Destiny  - 75 -

「遅ぇ!!」

開口一番にそう文句を言ってきた神田の後ろに居たアクマの眉間に一発を撃ち込む。
コウを呼びに来たのはラビとアレンで、神田は一人残ってアクマと戦っていたようだ。
態々呼びにいく人数を二人にしたのは、アクマを発見した場所からコウの居た墓地までに数が集中していた為。
必然的に、二人で力押しによって道を切り開かなければならなかったのだ。
神田の元に戻るまでに出会ったアクマの数でも、それは十分に分かった。

「千年公は!?」
「知るか!」
「俺も同じくっと!」
「僕も見てませんよ!」

コウの問いかけに、それぞれがアクマに応戦しながらも答える。
次々に起こる爆音に、一撃で破壊していく彼らの実力が垣間見えた。
アクマの眉間に投げつけたダガーを抜き取りながら、コウは顔を上げる。

「アズ!アクマの発生地点は!?」
『―――あの場所付近!』
「…三人とも聞こえた!?」

トンと地面を蹴って空中からアクマに銃弾を浴びせる。
そして爆発寸前のそれを足場にもう一度宙へと飛び上がり、やがて少し開けた空間へと足をつける。
それとほぼ同時に、他三人もその場所へと滑り込んできて、四人は背中を合わせた。

「ノルマ達成次第、水路の入り口に集合って事で」
「異議なし!」
「遅れた奴は置いてくからな」
「大体、一人ノルマ50体くらいですね」

お互いに確認するように一度視線を絡めると、それぞれ前方へと意識を向ける。
そして、示し合わせたわけでもなく、四方へと地面を蹴った。















「アズ。そろそろ降りようか」

水路の入り口が見えてきたところで、コウはアズの背からそう声を掛けた。
アズはそれに答えるように耳をピクリと動かし、そのまま降下を始める。
すでにコウのノルマとなる数のアクマを破壊し終え、かつここまでの道中の分も片付けてきた。
大体50、と数えた所で、それ以上数えるのをやめたので正確な数は分からない。
最後の10体ほどはアズのブレスで一気に片付けた。

「他のメンバーは…まだみたいね」

徐々に入り口が大きく見えるようになってくる。
そんな言葉を呟きながら、コウはアズの背を撫でた。
と、彼女は何かに誘われるように水路の入り口へと目を向ける。
いつもは重く閉ざされている入り口が、少しだけ開いていた。

「?」

メンバーには入り口に集合と伝えてある。
まだ爆音が遠くに聞こえているのだから、彼らが全員この場に到着して水路を進み始めたという事はあるまい。
神田だって口ではああ言っていても、実際にそうなったとして仲間を置いていくほど非情ではない。
文句が一番に飛び出すとしても、ギリギリまで待ってくれる…そういう人間だ。
アズが地面に足をつけ、コウが降り易い様にと身を屈める。
それを褒めるように頭を撫で、トンと地面へと足をつけた。
それから、開かれたままの扉の方へと歩き、そこから中に顔を覗かせる。
薄暗いけれど、足元に点々と続く明かりが、中の様子を窺う手伝いをしてくれていた。
そんな頼りない明かりの中に、人影を見つける。
暗くてよく見えないけれど、背格好からして男性のようだった。

「…アズ、目を借りるね」

発動を解いて小さくなったアズがコウの元へと寄り添ってくる。
彼の瞼をそっと撫で、同じく目を閉ざす。
次に目を開いた時には、彼女の目は青く染まっていた。
そのまま水路へと目を向けた彼女は、人の姿をそれに捉えるなり、驚愕に表情を染める。
考える前に、身体が動き出していた。

「アズはそこに居て!!」

そういい残す為に振り向くことさえせずに、コウは水路の中を駆けて行く。
突然の彼女の行動に驚いたアズが何度も呼び止めようと拙く声を上げるが、それは彼女を止めるには至らなかった。














