Destiny - 79 -
最後に微笑んだ彼女の笑顔が目に焼き付いて離れない。
辛さを堪えるように、無理やりに浮かべられたそれではなかった。
純粋で、静かな笑顔。
いっそ泣き叫ばれた方が楽だったのだろうか。
「――――…くん」
誰かに呼ばれ、ふと瞼を持ち上げようとする。
どこに飛ばされるかわからないと言っていた。
ならば、こんな風に目を閉じている場合ではない。
すぐにでも目を開き、状況を確認しなければ―――
「―――…レンくん!」
また声が聞こえた。
それに背中を押されるように、重い瞼を開く。
一気に瞳へと飛び込んできた光源があまりにも眩しくて、思わず目を細めてしまった。
細めた視界の中、心配そうにこちらを見ている人物がいる。
逆光で顔は見えない。
けれど、先ほど呼ばれた声が、その人物の物なのだとしたら―――名前を一致させる事は、簡単だった。
「…リナリー…?」
「よかった…!気がついたのね!!」
どこか安心したように目元に涙を浮かべるリナリーを見て、神田やラビのことを思い出した。
バッと勢いよく起き上がれば、彼女は驚いたようにアレンを見る。
「神田やラビは!?」
「二人なら、別室に居るわ。アレンくんよりも早く目を覚ましたから」
「別室…ここは…」
「教団の本部よ。三人ともバラバラに見つかって…でも…」
リナリーが言葉を濁す理由に、心当たりがあった。
三人―――自分を含め、神田やラビは無事に見つかったという事。
その上で彼女が心配する人物など、一人しか居ない。
「二人から何か話は聞きましたか?」
そんな問いかけに、リナリーは小さく首を振った。
それから、顔を俯かせて口を開く。
「目を覚ましたけど、二人とも全然話してくれないの。もう、何が何だかわからない…」
あの二人の様子を見たら、彼女の事など聞ける筈がない。
そう言ったリナリーに、アレンも沈黙した。
自分よりも彼女との付き合いが長かった二人だ。
あの三人は、教団の中でも特に仲が良かったというのを聞いたことがある。
そうなるのも無理はないだろうと思う。
「まずは、ヘブラスカのところに行かないと…」
「ヘブラスカ…?どうして?」
「………イノセンスが一つ、向こうの世界に留まっているんです」
「…っ!どう言う事なの!?どうして、三人とも…」
何も話してくれないの?そう言って、彼女は新たな雫を目に浮かべる。
先ほどから何度か流れ落ちるそれを見ながら、アレンは目を伏せた。
「全部話します。けど…僕らにも、まだわからない事ばかりなんです。だから…」
「……ヘブラスカの所に行ってから、ちゃんと話してくれる…のね?」
「話します」
「……わかった」
その時になって、漸く医務室のベッドに寝かされていたのだと気付く。
いくつか並べられたベッドに人の影はなく、また室内自体も無人だ。
恐らく、三人のエクソシストの失踪、そして発見と言う異例の事態に教団内が混乱しているのだろう。
元帥の一件はどうなったんだろう、と思うけれど、それよりも先にしなければならない事ができた。
特に不調を訴える事もない身体は、思ったよりも自然に動いてくれる。
その事を確認すると、心配そうな目を向けてくるリナリーに微笑んでから、彼は医務室を後にした。
ヘブラスカの元へと歩いていたアレンは、前方に三つの影を発見する。
それが誰の物なのかを悟るなり、足を速めて口を開く。
「神田、ラビ!」
その声に振り向いた彼らの片方は、どこか安心したように表情を緩める。
もう片方はその変化があまりにも小さくてわからなかったけれど。
「アレンくんも、無事に目を覚ましたみたいだね」
そう言ったのは彼らと共に居たコムイだ。
一際安心した、とばかりに肩の力を抜く彼に、心配をかけました、と告げる。
「丁度良かったよ。色々とわかった事があるから、彼らに話しておこうと思っていたところなんだ」
「色々と、わかった事?」
「…コウの事でね」
告げられた言葉に、僅かな驚きの色を浮かべたアレンは他の二人へと視線を向ける。
彼らは何も言わず、ただ一度だけ頷いた。
「場所を移そうか」
「あの、ヘブラスカには…」
「…それは話を聞いてからでも遅くはないと思うよ」
少し悩んでそんな答えが返って来ると、彼はわかりましたと素直に引き下がる。
そして、歩き出すコムイを先頭に、三人がその後ろに続いた。
各々がソファーへと身を沈めたのをきっかけに、彼は口を開く。
「何から話せばいいのか―――いや、始めから話すべきなんだろうね」
コムイはそう言って言葉を始めた。
「まず…コウは、適合者じゃない。そこから、話さなければならない」
「な―――どういう事さ?」
「アズは彼女のイノセンスじゃない。正確には、彼自身がイノセンスに寄生された適合者なんだよ」
認識を根底から覆す内容だった。
驚きにその表情を染める三人を横目に、コムイは机の上に乗っていたファイルを開く。
「ヘブラスカが僕に教えてくれた事だ」
「だが、あいつはイノセンスとシンクロ出来てただろ」
「そこも、今から説明するよ」
神田の言葉にそう答えてから、コムイはファイルの中から一枚の紙切れを取り出した。
何かの文献を写したと思われるそれを順番に見せていく。
「彼女は人体錬成によりこの世界に来たといっていた。その際に、生まれたのがアズだと考えられる」
文献の写しに書かれた内容は、アズ…ヴァリーヴドラゴンの事だ。
能力の高い錬金術師が行なう人体錬成によって、天文学的な確立で生み出される合成獣。
それが、ヴァリーヴドラゴンなのであると、そう記されている。
「そこにも書かれているように、錬成の段階で稀に術者の血が合成獣に混じることがあるらしい。
それ故に、アズとコウの境界線が曖昧になったんだろうと、僕は予測している」
「…だから、コウがアズのイノセンスとシンクロすることが出来た…と言うことですか」
「そうなるね。人体錬成がきっかけであちらとこちらの世界が繋がり、流れ込んだイノセンスがアズに寄生した。
憶測の域を出ない部分もあるけれど、恐らくそう間違ってはいないと思うよ」
そう言ったコムイに沈黙する三人。
そんな彼らを見て、短く息を吐き出してから彼は更に続けた。
「僕達よりも遥かに詳しい彼女が、その事に気付いていなかったとは思えない。
恐らく、コウは知っていたと思うよ。アズが合成獣だと言う事も、自分が適合者ではない事も」
そう、彼女は誰よりも早くその事に気付いたはずだ。
しかし、あえて誰にも言わなかった事には何らかの意図があるのだろう。
それを確かめる術はないけれど。
「この一年の間に、アクマが爆発的な進化を遂げ始めた。今までは亀の歩みだった進化が、急に」
「一年―――…」
「そう、彼女が、この世界に来てから…と言う事になる。
あちらの世界の者が千年伯爵と手を組んだというコウの予想は、恐らく間違ってはいないだろうね」
結局、彼女が言っていた事は全て正しかったと言う事なのだろう。
自分が全ての原因なのだと言った、あの顔が脳裏に浮かぶ。
もし、彼女が自分達に心の内の全てを明かしてくれていたならば―――こんな風に別れる事はなかったのだろうか。
ありえない空想に思いを馳せ、その唇を噛み締める。
07.08.28