田は一時言葉を失う。
だが、それはほんの少しの間だった。
「なら、俺と勝負しろ」
「イノセンスをかけて?エクソシストとして、何か間違っているとは思わないのですか?」
「…逃げるのか?」
「………いいでしょう。団体行動を乱すなら、神田とはこれ以上は一緒に戦えません。決着をつけましょうか」
真剣な眼差しを真っ向から受け、神田は僅かに息を呑む。
殺気ではない、けれどもどこか刺すような空気。
二人の様子を見かねたラビが溜め息を吐きながらその間に入る。
「おいおい、ユウもコウも、ちょっと落ち着けって」
「ラビは私、もしくはファインダーの方たちと一緒に行動してください。きっと…彼には必要ないでしょうから」
ラビの方を向いてそう言い、最後に神田の方をチラリと見る。
その視線が気に食わなかったのか、彼は軽く舌打ちして口を開いた。
「イノセンスを手に入れた方が勝ちだ」
「条件は勝者の言い分に従う、で構いませんね」
「ああ」
「期限は夜明けまでにしましょう。あまり長くても、短すぎても意味はありませんから」
神田はコウの言葉に頷くと、トンと地面を蹴って屋根へと飛び上がった。
そして、不安定に崩れた中でもしっかりと足場を確保し、彼女を見下ろす。
「さっきの言葉、忘れるなよ」
それだけを言い残し、彼はふっと姿を消す。
一同の緊張が解けた瞬間でもあった。
「皆さん、ご迷惑をお掛けしますけれど…宜しくお願いしますね」
彼の居なくなった方を見つめていたコウが、その視線をラビ達へと戻して苦笑する。
先ほどまで神田を煽るようなことばかり言っていた彼女と同一人物とも思えない表情だった。
「コウ?」
「彼の熱くなりすぎる性格は、良し悪しですね。今回は後者、と言ったところでしょうか」
そう言いながら、彼女は怪我したファインダーの傍らに膝をつく。
そして眉尻を下げながら謝罪の言葉を述べれば、驚いたのは無論怪我をした彼の方だ。
「要らぬ怪我をさせてごめんなさい」
「コウさん!そんな…頭を下げないでください!私は大丈夫です!」
「…コウ」
不意に、怪我の様子を見ていた彼女に、ラビがそう声を掛ける。
さほど酷い物ではない、と言うことを自分の目で確認し終えると、彼女は彼を振り向いた。
「行かないのか?」
「行きますよ。まぁ、大凡の目星はついていますので…ヴォルティックが、すでに向かっています」
ヴォルティック、と言う言葉に、ラビはそういえば彼の姿がないな、と納得した。
時に、通信役として、時に彼女の目として。
ヴォルティックは、下手をすれば自分よりも彼女に貢献しているのではないかとさえ思う。
彼は本部からの支給品ではなく、コウの父親による手作りだそうだ。
詳細、その付属能力に関しては、その多くが語られないままだ。
本部で彼女の帰りを、文字通り首を長くして待っているであろう彼の存在を思い浮かべ、ラビは笑った。
「ユウに先を越される可能性は?」
「ほぼ0パーセント」
「大した自信さ」
「負け戦はしないと決めていますから」
悪戯めいた笑みを浮かべ、彼女は笑う。
それ以上は聞いてくれるな、とばかりに、彼女は自身の唇の上にふと人差し指を乗せた。
心得たり。
ラビは肩を竦めつつも頷く。
「っと、ヴォルティックからの連絡ですね」
ふと、コウが自身の手首につけたブレスレットが揺れるのを確認して呟く。
連絡と言っても通信が出来るわけではなく、ただ相手に自身の存在を思い出させるように働きかけるだけだ。
それでも、こんな時には使い勝手の良い機能である事は確かだった。
「ラビはどうします?」
「一緒に行く」
「分かりました。では、私達で行きますから…皆さんは身体を休めておいてください」
「我々も一緒に…!」
元気なファインダーの一人がそう声を上げる。
しかし、彼女は首を横に振った。
「イノセンスの保護は私達に任せてください。代わりに、面倒な後片付けはお任せしますね?」
クスリと笑いながら、彼女はそう言った。
そう言われてしまえば、それ以上ごねる事はできない。
自分達の役割もきちんと残してくれると言う彼女に、それ以上何の文句が言えようか。
苦笑を浮かべ、それでも頷くファインダーに彼女は満足げに微笑んだ。
「さて、と。近くにはアクマも居るでしょうから…」
「強行突破、だな」
「よくお分かりで」
クスクスと潜めた声を発しながら、彼女は自身の袖を下へと下げる。
ストンと落ちて来た扇子を、取り落とす事無くその手の中に納めた。
紅色のその上に描かれた龍は、夕暮れの日差しにその身を染める。
「共同戦線は3ヶ月ぶりですね」
「腕は落ちてねぇよな?」
「当たり前ですよ、誰に言ってるんですか?」
「…だな。俺のパートナーに限って、それはないか」
くるくると指先で自身の槌を回しながら、彼は軽くそう言った。
そして、半ば崩れた入り口のドアを蹴り倒して、その中へと二人で消えていく。
それから数分後、外で待機するファインダーらの元に、ドォンと言うアクマの爆発音が建物2箇所から聞こえてきた。
06.11.27