Destiny  - 65 -

ドアが完全に口を閉ざしてから、暫く。
男だけになった室内は無言の空気に包まれていた。
誰も、一言も発しない。

「…さて。話してもらおうか」

沈黙を破ったのはロイだった。
彼はコウが座っていた革張りのソファーにドサリと腰を下ろしつつ、ラビにそう問いかける。
その言葉は神田に対しても向けられたものだったが、彼に答える気がないと悟ったのだろう。
ロイの視線はラビを映していた。

「…その前に、コウとあんた達の関係が知りたい」
「君にそれを答える必要があるのか」

彼の目が細められ、纏う空気が張り詰めた。
普段の自由気ままな様子からは想像も付かないロイに、エドやアルが驚いたように目を瞬かせる。

「勘違いしないで貰いたいな。彼女との約束の手前、害は加えないが…君達と私は対等ではない」

彼は自身の手元を見下ろしながら、その指先を軽く擦る。
ゆっくりした指先の動きが火花を生む事はない。
しかし、その威力を知る者を黙らせるには十分だ。
未だ嘗て例を見ない彼の様子に、彼の下について長いハボックらもまた、人知れず息を呑んだ。

「理由を言ってもらおうか。何故、我々と彼女の関係を知る必要がある?」
「俺達にとっても大事な仲間だから…そう答えとく」

余計な事を口走るのはやめたらしい。
大事な、の部分で神田がラビに視線を向けるが、文句が口から飛び出す事はなかった。
代わりに、何を余計な事を…とでも言いたげな強い視線がラビを射抜く。
間違ってはいないだろう、と思うけれど、いつものような軽い口論をこの場で始めるのは命取りだろう。
目の前の男の眼差しには、そう思わせるだけの威圧感があった。
誰も口を挟まない中、ロイは彼らを見つめるその眼を変えないままに口を開く。

「コウは私にとって娘…いや、妹も同然だ」
「妹?」
「血の繋がりはない。コウの父親の話を聞いた事は?」

ある、と答える代わりに二人の頭が僅かに頷くように動く。

「聞いているならば、話は早い。あいつが私の親友だった。
自分の本当の娘が生まれても、彼女と娘を分け隔てなく可愛がっていた親馬鹿でな…」
「…兄代わりの奴、って話をしていたな…お前のことか」

どこか納得したように、神田が静かにそう言った。
縛り上げられてから彼が声を発したのはこれが初めて。
そんな彼を一瞥すると、ロイは一度目を閉ざす。
そしてふぅ、と息を吐き出してから腕を組んだ。

「後ろの連中は彼女の同僚だ。父親の話を聞いているならば、軍部に所属していた事も聞いているだろう」

頷く二人に大した反応を見せず、ロイの視線は向かいに座るエドたちへと移動する。
そして「それから」と続けた。

「そこの二人は友人…と言ったところか。錬金術師仲間だと言っても間違いではない」
「あんた達の話も聞いたさ。兄弟二人で旅をしてるんだろ」

大変だな、とは言わなかったけれど、その意味が含まれていた。
その言葉に、エドが僅かに顔を顰めた。
何も知らないくせに、軽く紡がれる事が癪に障る。
だが、自分が騒げば話が進まない。
そうわかっているからこそ、長く吐き出す息と共にその不満を押し出した。

「次に答えるのは君達の番だ。何故、彼女を知っている」

再びロイの目が鋭さを帯びた。
尋問するようなそれに、ラビと神田は顔を見合わせる。
そして、無言の語りを終えると、ラビの方が口を開いた。
説明するに適するのは自分、そう判断したのだろう。

「―――……一年だ」

彼は静かにそう告げた。
それが何を指すのかはわからない。
だが、その言葉は彼女が自分達の前から姿を消していた期間でもある。

「一年、俺達はコウと一緒に居た」
「…どこでッ!?」

焦らすようなゆっくりした語りに、エドは耐えられなかった。
そう声を荒らげて腰を僅かに持ち上げる彼を見て、それからロイを見る。

「AKUMA、イノセンス、エクソシスト、千年伯爵、黒の教団。そのどれか一つでも耳にした事は?」
「…ない」
「それが、答えだ」
「………馬鹿馬鹿しい。我々の知らない世界に居た、そう言いたいのか?」

