Destiny  - 80 -

パン、と言う音はそれほど大きな物ではなかった。
球体を形作っていたそれは、サラサラと砂のように砕ける。
やがて、浜辺の砂で山を築くように、小さな赤いそれが、コウの足元へと出来上がった。
それを見下ろす彼女の目元は赤い。
気遣うようにすり寄るアズを右手で撫でながら、彼女は寂しげに微笑む。
自分ではない別の誰かが生み出した命は、今自分の手で終わりを告げた。

「こっちはこれで終わり。―――…一緒に帰ろうか、アズ」

最後の仕上げ、とばかりに差し出した指先をパチンと鳴らせば、指先に巻いていた発火布から火花が飛ぶ。
赤い砂の山は一瞬の内に燃え上がり、灰すらもその場には残らなかった。
それを見届け、コウはクルリと踵を返す。
ただ一人、彼女の足音だけが水路を響いていく。














「―――そうか、彼らは自分達の世界に帰ったんだな」

事の由を話し終えたコウを前に、ロイは静かに頷いた。
あえて、自分がほぼ無理やりに彼らを帰した事は話していない。

「彼らだけを送り返したという事は、コウはこの世界に残る決心をしたと言う事か」
「………決心も何も、私の世界は…ここでしょ?」

そう言った彼女の表情は儚く、けれども何か心に決めたような、そんな表情だ。
その表情に何やら胸の中に不安を覚えたのは、きっとロイだけではないだろう。

「コウ、お前は―――」
「ロイさん。グレイシアさんの住所を教えていただけませんか?」

彼の言葉を遮るようにしてコウはそう問いかけた。
そんな彼女の行動に違和感を覚えるも、彼女がそれを問うのも不思議な話ではない。
寧ろ、予想していたよりも遅いと感じたくらいだ。
ロイは手元にあった紙に住所を書き記し、それを彼女へと手渡した。

「怒られるってわかってるけど…行かないわけにもいかない。それに、やっぱり会いたいから」
「…あぁ、そうだな。彼女も喜ぶだろう。客人が一人向かうと連絡しておこう」
「ありがとう、ロイさん」

そう言うと、コウはソファーから立ち上がった。
自分の隣に行儀よく座っていたアズを抱き上げ、出口へと向かう。

「コウ」

去ろうとした彼女の背中を呼び止める。
彼女はすぐに振り向き、何?と首を傾げた。

「…無理をするんじゃないぞ」
「大丈夫よ。変なロイさん」

クスリと笑って、コウはロイの執務室を後にした。
残されたロイは、思案顔で背もたれに深く凭れかかる。

「どうかなさいましたか?」
「いや…杞憂なら、それでいいんだ」

最後に残した笑みやあの表情が、あの日のコウを思い出させた。
彼女が行方不明になる前日の、あの日を。
だからこそ、言い知れぬ不安が彼の中で渦を巻いているのが分かる。

「…今日はもうお帰りに…?」

いつもならばこんな事は言わないリザが、今回ばかりはそう声を掛けた。
それほどにロイの表情が思いつめた物だったのだろう。
いや、彼女もまた、コウを心配しているのだと言った方が正しいか。
ロイは彼女の申し出にゆっくりと首を振った。

「いや、今はコウの処遇を考えなければならない。帰っている暇はないさ」

一年以上に亘る行方不明をもみ消す事は出来ない。
何か、誰でも納得させられるような確固たる理由が必要だった。
異世界に行っていました、なんて話は、誰も信じてはくれないのだ。
最悪、軍部の規定に従った処分を下される事になりかねない。
その抜け道―――理由を考えるのが今の自分の役目。

「あの子はこの1年で強くなった。…心配しなくても大丈夫だ」

それはまるで自分への言い聞かせのようでもあった。















玄関を開けたグレイシアは、そこに居たコウの姿に目を見開いてドアを半開きにしたまま静止する。
今、目の前にある光景が夢ではなく現実なのか。
その区別をつけたところで、彼女の目は涙に潤う。
そして何も言わず、無言のままコウの身体を強く抱きしめた。

「お帰りなさい、コウ…ッ」

搾り出すようにそう言った彼女に、コウは目を閉じて「ただいま」と答えた。
大事にしてくれていたのに、馬鹿をするような娘でごめんなさい。
何も言わずに出て行って一年以上も行方をくらませていたのに、迎えてくれてありがとう。
そんな二つの思いがコウの脳内を占める。


全てを説明すると、グレイシアは何も言わずにコウの頬を叩いた。
ペチ、と言う軽い音がする程度の、本当に弱い叩き方だったけれど。

「あの人がここに居たら、きっと同じ事をするわ」

本当に怒っているらしい彼女に、コウは返す言葉もない。
ヒューズがいれば、必ず怒る―――自分だって思っていたことだった。
ごめんなさい、ともう一度小さくそう言えば、グレイシアは短く溜め息を吐き出す。

「お昼寝をしているエリシアにも、ちゃんと挨拶してあげなさい?」
「…うん」

頷いたことを見届けると、グレイシアはお茶を用意するといってキッチンへと移動した。
その間、コウは慣れないリビングを歩き回る。
思い出の品はあるのに、慣れ親しんだ家とは違う。
その相違がコウに違和感を残した。

「コウ、えっとその子は―――」
「アズ?」
「そう。アズは何か飲む?」
「牛乳なら飲めると思う。ね?」

キッチンの方から顔を覗かせたグレイシアに、そう答えるコウ。
肩に乗ったアズにね?と確認すれば、彼は返事の代わりに彼女の頬を舐める。
その光景を微笑ましそうに見ていたグレイシアは、じゃあそれを用意するわね、と言い残して顔を引っ込めた。
それを見届けたコウは、そのまま静かに2階へと足を運んだ。
少しだけドアの開かれた部屋を覗き込めば、ベッドが膨らんでいるのが見える。
足音を忍ばせてそこへと近づき、膨らみの原因を見下ろした。

「エリシア…ただいま」

それから、ごめんね。
声もなくそう続ける。
コウの頭の中では、彼女とグレイシアに対する申し訳無さが膨らんでいた。

「…寂しい時に独りにしちゃってごめんね、エリシア。短い間だけど、一緒だから」

そう言って眠る彼女の額にキスを落としたコウ。
アズはすっとその頬に身を寄せた。

07.09.04