Destiny - 76 -
乾いた銃声と共に、視界が赤に奪われる。
がくんと身体を引き寄せられる感覚に身を任せ、コウはその力によって地面から足を離す。
銃弾がどこかを崩したのか、ガラガラと言う瓦礫の崩れる音が響き、やがてその音も聞こえなくなる。
「何やってるんです!?」
ガシッと肩を掴まれたかと思えば、真正面からそう怒鳴られる。
明らかに怒りを露にしたアレンの眼差しを受け、コウは力なく口を開いた。
「ごめん…」
「僕が間に合わなかったら…死んでましたよ!?」
怒鳴るのは、自分を案じているからだ。
何も思っていない相手ならば、こんな風に声を荒らげてその行動を正す必要などない。
そのまま何も見なかった振りをして、何も聞かなかった振りをして…静かに遠ざかればいいのだから。
心配されているのだと分かっているからこそ、心苦しい。
けれど―――
「やめろ」
そんな声と共に、肩を圧迫していたアレンのそれが外される。
代わりに、彼にしては優しい力で彼から僅かに距離を取るように引き離された。
「神田!?」
「コウを責めるな。こいつには…無理だ」
こうして怒鳴る役はいつだって神田だった。
だからこそ、窘める側になる彼には違和感を覚えてしまう。
そんな事を気にする余裕など、アレンにもコウにもなかったけれど。
「無理って…死ぬ所だったんですよ?」
「コウにあいつは撃てねぇよ」
神田は苦虫を噛み潰したような表情でそう吐いた。
そんな彼の言葉に、アレンは思わず動きを止める。
何故です?と問うその視線に、神田は溜め息を吐き出してから、先ほどから全く動こうとしない「彼」を見た。
見たというよりは睨み付けた、と言うほうが正しいような鋭い眼差しで。
「コウの父親と同じだ」
そう答えた声は、神田のものではなかった。
しかし、コウ達にとっては聞きなれたそれ。
「ラビ…。コウの父親と同じって事は、つまり…」
「いや、本人じゃねぇよ。…そうだろ、コウ?」
そう言って、神田から彼女を受け取る。
案じるように顔を覗きこんできた彼に笑顔を返す余裕すら、今の彼女にはない。
ただ、先ほど得た情報を脳内で整理する事に精一杯だった。
―――死に方までこの男と同じとは、ね…。血の繋がりがないことが不思議だよ。
楽しげに、まるでゲームか何かのように簡単に告げられたそれ。
その内容の意味する所は、つまり…。
「あなたが…」
腕にぐっと力を入れて、ラビの身体を押しのける。
その力と言えば、彼からすれば殆ど入っていないにも等しい。
けれど、ラビは抵抗せずに身を引いた。
コウは震える足を叱咤してその場に直立すると、真っ直ぐに「彼」を睨みつける。
「あなたが、ヒューズさんを…」
その先はない。
ダンッと力強く地面を蹴り、彼の元へと駆けるコウの耳には、周囲の音が一切入っていなかった。
彼女を呼ぶ声すらも、まるでフィルターを通したかのように遠い。
いつの間にか彼女の手にはダガーが握られている。
空中でクルリと体勢を変えると、そのままその首元へと鋭い刃を突き立てる。
「―――どうしたの?さっさとやりなよ」
クックッと喉の奥で声を殺すようにして笑う彼。
見た目はヒューズなのに、中身が違うだけでこんなにも変わって見えるものなのだろうか。
しかし、まるで同じ顔の別人のようだと思うのに、身体はそれを受け入れない。
違うと分かっているのに―――。
彼女の手に持たれたダガーは、その刃先が彼の首を突き破る手前で止まってしまっていた。
このまま3センチも刃を下ろせば、事は終わる。
「殺せないよね。あんた達人間は、見た目に騙されて…親子揃ってご苦労様」
「煩い…っ!」
「あいつが死んだ時の話をしてあげようか?ほら、例えば―――」