話にならない、とロイは首を振った。
真面目に聞こうと思った自分が愚かだったのか。

「信じる信じないはあんた達の勝手だ。だけど―――」
「あいつが俺達の世界で一年を過ごした事は紛れもない事実だ。それ以上、俺達が説明できる事は何もない」

ラビの言葉に続けてそう言った神田。
早く話を終わらせたいと思っているのか、それとも明らかに信じていない様子の彼らに焦れたのか。
そのどちらから来る行動なのかはわからなかった。

「仮に異世界の存在を信じるとしよう。それならば、何故彼女が君達を知人として扱っていない?」
「………コウはこの一年の記憶を失ってる。正確に言うと、記憶だけが一年前の状態に戻ってる」

ラビの言葉に室内が静まる。
それならば、彼女がこの二人を知らなかったことも納得できる。
だが…即座に信じるにはあまりにも現実離れしすぎていた。

「兄さん…。僕、兄さんに話していなかったことがあるんだ…」
「…何だよ」
「…あのさ、図書館でコウを見つけたでしょ?実は、具合を悪そうにする前に気付いてたんだ」
「な…!なら、何でその時まで放っておいたんだよ!」
「だって…!まさか、本人だとは思わないでしょ!?似てる人なだけだと…」

尻すぼみになっていくアルの言葉に、エドは小さく舌を打った。
彼を責めても仕方がないのだ。
自分だって、すぐに駆け出す事は出来なかっただろう。
この一年、どこを探してもその姿の片鱗すらも見つけることが出来なかったのだ。
目の前の、しかも度々利用する図書館でその姿を見つけるなど、誰が想像できようか。

「…それが何の関係があるんだよ」
「あの時、コウは一冊の本の後ろの方のカードを見てたんだ」
「………」
「借りるような素振りはなかったから、不思議だったんだけど…今思うと、日付を確認してたのかなって…」

それは確かではない。
結局は彼女の行動の意味を知るのは彼女のみ。
だが、アルの言葉はある種の説得力という力をもってして、その場の全員の耳へと届けられた。

「…コウが仲間だと、そう言ったな」
「あぁ」
「具体的に、答えてくれないか。何故彼女を仲間だと断言するんだ?」
「エクソシスト。イノセンスをもって、アクマを破壊する人間を、俺達はこう呼んでるんだ」
「…ならば、君達やコウがそのエクソシストだと?」

確認するような問いかけに返って来たのは、それを肯定する返事だ。
ロイはその眼差しに偽りの色を見出す事ができず、溜め息を吐いて瞼を伏せる。
頭の一部は信じるなと、もう片方では彼らは真実を述べていると声を上げている。

「あの日、彼女は確かに人体錬成を行った。それは、私自身がこの目で確認している事だ」

思い出すように天井を仰ぎ、ソファーの背もたれに凭れかかる。
部屋の中に刻まれた大きな錬成陣、人になる筈であった人ならざる物。
いくら探しても見つからなかった彼女に、自分がどれほどその身を案じて声を絞ったか。
守ろう。
せめて親友の忘れ形見である彼女だけは守ろう。
そう誓ったばかりだったというのに、突然に消えてしまった彼女。
この一年、彼女の姿を町中に探さない日はなかった。

その時の心境を思い出し、彼は眉を潜める。
向かいのエドが同じような表情を浮かべているのは、自分達の時を思い出しているからだろう。

「仮説としては…コウの肉体全てが代価として奪われ、残された魂が行き場をなくして世界を渡った」
「そ、んな馬鹿な話があるわけないだろ、大佐!!」
「…魂だけで存在する弟を持つ君が否定するのか、鋼の」
「――――…っ!」
「君の弟には、君と言う魂を定着させてくれる人間が居た。だが、彼女はたった一人で人体錬成を行った。
―――二つの結果が変わっても、おかしい話ではないだろう」

コウが記憶を失っている以上、それを確かめる術はない。
苦虫を噛み潰したような表情でソファーに座りなおすエド。
その隣で、アルは物も言わずに顔を俯けた。


自分には兄と言う、その身をかけてでも、と助けてくれる人が居た。

では、彼女は…?

自分の思考とは裏腹に、身体全てが奪われていく恐怖。
例えようもないそれに襲われ、そして闇に囚われたと思ったところで―――気がつけば、自分は鎧に居た。

あの恐怖を、彼女はたった一人で?
そして、全てを奪われた挙句に、右も左もわからぬ世界に放り出されたのだろうか。


ガツン、と手を額にぶつけると、空洞の中を音が響き渡る。
流す涙が無いのは、こんなにも辛い事だったのか。

「僕は…この人たちの言う事を、信じるよ」

アルの声が静かに室内に響いた。

07.03.26