Destiny - 71 -
なくしてみて、改めて気付く存在の大きさ。
コウ達は今、それを痛感していた。
「何か…ファインダーって偉大さ…」
ドサリ、と地面に座り込んだラビの言葉に、一同は深く頷いた。
それもそのはず。
今までは何も考えず、ただアクマを破壊する事のみに集中していた彼ら。
そんな彼らが、アクマ発見から後片付けまで、全て自分達だけでしなければならない状況にあるのだ。
ただアクマを破壊すればよかった向こうの世界とは、疲労度も全く違う。
「…次はどこだ?」
「えっと…ちょっと待って」
神田にそう問いかけられ、コウはアズに目配せする。
彼は心得たり、と頷き、すぐさま翼を広げて飛び立った。
彼のサイズが随分小さくなるのを見上げながら、紅は弾んだ呼吸を整えようと深く息を吸い込む。
「僕の目にはアクマは捕らえられませんね。アズの答えにもよりますけど、そろそろ移動しても良さそうです」
「…アクマなし。この付近のアクマは全部破壊が完了したみたいよ」
コウがアレンの言葉にそう続けた。
どうやら、アズの声にはアレンの目と同じように一定の距離内でしか届かないと言う難点があるらしい。
それに左右されないのは、彼の適合者であるコウのみ、というわけだ。
すでに姿の見えないアズの声は、当然のことながら他のメンバーには聞こえない。
だから、彼女はその声を代弁したのだ。
「それにしても…こう、アクマが途絶えないとなると、帰る方法が見つかっても帰り辛いですね」
「あぁ、それは俺も思う」
「…こっちの世界の事まで構ってられるかよ」
「とか言いながら、神田だって放っておけないよ、きっと」
アレン、ラビ、神田、そしてコウが、順に口を開く。
彼らが共に行動するよりも、二手に分かれてアクマを片付けた方が効率が良さそうだと思うだろう。
実際、彼らとて初めはそう考え、そして実行したのだ。
所が、向かってみた先には大量のアクマ。
おまけにもう一方との連絡は取れない。
どう考えても、分かれての作業は危険だった。
身をもってそれを理解した彼らは、一緒に行動した方がいいと言うコウの言葉に一も二もなく頷く。
そうして、今に至るというわけだ。
「あれから5日か…」
雲が流れていく空を見上げながら、コウがそう呟いた。
再びこの世界の地を踏むことになって、もう5日だ。
自分がどの程度気絶していたのかは分からないが…それを考えたとしても、まだ一週間は経っていない。
目まぐるしく変わり行く、自分の周囲を取り巻く環境に、馴染む暇すら用意されていない。
慣れない状況の中、できる事と言えば―――エクソシストとして、働くのみ。
「コウ、大佐からは何も進展の連絡はないのか?」
「うん。とりあえず、アクマが発生した後らしき場所は全部教えてもらってるんだけど…。
軍人とは言え、私達からすれば一般人を巻き込むわけに行かないから、難しいんだよね…」
畑が違う、とでも言うのだろうか。
本当の一般人からすれば、軍人と言うのは時にとても頼りになるものだ。
しかし、対アクマ、と言う点においては、彼らは一般人と何ら変わりはない。
寧ろ、関わられると迷惑な存在である。
ロイの計らいにより、見回りの憲兵には不審なものには近づくなと連絡が届いている。
だが、それを聞いて「自分ならば」と自惚れる馬鹿が居て、そんな彼らを糧にしてアクマは強くなる一方だ。
「それにしても…こうも、アクマの数が減らないって言うのは変ですね」
「あぁ。まるで、今まさに生産中みたいに……」
溜め息と共に、吐き捨てるようにそう言った神田は、途中で不自然に言葉を切った。
そして、何かに気付いたように顔を上げる。
それは彼だけではなく、他の三人にも言えることだった。
「そうか…。原因があるんだ…」
「…だな。一定の周期で千年公、もしくはノアがこっちにアクマを運んで来てると見て間違いない」
ラビがそう言い終えるや否や、コウはコートのポケットから本を取り出す。
そこに挟まれていた紙を、彼らの真ん中で開いた。
「それは?」
「この5日間の、アクマの破壊数。初めの日が100越え、次が60、その次は40で…」
書き出してあるデータを読み上げる彼女に、三人の感心したような視線が集う。
流石は研究者。
この手の事はお手の物のようだ。
「昨日は80。で、今日は…」
「40、だったな」
「注目すべきは、初日と4日目。ここでアクマの数が異様に増えてる。つまり、3日に1度の周期と考えられる」
トン、と80の数字の上に指を乗せ、コウはそういい切った。
まだ確定ではないけれど、恐らく間違いはないだろう。
「となると、次は明後日だな」
「問題は、千年公がどこに現れるか、ですけど…」
「それに関して、一つだけ思い当たる事があるの」
コウがそう呟いた。
一同の視線が紙の上から彼女へと移動する。
そんな彼らをぐるりと見回してから、今度は地図を開いたコウ。
「ここが、私やラビ、神田が飛ばされた地下水路」
コートに差し込んでいた万年筆でそこにインクで跡を残す。
そして、彼女はもう一枚の地図を取り出した。
「これは地上の地図なの。これと地下の地図とを重ねると…」
言いながら二枚を重ね合わせ、再び地面に下す。
地上の地図が少し薄いのか、地下のそれがかなり鮮明に見て取れた。
先ほど彼女が丸く印をつけた上に、建物が重なっているのがわかる。
「地上は、何かの建物ですか?」
「今は使われていない…私の、研究室よ。私は、一年前にここから向こうの世界へと飛んだ」
「…そうか。そこに向こうに通じる穴があるとすれば…!」
「待ってください。僕が飛ばされたのは、確かここですよ?」
アレンが指差した場所は、コウが注目している所からは東に2キロほど離れている。
関係があるとは思えない、と言う彼に対し、彼女はじっと地図を見つめた。
それから、すでに自身の傍らに戻ってきていたアズを見る。
「アズが暴走していたのは、アレンが来た付近…」
「…穴は一つじゃないって事か。それなら、どの道限定するのは難しくなるぞ」
「いや…アクマの性質から考えれば、人の目の多い地上よりも、地下の方が向いてる」
「ラビに同感。じゃないと今まで一度も見つからなかったって言うのは、おかしいから」
そこまで話が進んだところで、沈黙が降りる。
アイコンタクトで今後の展開を…なんて、超能力みたいな特殊能力は、生憎ながら備わっていない。
「とにかく、もう一度水路を確かめないと…話は進まないみたいね」
何かしらの成果があればいいんだけど…と呟きながら、彼女は隣に座っていたアズを抱え上げる。
どう言う作りになっているのかは知らないが、軽い。
抱き上げてもらった事が嬉しいらしく、頬を舐めてくる彼を撫でながら、地図で確認した方へと歩き出す。
行こう、とそう声を掛けたわけではなかったけれど、彼らが着いてくると言う確信はあった。
衣擦れの音の後に聞こえた足音三つに、コウは密かに笑みを零す。
自分が育った世界の筈なのに、彼らがいるだけでこんなにも心強く思える。
コウは自分にとってのこの一年の大切さを、改めて噛み締めた。
07.04.25