Destiny - 69 -
失う―――そう思った。
また、大切な人を失ってしまう。
幾度となくアクマの銃弾が人を貫くのを見てきた。
ウイルスに犯された身体が、その着衣を残してまるで砂のように弾け飛ぶ光景も。
その光景が鮮明に脳裏に蘇り、コウは走り出した。
間に合わない。
そう分かってはいるけれど、手を伸ばさずにはいられない。
「エド――――ッ!!!」
引き絞った声が掠れ、喉を刺激していく。
誰でもいいから、助けて。
コウが叫びの裏にその思いを託したと同じ頃、彼の姿が赤く染まった。
次の瞬間、その姿は爆発によって掻き消される。
目の前が真っ白になった。
ガクリと膝から崩れ落ちた彼女に、その光景を背中から見ていたラビが舌を打つ。
今も彼女を狙うアクマは四方八方に溢れているのだ。
放心状態の彼女をこのまま放置するわけには行かない。
「アズ!!コウを連れて飛べ!!」
上空を旋回しつつアクマを減らしていたアズに、ラビはそう叫ぶ。
その声が届いたのだろう。
アズは赤い炎の息を吐くのをやめて彼を見下ろした。
その傍らにあるコウの存在を見止め、即座に状況を理解する。
そして、ぐるりとその場で一周すると、彼女の傍らへと降り立った。
丁度彼女に向かって撃たれた弾を己の翼で弾き、その身体を器用に背中へと載せる。
いざ空に戻らん、とした所で、アズの前を何かが横切った。
それは真っ直ぐにアズの背中にいるコウを狙っていたアクマを切り裂き、また戻っていく。
「アズ!もう一人、背中に乗せられますか!?」
そんな声が聞こえて、エクソシスト一同が各々の反応を見せる。
放心していたコウでさえ、首を持ち上げた。
「アレン…?」
「ぼんやりしている暇はありませんよ、コウ!あの人なら無事です!」
たたっとアズの元まで駆けて来た彼は、その両手でコウの頬を挟みこんでそう言った。
その真剣な眼差しを受け、焦点の合わなかった彼女の視線がしっかりと彼を映す。
「エドは無事なの?」
「はい。ギリギリでしたけど、間に合いました」
「よかった…」
「それより、コウ。僕達はエクソシストです。今すべき事は、この町を守ること。そうですね?」
強い問いかけに、コウはしっかりと頷く。
それを見て、彼は満足げに微笑むとその頬を放した。
彼女は即座にアズの背を降りて、まず目の前のアレンを背後から狙っていた一体を撃ち抜く。
調子を取り戻したらしい彼女に、アレンはアズへと視線を移動させた。
「向こうで鎧の人と一緒です。アズは一般人を近づけないようにしてください」
『了解』
「うわ、喋れるようになったんですか。成長したんですね」
いい子、とばかりのその頭を撫でると、行ってくれと彼の背を押す。
アズはコウの言葉を待つ必要はないと判断し、アレンの示した方へと翼を羽ばたかせた。
「他にも一般人が居るかもしれません。よろしく頼みますね」
口元に手を寄せてそう声を大きく告げたアレンの言葉に、アズは尾を振って答えた。
これで、一般人を心配する事無く戦える。
「アレン、お前もこっちに来たのかよ!」
「その様ですね。と言ってもついさっき着いたばっかりで、何が何やらさっぱりですけど」
着いたと同時に目の前にアクマが居て、とりあえずそれを順番に破壊していてここにたどり着いたらしい。
運がよかったのか、それともこれが運命だったのか。
「とにかく、さっさと片をつけるぞ」
いつの間にか少し遠くでアクマを片付けていた神田もすぐ近くに居た。
彼の言葉に、他の三人が頷く。
「残りは………一人、約20ってとこだな」
「時間外労働どころか、勤務地外労働ですね」
「はは、言えてる!」
「ま、アクマが居るならどこの世界だろうと勤務地に変わりはないわよ」
「…くだらない事を言ってる暇があるなら、さっさと行け!」
「はーい。んじゃ、ユウの雷が落ちる前に…行って来まーす」
そう言って笑い、コウは一番に走り出す。