時折、通路に溜まった水が跳ねる。
黒いレザーブーツにシミを残しているだろうけれど、そんな事は考えもしなかった。
ただ、まるで自分を誘うように辛うじて見える範囲に居るその人を追う。
自分が走れば、その人も動く。
そうして詰まることのない距離は、さながら逃げ水のようであった。

「嘘だ…嘘だ…っ」

まるで呪文のようにぶつぶつとそう呟く。
走っているうちに息が切れてきたけれど、足を止める事は出来なかった。
水路を道なりに進んでいくと、やがてあの空間へと出る入り口が見えてくる。
そこで、前方に居たはずの人影が消えた。
半ば縺れ込む様にして、そこに駆け込む。
そして、肩を揺らしながらその中へと忙しく視線を巡らせる。

―――見間違い…?いや、そんな、まさか…。

そんな想いがコウの中をぐるぐると回る。

「後ろだ」

その声に、ザワリと背筋が逆立った。
バッと距離を開けるようにして振り向けば、先ほどまで遠くに見えていた人影の主が、目の前に見える。
黒髪短髪、眼鏡に濃くはない髭、そして―――青い軍服。

「…う、そ…」

コツリ。

足音が響く。

コツリ、コツリ。

コウは肩を…いや、全身を震わせる事はあれど、その場から一歩も動いてはいない。

「嘘だ…何で………どうして、あなたが…」

自然と、涙が視界を揺らす事は無かった。
けれども、身体の神経がどこかで切れてしまったかのように、指先一つ動かすことが出来ない。
それなのに全身が小刻みに震えている。

「“どうして”?」

コウの言葉を繰り返すように、目の前の彼が喋る。
唇が動けば、その喉を声が通り過ぎれば―――コウの震えはより一層酷くなる。
最早、彼女自身の足で立っていることすら奇跡のようだった。
耳を塞いでしまいたいのに、手は動いてくれない。

―――これ以上話さないで。

そう言いたいのに、声が出ない。

「娘に会いに来るのに、理由が要るのか?」

それから、彼はその口元に笑みを浮かべる。
そして、笑みを模ったまま、唇を動かした。

「コウ」

コツリ、と最後の一歩が踏み出された。
ゆっくりと持ち上がってくる手から逃れられない。

「コウ」






その手がコウの頬に触れようとした、その時。
低い爆発音が通路の方から聞こえてきた。
まるで金縛りが解けたかのように、全身に神経が行き渡る。
一瞬爆音に気を向けたために止まった手から離れるように、コウは後方へと飛ぶ。

「あなたは誰!?何故…何故、その格好をしているの!」

ホルダーにしまいこんであった銃を真っ直ぐ彼に向ける。
だが、目に見えて揺れる銃口が、その狙いが定まっていない事を告げる。

「コウ、俺を忘れたのか?」
「違う!違う…っ!!ヒューズさんは……………ヒューズさんは死んだ!!死んだ人は戻っては来ない!!」

愛する人をアクマにしてしまった人々を前に、何度も紡いだ言葉を、自分に言い聞かせるように叫ぶ。
目の前の事実がその存在を認めていても、それは所詮泡沫の夢なのだ。
頬を涙が伝う。
先ほどまでは涙の前兆すらもなかったと言うのに、今はとめどなくそれが溢れてくる。
自分に言い聞かせた言葉が、鉛を呑んだようにずしんと胃の中に沈んでいるようだった。

「…コウ…残念だ」

銃口が向けられる。
無機質の口が自分へと向いているのに、コウはトリガーにかけた指を引くことが出来ない。
構えているのに、最後の一歩を身体が拒むのだ。
姿かたち、そして声までもがヒューズと言う存在に成り切っている男。
頭では分かっているけれど、出来ない。

「死に方までこの男と同じとは、ね…。血の繋がりがないことが不思議だよ」

その言葉に彼女の目が最大限まで見開かれる。

―――今、この男は何と言った?

「“いい演出だろう?コウ・スフィリア”」

何かを再現するような演技がかった言葉と共に、銃口が火を噴いた。

07.06.18