Destiny  - 67 -

車である程度の所まで連れられて、現場へと向かう。
そうして鉄のそれから降りると同時に、一同はその場の異変を肌で感じる事となった。
異常なほど、気温が高い。
体の内側が汗をかいているようにじっとりとしているのに、肌自体は濡れてこない。
まるで、焔を前にしているようだ。

「…アズだ」

初めての状況に戸惑いを浮かべる者の中、ただ一人…神田だけが、酷く冷静だった。
彼の呟きはその場の全員の視線を集める。

「ユウ、何か知ってんのか?」
「あぁ。この状況、一番初めにコウと出会った時と同じだ」
「あ、そっか。ユウが一番にコウやアズと会ったんだったな」

俺も卵の時のアズが見たかった、なんて場違いな事を言ってくるラビ。
とりあえず彼の後頭部を六幻で殴ってから、痛がる彼を横目にコウを見た。
状況に戸惑っているようには見えない。
寧ろ、どこか虚ろな眼で真っ直ぐに原因の方を見つめていた。

「ラビ」
「…何?」
「コウに任せた方が良さそうだな」

まだ卵だった頃のあの異常気象は、不安定故の事故だと言ってもおかしくは無い。
だが、今回はすでにある程度成長しているアズが暴走しているのだ。
イノセンスの暴走は、その持ち主以外が関わると命の危険すら考えられる。
それを理解しているからこそ、ラビもまたコウを見て、そして頷いた。

「なぁ、大佐」
「…何だね」
「ここはコウに任せてほしいさ」
「…こんな危険な状況を彼女に任せろと?第一、これは私に下された命だ」
「そう硬い事言うなって。餅は餅屋。戯れに手を出すと火傷じゃすまねぇよ」

ケラケラと笑いながら告げられ、どこに説得力を覚えろと言うのか。
不信感を露に見つめてくるロイに、ラビは笑いを引っ込めてやれやれと肩を落とした。

「冗談抜きで、あんた達がどうこうできる問題じゃないわけ。ここは専門家に任せろよ」
「しかし……コウ!どこへ行くつもりだ」

ラビと話している間に、今まで大人しくしていたコウが突然走り出してしまった。
ロイの声すら届いているかは微妙だ。
真っ直ぐに走っていく彼女を追うと、次第に身体に感じる熱が上がってきたのがわかる。
このままだと、発熱時の体温以上の気温の中に飛び込むことになりそうだ。
それなのに、その異常な気温を物ともせずに駆けていく彼女。
次第にその差は開き、彼はとうとう足を止めた。
中心部には、道端に蹲るようにしている黒く大きな影が見える。
しかし、熱の所為で空気が歪み、はっきりとそれの形を捉える事は難しい。







呼ばれている。
ただそれだけを感じて、コウは走った。
やがて、蹲っている黒いそれの傍らまでたどり着くと、徐々に速度を落とす。
肌を焼くような熱を頬に感じたけれど、それも気にはならなかった。

「落ち着いて…」

ピクリと、耳らしき部分が動く。
自分の声が届いているのだろう。
少しばかり、熱の温度が上がった。

「力を暴走させちゃ駄目だよ。…落ち着いて」

そう言って、そっと手を伸ばす。
これだけ周囲に影響を与えているのだ。
その黒い毛並みは灼熱を纏っているのかと思いきや、寧ろ冷たい感触を与えられた。
さらりとした質感のそれを撫で、耳らしき部分まで手を運ぶ。
すると、もう一度耳がピクリと動き、やがて頭と思しき部分が動いた。
ゆっくりと持ち上げられる頭。
黒い毛並みの中、ラピスラズリをはめ込んだような青い双眸が自分を見つめ返してくる。
美しいそれに見つめられ、コウは静かに微笑んだ。

―――知っている。

そう感じた自分を、どこか素直に受け入れる事ができた。

「我を忘れないで―――アズ」

自然と滑り落ちた名前。
覚えていない筈だけれど、頭が、そして唇がその動きを覚えていた。
名前が完全に紅の唇を離れるとほぼ同時に、アズの身体を錬成反応に似たそれが包み込む。
そうして、一瞬とは言え目も開けていられない光を前にして、コウは己の目を細めた。












