Destiny - 81 -
「つまり、ドラゴンの心臓が鍵になっていて、向こうとこちらを繋いでたってわけか」
「何か…凄い話だね。錬金術って、異世界に繋げることも出来るんだ…」
「まぁ、あの門も…言っちまえば、異世界だからな…」
エドはそう呟き、何かを考えるように沈黙した。
恐らく、彼は自分が人体錬成を行った時のことを思い出しているのだろう。
真理―――自らをそう呼んだ存在は、真っ白な空間に居た。
あれがこの世界のどこかだと言う考えは、まず浮かばない。
コウが言っている『異世界』の存在も、先日まで過ごしていた来訪者の所為で嫌と言うほど理解させられた。
結局、自分の知る世界などほんの一握りなのだ。
「じゃあ、その繋がりは壊したんだね」
「うん」
ズ、とストローを吸えば、喉越しのよいアイスティーが口内を潤す。
アルの言葉に頷きつつ、コウは横目でエドを見た。
しかし、すぐに視線をアルの方へと戻す。
「…離れてよかったの?コウは、その………凄く、楽しそうに見えた」
言い難そうにそう問いかける彼。
コウはすぐには答えずに、頭の中でその質問を繰り返す。
よかった―――そう思えるほどに、自分は大人ではない。
後悔だって沢山したし、今もし続けている。
彼らと過ごした一年は、自分にとってはかけがえのないものだったから。
だからこそ。
彼らが生きる世界をこの世界と混濁させたくはなかった。
その原因が細いパイプにあるのだとすれば、それを切断したいと思ったのだ。
結果として、自分だけがこの世界に残る事になろうとも。
「…よかったのよ。これが…本来のあるべき姿だから」
自分はこの世界に居て、彼らは向こうの世界に居て。
それが、当たり前なのだ。
今までの一年がおかしかったのだと、そう思えば、少しくらいは納得できるだろうか。
「それより…私の話はここまで。二人の話を聞かせてよ。この一年の話」
話題を変えるように明るくそう言った彼女に、彼らはそれ以上その話を続けようとはしなかった。
空元気と言うほどではないにせよ、彼女は影を背負っている。
辛いのだろう…そう察するには、十分すぎた。
「うーん…」
「結構色々あって、どれが一年前の記憶なのか…」
「………たった一年の事が分からなくなるの?」
本気で彼らの記憶力を心配してしまう。
そんな彼女の心の内を悟ったのか、慌てたように首を振るアル。
「違うよ!本当に色々とあって、何から話せばいいのか悩んでるだけ」
「一年って、短いようで凄く長いもんね。まぁ、その逆も然り、だけど」
365日。
数字にすると長く感じてしまうけれど、人により時間の感覚と言うのは違う。
忙しくしていたり、凄く楽しんでいたり。
そう言った、状況により人の感覚と言うのは変化するのだ。
「…半分くらいは、セントラルに居たな」
ポツリと、エドがそう言った。
その声はいつもよりも低く、コウとアルは顔を見合わせてからエドの方を向く。
彼はぼんやりと目の前の紅茶を見下ろしていた。
「今までみたいに各地を旅してたけど、結局はいつもここに戻ってきてた」
そこまで聞くと、アルには彼が何を言わんとしているのかが分かったようだ。
同じように視線を落とし、沈黙する。
コウもその空気で悟った。
それでも、今のこの状況で「ごめん」と言う言葉を紡ぐのは、少し違う気がする。
旅の合間に、と言うよりは、セントラルを中心に動いていた。
旅先から帰ってきては、ロイの元を訪れて「あいつは?」と言う質問を投げたものだ。
返って来る答えは、いつだって肩を落とすものばかりだったけれど。
「前に人体錬成の構築式で白熱した事があっただろ?あれがなかったら良かったのか、とか、色々考えたな」
確か、あれはヒューズが亡くなる一ヶ月ほど前だった。
三人は、同時に脳内でその時の様子を思い浮かべる。
錬金術師と言うのは中々厄介なもので、おぼろげながらも形が出来てしまうと追求せずには居られない。
人体錬成はしない、そう決めた彼らも、コウの思い浮かべた構築式に興味を示してしまった。
気がつけば夜も更け、人が動くには遅すぎる時間になっても尚、話し声は止む事がなかったという。
