Destiny  - 78 -

機械であるアクマは、良くも悪くも半永久的に動き続ける。
動き続けるアクマと、生きている彼女達。
いかに実力に差があろうとも、そこには埋められない違いがある。
生きているがゆえに覚える疲労感は身体の芯から動き奪っていく。
自分の目の前のアクマを破壊しつつ、コウは彼らの様子を横目に捉えていた。
動きが鈍っている事は明らか。
コウは静かに目を閉じた。
その表情はとても穏やかとは言い難いそれ。

「――――………アズ」

声は大きくはなかったけれど、言葉で言い表せない物で繋がっているアズには届いた。
彼はピクリと漆黒の毛並みに包まれた耳を揺らしてから、ひらりとコウの元まで飛んでくる。

「錬成陣を組み替える。その間、よろしくね」

そう言ってはっきりと言葉として頼むと、コウはパンと両手を合わせる。
そして手始めに足元を通っていた円の弧を少し組み替えて、それから走り出した。
先ほどまでは向かってくるアクマ全てを破壊していたが、今度はそれの隙間を縫うようにして掻い潜っていく。
大抵は足元がお留守になっているアクマばかりで、移動自体はそう苦労する事はなかった。
組み替えるべき箇所で足を止め、腰を屈めて両手を床につかなければならない以外は。
しかし、床に膝を着いて錬成しなおしている瞬間を狙うアクマは、アズの鋭い爪によって両断された。

「これで終わり…っ」

部屋の床全体に亘る巨大な錬成陣の全てを組み替えるには、時間も労力も掛かる。
アクマの隙間を掻い潜っては床にしゃがみ、錬成後は休む間もなく次の箇所へと走る。
そんな繰り返しも終盤を迎え、今自分の足元のそこが、最後。
一際大きくパンッと音を響かせ、足元へと膝を着く。
両手を合わせたところから錬成反応が広がり、それが治まった時には、そこはコウの思惑通りに変化していた。
ザッと錬成陣を一望してから、彼女は自分の行動に気付いていない様子の三人を見る。
散り散りになっている彼らの動きを冷静に判断し、見定める。

「三人とも、中心へ跳んで!!」

声に対し、即座に反応できる彼らは素晴らしい運動能力を持っているのだと、改めて実感する。
コウの爪先のすぐ前にある円とは同心円で、それよりもふた周りほど小さなそれの中に三人が着地した。
それを見届け、彼女はパンッと両手を合わせる。
バチッと彼女の手元に広がった錬成反応に、とりあえず本能的に声に従った彼らは軽く目を見開く。

「コウ?」
「アズ、向こう側に」
「…おい?」
「あの円に中に身を置けばいい」
「何をしているんですか…?」
「そうよ。急いで」

三人の声には答えず、ただアズに指示を出す。
それに従った彼が示した円の中に身を置いたところで、コウは彼らに向き直った。

「向こうへの扉を開く。今は錬成陣を組み替えてあるから、アクマが侵入できなくなってる」

けど、それも一時的なことだから。
そう呟いて、コウは懐からアズではないドラゴンの心臓を取り出した。
彼女の纏う錬成反応に呼応するように、ドクンと脈打つそれ。

「三人を帰したら、錬成陣を破壊する。この場所も壊して…繋がりであるこれも砕く」

それで、向こうの世界とこちらの世界、双方を脅かすものは何もなくなるはずだ。
真剣な表情でそれを告げる彼女に、それぞれが驚きを露にした。

「そんな事をしたら、コウはどうなるんです!?」
「残る」
「残るって、そんな…!」

絶句するアレンに対し、他の二人は何も言わない。
言えない、と言ったほうが正しいのかもしれないけれど。

「元々、私はこっちの住人よ。きっと、私が…扉を開いてしまった事こそ、全ての原因」

うすうす感づいてはいた。
あの日あの時、自分がこの場所で行なった人体錬成が、全ての引き金となったのだろう。
結果としてこちらとあちらを繋ぐ扉を作ってしまい、それに目を付けられてしまった。