トンと地面を蹴って飛んだかと思えば、上に居たボール型アクマを踏み台にして更にその向こうへと飛んだ。
彼女に続いて神田が別の方向へと走り出し、二人とは別の方向にアレンが駆ける。
そうして残ったラビは、自身の周りを囲んでいるアクマに肩を竦めた。
「色々と積もる話もあるし…さっさと片付けるか!」
ぐるんぐるんと頭の上でまわしていた槌が、どんどんその大きさを増していく。
遠心力を味方につけたまま、彼はボール型アクマの頭上にそれを振り下ろした。
「通してくれ!」
『駄目』
「コウが危険なんだ!あんな爆発の起こっているところに彼女を置いてはおけないだろう!」
『コウ、平気。大佐、駄目』
「だから―――っ!」
不毛な遣り取りをしている間中聞こえていた爆発音が次第に小さくなっていく。
やがて、それが聞こえなくなった所でアズはロイから視線を外した。
そして何かを探るように鼻をピスピスと鳴らし、塞いでいた道を譲るように身体をずらす。
今まで頑なに駄目だといって聞かなかった彼が突然に動いた事に戸惑うロイ。
『もう、終わり。行っても大丈夫』
そう伝え終わるが早いか、彼はその背にエドを乗せたまま翼を羽ばたかせ、コウ達がいる方へと飛んでいく。
それを見送ってしまったロイも、アルに言われてハッと我に返ると、慌ててその後を追った。
「コウ!!」
途中でアズを追い越し、瓦礫の山を登山するようにして進んでいくロイ。
その半ばで、男三人と共にその場に腰を下ろしている彼女の姿を捉え、声を上げた。
彼女はその声に反応してパッと顔を上げる。
「ロイさん。怪我はありませんか?」
「それは私の台詞だ!こいつに邪魔されてどんなに心配だったか…!」
「あぁ、アズ。ちゃんと頼みを聞いてくれたんですね、ありがとうございます」
「そういう問題ではない!………コウ、この少年は誰だね?」
声を荒らげてから、はた、と気付く。
よく見れば、見慣れない顔だ。
「彼はアレン。私のエクソシスト仲間」
「どうも初めまして」
「あ、あぁ…。ロイ・マスタングだ」
場違いなほどに清々しい笑顔を向けられ、ロイは思わずそう返す。
そんな彼らを横目に、コウは近寄ってきたアズの元へと駆け寄った。
そして、その背中でくたりと動かないエドに、顔を青くしてその手首を取る。
「エド!?」
指先に脈を感じ取り、密かに安堵するも、意識のない彼に依然として表情は硬い。
アレンは間に合ったと言った。
確かに、目立った外傷はないのに、何故。
コウがエドの身体を頭の天辺から足の先まで隈なく見ていると、言いにくそうにアレンが口を開いた。
「多分、怪我は無いと思いますよ」
「でも、気を失っているから…」
「あー…すみません。それは僕の所為です。あんまり戻ると煩かったので………少し」
申し訳なさそうに眉尻を下げ、頬を掻くアレン。
彼の言葉に、コウは心配から苦笑へとその表情を切り替えた。
エドの頑固さは分かっているし、あの場面でそれを発揮されれば自分も同じ行動を取っただろう。
アレンを責めるつもりも理由も、全くない。
そのことを伝えれば、彼はもう一度「すみません」と謝ってから表情を戻した。
「所で、お前は何でこっちに来たんだ?」
一段落ついたころ、神田がそう声を上げた。
その視線の先に居るのはアレンだ。
「一言で言うなら、ノアが原因です」
「…アレンもか…」
「なら、三人も?」
「ティキ、とか言うノアが出した妙な物体に飲み込まれて、気付いたらここだった」
神田の簡略な説明に、アレンは「僕もです!」と声を上げる。
同じ方法でこの世界に連れてこられたらしい。
「まぁ、原因が同じなら、考えても無駄ね。それより考えなきゃならないのは…」
「アクマ、ですね」
コウの言葉を引き継いだアレンに、彼女は頷く。
ラビや神田も同意見なのか、それぞれ異論はないという表情だ
「いくらなんでも、数が多すぎだな」
「あぁ。一日やそこらで運べる量じゃなかった。つまり―――」
07.04.14