Destiny - 66 -
他の誰が信じなくても、自分だけは信じなければならないと思った。
コウの状況は、自分が最も近い。
身体なく魂だけを鎧に定着させてこの世に繋ぎとめられている自分を、彼女は笑ったり蔑んだりしなかった。
全てを話した兄諸共、その細い腕の中に閉じ込めて彼女はただ一言こう言ったのだ。
「…頑張れ」
その声が震えていたことには気付いたけれど、兄も自分も、そこを追求する事は無かった。
大変だったね、辛かったね、何を馬鹿なことを。
同じ錬金術師である彼女には、色々な言葉があったと思う。
けれど、彼女の口から紡がれたのは、未来に向かって歩く自分達の背中を押してくれるものだった。
ただそれが―――嬉しかった。
「僕は信じる」
普段は優柔不断な所も垣間見せる弟が、はっきりとそう告げた。
その内容に驚き、けれども、どこか納得したような表情を浮かべるエド。
少しだけ間をおいてから、彼もまた口を開く。
「俺も…信じる努力をしてみる」
この二人を信じてもいいのかは分からない。
それが正しいと教えてくれる人は誰も居ないのだから、自分で決断するしかないのだ。
「………私は信じかねる」
「大佐、それじゃ話が進まな―――」
「最後まで聞きたまえ。現段階では、信じかねると言ったんだ。だが…」
そこで一旦言葉を区切り、ロイはラビと神田を交互に見た。
それから、続ける。
「何か証拠となるものを見せる事が出来るなら―――信じよう」
「証拠…」
「例えば…そうだな。アクマと言うものが何かは知らんが、それを見せる事は出来るのか?」
先ほどから何度か登場した単語を思い出してそう問いかける。
その問いに、ラビは肩を落として首を振った。
「イノセンスなら…見せられる」
「…ならば、それでも構わん」
そう答えると、ロイは二人の背後で彼らを捕らえる縄を握る人物、ハボックの方を見上げた。
そして顎をくいっと動かし、解いてやれと命じる。
「これが俺のイノセンスさ」
数十分ぶりに自由を手にしたラビは、僅かに身体を伸ばした後、ホルダーに納めていたそれを取り出した。
サイズは一番小さくしてあるので、掌に乗る程度だ。
彼の隣では、神田もまた、己のイノセンスを手に持っている。
「………ただの模様つきの金槌じゃねぇか」
沈黙を破ったのは、先ほど彼らを信じる努力をするといったエドだ。
言わずにはいられなかったらしい。
「イノセンスと言うのは個人個人形が違っているのか?」
「あぁ。こいつは槌で、俺は刀だ」
「なら、コウのイノセンスはどんなものだ」
「コウのは―――」
目を向けられて問いかけられれば、神田とて答えないわけにはいかない。
コウのイノセンスを説明しようと口を開いた所で、彼は思い出したようにラビを見た。
彼もまた、神田と同じようにある事を思い出したらしい。
「「アズ!」」
「すっかり忘れてた!あいつ、どこに行ったんさ!?」
「俺に聞くな!」
「でも、ユウに聞く以外に方法ないじゃん!?」
「お前と一緒に行動してて、俺だけが知ってるわけねぇだろうが!」
神田の言い分は尤もだ。
だが、ラビの言い分も、わからないではない。
突然二人だけの会話を始めてしまった二人に、室内の一同が顔を見合わせた。
終わりを見せない口論に嫌気が差してきて、溜め息をついたロイが口を開く。
だが、その声が発せられる前に、ドアがコンコンとノックされた。
「大佐」
「あぁ、中尉か。コウはどうした?」
「彼女なら後ろに」
ノックしてからドアを開けてきたリザは、ロイの問いかけに僅かに身体をずらす。
そうして、後ろに居たコウを彼の視界に入るようにと促した。
安心したような表情を浮かべる彼を見ながら、リザは続ける。
「先ほど報告がありましたが…」
「構わん。報告したまえ」
「では…。町を巡回中の憲兵より、キメラと思しき個体を発見との報告です。
今のところ被害は出ていないようですが…。焔の錬金術師をキメラ駆除に向かわせるようにと上からのお達しが」
「…そんな面倒な事は他の暇な錬金術師に頼んでもらいたいものだ」
「迅速に行動せよとの命令です」
今はそれどころではないだの、と蹴ってやりたい命令だ。
人を生ゴミ処理係か何かと勘違いしているのではないか?と思いつつ、彼は腰を上げる。
「そのキメラの特徴は?」
「全長はおよそ10メートル。黒い毛並みに覆われており、空を羽ばたいていたと言う報告があります」
「………キメラが空を?」
そんな馬鹿な話が…と思ったが、口には出さない。
今まで異世界を信じるか否かで討論していたのだ。
キメラが空を飛んでも、そこまで目くじらを立てねばならない問題とは思えない。
「仕方ない…。そのキメラを片付けてくるから、君達はこの二人の監視を…」
「待ってくれ!それ、俺達も連れて行ってくれないか!」
「何を馬鹿なことを…」
「そのキメラが、コウのイノセンスかもしれない!」
その一言に、ロイの表情が変わる。
声を上げたのはラビだったが、どうやら神田も同じ考えらしい。
彼らの向こうで、ドアの所に立っているコウが何かに反応するように顔を上げたことには、誰も気付かなかった。
「イノセンス…?」
その声はあまりに小さくて、誰の耳にも届かない。
二人を連れて行くかどうかに悩んだロイ。
だが、最後は鶴の一声とも言えるコウの言葉により、折れた。
「ロイさん、私も…連れて行ってください」
「コウ…」
「何だか、行かなければならない気がします。ずっと…誰かに呼ばれているような、そんな感覚が」
彼女は窓の外を向いてそう言った。
方角を告げた覚えはない、けれども、確かにそのキメラが目撃されている方角を見つめる彼女に、リザは驚く。
「…仕方ない…。私の傍を離れないと約束できるなら、連れて行こう」
「…はい!」
嬉しそうに笑みすら浮かべてそう言った彼女に、ロイはやれやれと傍目にはわからない程度に肩を竦める。
どうにも、自分は彼女の頼みには弱い。
わかっているが…こればかりは、どうしようもなさそうだ。
よかったわね、と告げるリザも、彼女の笑顔に誘われたように優しいそれを浮かべている。
本心からの笑顔を誘い出してくれるその雰囲気は、何も変わっていなかった。
同僚で、仲間で、そして、妹で。
一人で何役もこなしてくれている彼女の存在は、大きい。
こんな風に穏やかな雰囲気に包まれた室内を、この一年で何度体験できただろうか。
それはきっと、数えてみれば片手の指で足りる数だろう。
改めて、コウが帰ってきたのだと実感する。
ロイは振りまく笑顔をそのままにリザと談笑する彼女を見て、ただ柔らかく微笑んだ。
07.03.30