「エクソシストとして、この世界を守る。そっちは…三人に任せても大丈夫でしょ?」

そう言って笑う彼女の表情は哀しげだ。
スッと持ち上げた手には銃が握られていて、襲いかかろうとしているアクマを撃ち抜く。
弾丸の代わりに発せられるレーザーのようなそれがアクマを破壊した。

「駄目ですよ、コウ!あなたも帰らないと…っ!」
「何を言っても、無駄さ」
「ラビ!?何を言うんですか!」
「…一度決めた事を覆すような柔軟な奴じゃねぇ」

ラビ、神田とアレンを止めるように声を上げる。
だからって、と声を上げるも、アレンはその後ぐっと拳を握る。

「もう、止められないんですか?」
「ごめんね」
「リナリーと約束したんです。必ず…コウを見つけましょうって」
「…リナリーにも、よろしく言っといて」

そう言って答えるのとほぼ同時に、手の中のそれがドクンと脈打つ。
錬成反応とは違う動きであることに気付くと、彼女は急いたように彼らを見た。

「チャンスは一度。その一度で、必ず向こうの世界に送る!ただし、どこに着くかは私にもわからない。
だけど………三人なら、大丈夫だよね?」

確信めいた問いだった。
脳裏に浮かべた返事と同じように、彼らはただ一度だけ力強く頷く。
疑う余地など、微塵もない。
コウは一度瞼を伏せ、ゆっくりと目を開く。

「皆と会えて、良かった。悲しみの先にあった出会いだったけど…後悔はない。―――大好きだよ!」

言い終わるのを待たずに、錬成陣へと己の手を乗せる。
陣の隅々まで錬成反応の光が走っていくのが見え、その中に彼らの姿が消えてしまう。
すでに肉眼では光に遮られた彼らの姿は見えない。
ただ、それぞれが残した最後の声が耳に届いたのは、気のせいではなかった。
















アズのブレスがその場のアクマを全て破壊する。
やがて、最後の一体が崩れ落ちると、その場はシンと静まり返った。

「…終わった、ね」

白毛に戻ったアズがコウの元へと移動してくる。
慰めるように彼女の目の前に静止すると、ぺろりと頬を舐めた。

―――別れすら、ろくに言えなかった。

時間に押された自分達は、この一年の感謝を口にすることさえ許されなかった。
あまりにも、短すぎる最後の時間。
思いを口にするには短いそれの中、コウが言えたのは本当に一部の事だけ。

「もう、会えなくなるのにね…」

掌に載せたドラゴンの心臓は、確実に弱っている。
ピキ、ピキピキピキ、とヒビが広がっていくのがその証拠だ。
今にも砕け散ってしまいそうなそれは、ギリギリのところでその原形を保っている。
コウはそれに衝撃を与えないように、殊更ゆっくりと足を進めた。
陣の中心へと辿りついた彼女のつま先がコンッと何かを蹴り飛ばしてしまう。
瓦礫かと思ったけれど、飛んだ拍子にきらりと光ったから気になった。

「これ…」

指先が拾い上げたのは、純銀製のボタンだ。
見覚えのある形のそれは、アズの首にも揺れている。
そう、エクソシストだけが着る事を許されるこの団服のボタン。
表を見つめていたコウは、徐にそれを裏返す。
そこに刻まれた名を見るのと同時に、身体の奥から耐えていたそれが溢れた。

「―――――…っ」

分かって選んだ道なのに―――そう思いながら、コウはその場に膝を着いた。
彼らには彼らの生活が、向こうの世界に存在している。
それを奪う事は出来ず、かといってこの世界をほうっていく事もできない。
コウに出来たのは、己の心を殺してこの場に残り、最後の終止符を打つことだけ。

「もっと…一緒に居たかった…っ」

搾り出した声は慟哭のように、誰も居ないその場所に木霊する。


好きなんです。
あなたの事が、こんなにも。

07.08.15