目のくらむような光に、コウよりは離れていたラビ達も思わず目を閉じる。
次に開いた視界に映りこんだのは、白い何かを抱えるコウの姿。
もちろん、黒い塊は彼女の前から忽然と姿を消していた。

「コウ!」

以前、彼女はアズの発動時の光が錬成反応に似ていると言っていた。
同じ錬金術師であるロイもそれを感じたのか、どこか切羽詰ったように彼女に駆け寄っていく。

「怪我はないな!?」
「うん。大丈夫」

にこりと笑みを返してくる彼女に、彼はほっと安堵の息を漏らす。
そこで、気付いた。
己の身体に負荷をかけていたあの異常な熱気が消えうせている事に。

「イノセンスは、発動させる事で初めて力を発揮する…アズが発動する時に発する光が錬成反応に似ているの」
「コウ…お前は…」
「イノセンスに関する知識は、戻ったみたい」

イノセンスに関する知識「は」とするところを見ると、まだ全てを取り戻したわけではないらしい。
彼女自身もそれが不愉快なのか、軽く眉間に皺を寄せてそう告げた。

「それは?」
「ヴァリーヴドラゴン。の子供。生後1年」
「…そんな事を聞きたいわけじゃない…」
「私のイノセンスよ。息を炎と氷に使い分ける事ができて…さっきのは、軽い暴走が原因」

今は落ち着いたけど、と腕の中で目を閉じているアズの頭を撫でる。
眠っているのか、目を閉じているだけなのかはわからない。
だが、コウの腕の中のアズは、安心しきった様子だということだけは、ロイにもわかった。

「随分大人しいようだが…」
「恐らく、発動し続けて疲れちゃったんだと思うわ。身体が休息を求めてるのね」

そうして、コウはアズを抱いたまま移動しようと踵を返す。
そこで、すぐ後ろまで駆けてきていた神田とラビの姿を捉えた。

「アズは無事よ。ラビ、神田」
「記憶が戻ったのか!?」
「残念ながら。二人が呼び合っていたから。
それにしても………何かしっくり来ない…。神田、神田………ユウ…?あぁ、こっちか」

前半部分はラビに答えるように、後半部分は自分に向けて。
ぶつぶつと名前を繰り返したかと思えば、苗字から名前へと矛先を変えた所で彼女はパッと表情を明るくした。
呼び方が自分の中で納得できなかったらしい。
ユウ、とそう呼ばれると、神田は僅かにその目を細めた。
彼女は自分に気を使って、誰かが居る時には苗字で呼んでいた。
けれど、二人きりの時、それからラビが一緒の時だけは、彼と同じように名前で呼んだのだ。
今更ながらに、それが懐かしいと思ってしまう。
天邪鬼な彼がそれを認めるのは難しい。
記憶を失って、自分の事を忘れてしまっているからこそ…それを、素直に受け入れられたのかもしれない。
チッと自身に向けて舌を打てば、反応しなくても良い彼女がビクリと肩を揺らす。

「あ…ごめん。気に…いらなかった?じゃあ、神田って呼ぶことにするから…」
「―――でいい」
「え?」
「ユウでいいっつってんだよ!一回で聞け!」

照れ隠しなのだろうか。
彼はそう声を荒らげると、フンとそっぽを向いてしまう。
少し声を大きくしたからだろうか。
コウの腕の中で目を閉じていたアズがゆっくりと首を持ち上げ、その白い牙が口元から覗く。
それに気付いた神田が少しばかり怯み、けれどもコウと顔を合わせないように二・三歩下がる。
この一年の間に何度も見た光景に、ラビは悟った。

「何も変わってないんだな…」

どこか安心したようなその声は二人には届かず、代わりに傍に居たロイには届いていた。
声に反応して視線を向けるが、彼の視線は自分のそれとは交わらず、二人を見つめている。
その優しさに、彼らの言っている事に偽りはないのだろうと理解した。



一年の間、彼女は自分達の前から消え、そして彼らと共に居た。

そう納得してもいいのかもしれないな、とロイは自嘲の笑みを零した。
自棄になってそれを疑うのは、時間の無駄なのかもしれない。

07.04.04