そうして、「彼」の表情が…いや、顔が崩れていく。
代わりに新たに構築されていくその顔立ちに、コウは目の前が暗くなるような錯覚を感じた。
世界がバランスを失うよう。
目の前で微笑む「彼女」の姿。
コウの手から滑り落ちたダガーがカランと音を立てた。
「コウ!!」
三人のうちの誰かの声だったのか、それとも全員の声だったのか。
それを理解する前に、脇腹を貫く乾いた銃声。
一番先にコウの元へと辿りついたのは、神田だった。
しかし、彼はコウを相手と引き離すなり、彼女を支える手を解いて六幻を手に相手に斬りかかって行く。
中途半端に投げ出された彼女の身体をアレンとラビとが地面に崩れるギリギリのところで受け止めた。
最後まで支えろよ、と頭の片隅で思うけれど、誰かがその行動を取らなければならなかった事は確かだ。
一番にその役を買って出てくれた彼に、寧ろ感謝すべきだったのかもしれない。
「コウッ!」
「動かしちゃ駄目です、ラビ!!」
ラビは腕の中で目を閉ざすコウに、思わずその肩を揺さぶってしまう。
だが、アレンの鋭い声に制止されて我に返ると、すぐに自身のコートを脱いで彼女の腹へと強く巻きつけた。
本来ならば布を裂くなり何なりした方が止血としての効果は高いだろう。
しかし、丈夫な布地を使われているこのコートが手で裂けるとは思えない。
そうしている時間すら惜しい、その理由が、彼を即座に動かしていた。
その時、ギィンと鈍い音がしたかと思えば、神田の六幻がクルクルと円を描いて飛び、地面へと突き刺さる。
「エクソシストもただの人間だね」
いつの間にかその姿はグレイシアの物から変化していた。
闇色の髪に、最大限に布を節約した同色の着衣。
「千年公の話を聞いて少しは期待してたんだけどなぁ…」
「テメェが…!!」
こちら側の内通者が、今目の前にある。
この世界で、千年公と言う言葉はその役割を果たさない。
それもそのはずだ、彼はこの世界に在るべき人間ではないのだから。
だからこそ、その名を紡ぐ事のできる者は―――黒。
「初めまして?エクソシスト諸君。俺は嫉妬のエンヴィー。以後お見知りおきを」
なんてね、と彼は場違いに明るい声を上げる。
意識を飛ばしていたわけではないコウは、その声に薄っすらと目を開いた。
至近距離から食らった銃弾は、脇腹に止まる事無く風穴を開けて行ったらしい。
下手に中に止まられるよりは突き抜けた方がいいとは言え、この痛みは苦しい。
「あなた、第五研究所の…」
「…あぁ、そうだったね。アンタは、鋼のおチビさんと仲良しなんだっけ?」
コウの声にエンヴィーは驚いたように目を見開き、やがて納得した様子で頷いた。
すっと細められた彼の目に、ゾクリと背筋が逆立つ。
先ほどまでの、あの人を小馬鹿にした空気が消えている。
「まったく…契約違反もいいとこだね、千年公も。
確かにパイプの管理はしてやるって言ったけど…こんな面倒な奴らの掃除が付いてくるなんて、聞いてないよ」
「どう言う…こと…?」
呟くようにそう問えば、彼の目がラビ達からコウへと移動する。
それから、彼はニィとその口角を持ち上げた。
「これから死ぬ奴に答える必要なんて、ないんじゃない?」
そして、ダンッと地面に踵を打ちつける。
その衝撃が伝わった所から錬成反応のような光が起こり、やがてその光によって床に錬成陣が組み上げられる。
ザワリと空気が揺れ、水面から顔を出すように床の錬成陣から抜け出してきたのは、数十体のアクマ。
その特異な形からして、それはレベル1ばかりではない。
「生きていたら、また会おうか」
そうして、彼は背後の闇に溶け込むようにして消えた。
07.07.08