人体を錬成してはいけない。
三人の中で、暗黙の了解のようにその言葉が繰り返されていた。
けれど、その日彼女が浮かべた一つの仮説は、もしかすると成功するかもしれないほどに精密だったのだ。
一瞬でも試してみたい、とそう思ってしまったのは、彼女だけではないはず。
「あれが…原因じゃないよ」
「でも、あの部屋に書かれていた錬成陣は、あの時のものだろ」
覚えていたのか、とコウは心中でその記憶力に拍手を送る。
この程度の事を覚えていられないならば、きっと錬金術師としてはやっていけないけれど。
「結局は、私も弱かったって事よ。目の前の可能性にすがり付いてしまい、人としての道を踏み外した。
多くの人を心配させて、悲しませて、怒らせて…自分でも馬鹿だったと思う」
膝の上のアズを撫で、コウは目を閉じた。
そして、彼らが何かを言う前に「でも」と言葉を繋ぐ。
「今は、良かったと思う。お蔭で色々なものを見て、色々な人と出会えた」
交差する筈のなかった運命、出会うはずのなかった人たち。
彼らとの出会いが自分に残してくれたものは大きい。
だからこそ、彼らの生きる世界を守りたい―――たとえ、この命を懸けてでも。
「コウ?」
不意に黙り込んだ彼女に、心配そうな表情でエドが問いかける。
やはり、彼女はまだ寂しいのだろう。
そう思って、控えめに声を掛けたのだ。
しかし、目を開いた彼女は、穏やかに微笑んだ。
「何?」
「あ、いや…別に」
思わずそう言葉を濁してしまう。
それと同時に、言葉に出来ない不安を感じた。
今の彼女の表情は強い、けれど危うい。
そう感じさせる、何かがあった。
「さて…私は、まだ後始末が残っているから、この辺で別れようか」
膝に乗せていたアズを肩へと移動させ、カタンと席を立つ。
セントラルの中でも結構名の知れた店と言う事もあり、時間帯の割には人が多い。
そんな中で込み入った話をしてしまった事を少し悔やむ。
しかし、自分の生活に入り込んでいる客達は、彼女達の会話など気にしていない様子だった。
その事だけがありがたい。
「お金、ここに置いておくから」
「あ、別にいいって。金なら有り余ってるし」
「奇遇ね、私もよ。どうやら私の口座はまだ生きているみたいでね。そのまま残ってるの」
そう悪戯に笑う。
一年も行方不明になったのだから、口座がなくなっている可能性も考えていた。
しかし、先日確かめに行けば、ちゃんと一年前と同じ金額がそこに残されていたのだ。
流石に軍の給料は入ってこなくなっていたけれど、それでも貯金だけで十分な額である。
尤も、彼らの研究費を考えれば、飲み物一杯ははした金なのだけれど。
「じゃあ…エドワード、アルフォンス―――さよなら」
柔らかい微笑みを残し、コウはアズと共に店を出て行った。
まるで金縛りでもかけられたかのように動けない二人。
ガラスの向こうを歩いていた彼女が見えなくなり、テーブルの隅に残された硬貨を睨みつけるように見下ろす。
「何なんだよ」
「…何か…最期の別れみたいだったね」
口に出すと、ますますそんな気分だった。
彼女の行動は、酷く自分達を困惑させる。
何が、と問われれば答えかねるのだが、分からないのだ。
ただ、漠然とした不安だけが一秒ごとに高まっていく。
そんな感覚を味わっているのは自分達だけでは無いと言うことを、彼らは知らない。
「ドラゴンの…心臓…か」
「信じられないけど、現実なんだよね。そんなものが異世界との繋がりになるなんて」
「アズが合成獣って言うのも信じにくいな。あんな完全な生き物が作れ―――」
そこで、エドの言葉が不自然に途切れた。
兄さん?と呼ぶアルの声に答える様子もなく、彼の表情が見る見るうちに強張ってくる。
そしてガタン、と音を立てて椅子から立ち上がった。
「兄さん、どうし―――」
「この不安は杞憂なんかじゃない。コウは危ない―――行くぞ、アル!!」
そう言うと、彼は急ぎ足で店を出て行ってしまう。
訳がわからないアルも、とりあえずコウの置いていったお金を拾って、支払いを済ませてから彼を追った。
何ともよく出来た弟である。
07.10.01