Destiny  - 70 -

「この世界に、アクマが送り込まれてる―――そういう事よね」

この半端ではないアクマの成れの果てを見ても、その量の多さが分かる。
中には爆発して完全に吹き飛んだものもあるのだから、数は優に百を超えていた。
それだけのアクマを、昨日や今日で運び込むのは不可能だろう。
第一、アクマを作るには、その数以上の人間が必要だ。
それらが指し示す結論―――それは、アクマがこの世界で何日…何ヶ月もの時を過ごしたと言う事。
信じたくはないが、恐らくはその考えが正解なのだろう。

「そんな事を出来る人物は…」
「一人しか、居ないわね」

コウがそう呟き、順番に三人を見る。
それが出来る、ただ一人の人物。
それは、黒の教団の敵―――千年伯爵だけだ。

「少なくとも、ノアも関係してるな」
「あぁ。俺達を運んだみたいに、アクマのパーツを持ち込んだんだろ。なぁ、大佐」

不意にラビに話題を振られ、沈黙と共に彼らの遣り取りを聞いていたロイの肩が揺れる。
何だね、と答えれば、彼の質問が続けられた。

「この世界って、安全なのか?」
「………こうして軍が配備されている世界が安全だと思うかね?」
「…だよな。って事は、材料は山ほどあるって訳だ。ほっとけばアクマは勝手に増えて、勝手に強くなる」
「おまけに邪魔するエクソシストも居なくて、一石二鳥。そう言う事ね」

全ては憶測の域を出ない。
だが、この状況が、それが事実である事を示しているのだと、彼らは確信を持っていた。

「…アクマ、これだけだと思う?」
「………違うだろうな。恐らく、今回は様子を見ているアクマも居るだろ」
「僕も神田の意見に賛成です。レベル2のアクマが一体も居なかったのが、その証拠でしょう」

知能を得たアクマは、考えることを覚える。
レベル1がことごとく破壊されているところに自ら乗り込んでくるような事はまずしないだろう。
かと言って、エクソシストと言う最大の障害のないこの世界で、アクマがレベル1から進化していない筈はない。

「…この世界を探し回る必要がありそうですね」
「厄介な事になったわ…。アクマが判別できるのはアレンとアズ、それからアズの目を借りた私」
「僕はある程度の距離まで探せますが…それでも、相当の時間が掛かりますね」
「その間に被害は広がる」

本当に、厄介な事になった…。
そう思って腕を組んだアレンは、その腕がコートの中の何かを押していることに気付く。
何だ、と思ってコートの中に差し込んだ手が掴んできたものは、紅の宝玉だった。

「あぁ、そう言えば、こっちに飛ばされる直前に、ノアにこれをポケットに押し込まれたんでした」

何なんでしょうね、と日に透かすようにして持ち上げてみる。
アレンの手元のそれを見て、コウが驚いたように目を見開いた。

「それはヴァリーヴドラゴンの心臓よ。何でそんな物を…」
「ヴァリーヴドラゴンの?」
「………まさか…ヴァリーヴドラゴンが、何か関係しているの?」

そう呟いたところで、コウはハッと何かを思い出す。
自身のコートの内側に手を突っ込むが、目当てのものが指先に触れる事はなかった。

「私の本を知らない?」
「本?」
「クロウリーの城で貰ったものよ。錬成陣が書かれた古い本」

いつも肌身離さず持っていたはずなのに、所定の位置にそれがない。
何かヒントが隠されている筈だと思ったのに―――コウは己の失態に唇を噛んだ。
そんな彼女の焦りを見て、ロイは何か考えるように顎に手をやってから口を開く。

「コウの荷物なら、ホークアイ中尉が別室で預かっている筈だが…」
「本当!?良かった」

コウは彼の言葉により、軍部で別室に移動した際に、一度コートを脱いだ事を思いだす。
あの時にウエストに巻いていた道具類も全て取り外したんだった。
それがわかったならば、話は早い。
その場で立ち上がった彼女は、己の動向を見守っていた仲間に声を掛けた。

「軍部に戻るわ。ここは話を続けるには悪趣味な場所だし…」

そう言って、コウは周囲を見回す。
そこここに転がっている瓦礫、アクマの残骸。
確かに、落ち着いて話を出来る環境ではなかった。

「どうすんだ?これ」
「…仕方ないわね」

チラリと横目にエドを見るが、彼の意識は未だに戻らない。
流石に叩き起こして手伝え、と言うわけにも行かないだろう。

「手伝った方がいいか?」
「平気。それに…ロイさんは壊す方専門でしょ?」

そう、悪戯に笑う。
錬金術師、そう名乗る以上、彼とて一般的な錬成を行なう事は出来る。
ただ…人には、向き不向きと言うものがあるもの事実。
暫くその方面に手を伸ばしていない自分が足手まといになるであろう事は、彼自身もよくわかっていた。

「少し離れていて」
「あぁ。大丈夫か?疲れてるんだろ?」
「大丈夫よ、ラビ。教団を丸々直した事だってあるの…覚えてるでしょ?」

それに比べれば楽なものよ。
そう言って、コウは彼らを早くと急かす。
自分以外がある程度の距離を取ってくれた事を確認すると、静かに息を吐き出した。
そして己の両手をパンと合わせ、その場に膝を着く。
まるで許しでも請うかのように頭を垂れて、掌を地面へと押し付けた。
瞬く間に錬成反応が走り、光を失った箇所から本来の形を取り戻していく。
有るべきではないアクマは、その錬成の光に触れるなり宙へと拡散して消えた。
ものの10秒で元通りの姿を取り戻した通りを見て、コウは満足げに笑う。

「後片付け完了、ってね」

行こうか、と言う彼女の声に導かれ、一行は歩き出す。
車ではなくのんびりと歩を進める途中、ロイがコウに向けて口を開いた。

「…以前よりも錬成が早く、かつ精確になったな」
「そう?向こうでも色々と直していたからその成果かもしれないね」

少し嬉しそうに笑った彼女に、彼は神妙な面持ちで前を見つめる。
そんな彼の表情に気付いたのか、コウは少しばかり首を傾げた。

「…やはり…人体錬成を行なったんだな」
「―――ッ!」

その言葉に思わず息を呑む。
記憶をなくしていた間の事を忘れたわけではない。
無事でよかったと抱きしめてくれた彼を、忘れたわけではないのだ。
してはならない。
そう言われていたにも拘らず、人体錬成を行い、哀しい兵器の存在する世界へと飛ばされた。
そして一年と言う月日をそこで過ごし、再びこの世界へと舞い戻ってしまった自分。
この一年を忘れていた時よりも、自責の念は深い。

「ごめんなさい…」
「それはもう聞いた。………記憶が戻ってよかったな」

彼の言葉と共に、優しい手がその頭の上に下ろされる。
髪を撫でられ、彼女の涙腺は僅かに涙を滲ませた。
ぐい、と滲んできた涙を拭い、コウは前を見つめる。

「話さなきゃならない事…沢山あると思う」
「あぁ、そうだろう」
「迷惑も…多分、かけることになる」
「今更だ」
「…ごめんなさい。それと…ありがとう」

全てを受け入れる。
頭を撫でてくれる手が、そう語っている。
彼らには何も関係のない事の筈だったのに、巻き込んでしまった。
確証はないけれど、自分が世界を渡ってしまったことも関係しているのだろう。
巻き込んでごめんなさい。
そんな想いと共に、コウは決心した。

「何があっても…この世界は、守るから」

敵がどれほどの数だろうが、関係ない。
これはきっと、エクソシストとしての己に課せられた使命。




「一人で背負い込んじゃ駄目ですよ」

ポン、と肩を叩かれ、顔を上げれば見えたのは優しい笑顔。
頬に走る大きな傷だって、彼の人格を構成しているものだと思えば不気味でもなんでもない。

「そうそう。俺達だって一緒なんだからな。責任は四等分、だろ?」
「抱え込んで…一人で突っ走るなよ」

彼ららしい言葉に、コウは小さく微笑んだ。
それから、ぎゅっとアレンの腕に抱きつくようにして、答える。

「ありがとう」

そう告げれば、ラビやアレン…神田でさえも、小さく微笑みを返してくれた。
そんな遣り取りを見て、ロイが穏やかに、そして、どこか安心したように笑みを浮かべた事を、彼女は知らない。

07.04.19