Destiny  - 64 -

赤く腫れた目を冷やしながら、コウはロイの仕事部屋のソファーに座っていた。
向かいにはエドとアル、隣にはロイ。
ソファーの後ろにはリザを初めとするお馴染みのメンバーが顔を揃えている。

「落ち着いたか?」
「…うん」

この部屋の中に居る全員が、コウの話を聞きたいと望んでいるのだろう。
だが、一人として彼女を急かしたりはしない。
特にロイなどは、普段からは想像も出来ないほどに優しい声を掛けていた。
そうして、半時間ほどの時間を要した後、コウはゆっくりと口を開く。

「質問に…答えないと…駄目だね」
「そうだな。…聞いた方が話しやすいか?」
「うん。その方がいいかな」

全部を説明するのは難しいから、とコウは力なく微笑んだ。
一年―――それは人格を変えるには十分な時間だ。
記憶はなくとも、彼女の身体はこの一年と言う長くも短くもある時間を生きてきた。
この世界以上に命の危険の多い世界を生きた彼女は、その内面が成長していたようだ。
仕草や表情からその変化を悟らずにはいられなかった。














「まず………」

いざ話を始めよう、と言う時になって、ロイは表情を硬くしてドアの方を見た。
そんな彼の様子を見たリザが口を開く。

「人払いはしてありますよ?」
「…そうか。それは好都合だ」
「何か問題でも…?」
「ねずみが二匹」

そう答えながら彼は席を立つ。
そして、窓に背を向けるように置かれた自身のデスクに近づいていった。
彼は引き出しに手を伸ばすと、全員が見守る中無言で何かを取り出す。
コウの位置からはリザが盾になっていてそれを見る事は出来ない。
だが、見えていた者から戸惑いの声が上がる。

「大佐、それをどう使うつもりで?」
「もちろん、こう使う」

パチン、と聞き覚えのある音が耳に届く。
それと同時に、視界の中を右から左へと何かが走っていった。
追うように視線を動かせば、ゲッと表情を強張らせたエドが慌てて両手を合わせた後に床に手を着いているのが見える。
それを視界に捉えたとほぼ同時に、ドアあたりを中心にドォンと言う小規模な爆発が起こった。
だが、その爆発の被害がコウに及ぶよりも一瞬だけ早く、エドの錬成した壁がドアとソファーの間に作られる。

「な、何…?」

ロイの錬金術を見るのは久しぶりのように思える。
戸惑いの声を上げて自身を見上げてくる彼女に返事を返さず、ロイはエドの錬成が収まるのを待たず歩いた。
そして、コウを背に庇うようにしてドアの成れの果てを睨みつける。

「軍の…しかも、この私の部屋を盗み聞きとはいい度胸だ」

すでに、他全員がロイの見つめる方に銃口を合わせている。
自分もその一員であるべきなのに、コウには構えるべきそれがなかった。
いつも手放さなかったのに…そう思いながら、見慣れないけれども身体に馴染んでいる黒いコートを見下ろす。
ガラ…、とドアの一部が崩れ落ち、そこに人の影が見えた。

「あ、ぶねぇ…。これが錬金術って奴かよ?」
「俺に聞くな…」

瓦礫の下から出てきたのは、見覚えのある二人。
片や目立つオレンジ色の髪をバンダナで押し上げていて、片や闇色の髪を割りと高い位置で結び上げている。
そんな彼らを見て、コウは「あ」と小さく声を上げるが、生憎その声は瓦礫の崩れる音に掻き消された。
彼らは黒いコートを白く染めた灰やら何やらを払って、漸く自分達の置かれている状況に気付く。
今にも鉛玉を吐き出しそうな黒い筒が睨みつけているのを見て、その動きを止めた。

「捕らえろ。現行犯だ」

ロイの声に反応して後ろに控えていたハボックらが一斉に動く。
流石は軍人。
足並みの揃った動きで、瞬く間に二人を縛り上げた。

「鋼の」
「何だよ?」
「直したまえ」
「はぁ!?大佐が破壊したんだから自分で直せよ!」

くい、と顎で崩れたドアの方を指して紡がれた言葉に、エドが反論する。
正論なのだが、それを受け入れるつもりはないらしい。

「早くしないと、先ほどの爆音を聞きつけた軍人が集まってくる。コウを好奇の目に晒すつもりかね?」
「…ぐっ…!」

反論したい。
けれど、ただでさえ司令部の入り口で注目を集めた彼女だ。
ここに人が集まれば、また多くの視線が彼女に向けられてしまうことは必至。
大人になれ、そう自身に暗示をかけ、エドはパンッと少し乱暴に手を合わせた。
この野郎!と言う思いを込めてそれを崩れた壁の近くの床につける。
自己流のデザインで直してやろうかとも思ったが、それではまた人目を集めるだけだ。
鉄の理性で持って元のドアを錬成しなおすまでに、さほど時間は掛からなかった。

「…すげ…」

ぽつりとオレンジの彼…ラビが呟く。
向こうでも幾度となく壁やら何やらを直す彼女を見た。
だが、こうして別の人物がそれをこなしてしまうのを見ると…自分達の世界ではないのだと、改めて感じる。
思わず零れた声を咎めるように、頭を軽く銃口で押される。
普段通りならば優しいお兄さん、と言った感じの煙草を咥えた男性が硬い表情で自分を見下ろしていた。
ラビはそんな彼に肩を竦め、大人しくしとくか…、と口を閉ざす。

「さて…何者だ?新手のテロリストか?生憎、私は別件で忙しい。騒ぐなら他所の管轄でやってもらいたいものだ」
「大佐、少し落ち着いてください」
「彼女に手を出すならば、この焔の錬金術師、ロイ・マスタングを敵に回すと思いたまえ」
「大佐!」

少し強めにリザに呼ばれ、彼は「何だ」と不機嫌を露に振り向く。
彼女はそんな態度にも怯む事無く、捕らえられている二人の前に立った。

「こちらの彼のコート…コウと同じものですね」
「!貴様がコウを…!?」
「落ち着いてくださいと言っているのです」

冷静な声と共に頬を掠めた銃弾に、ロイは思わず口を噤む。
有能な部下はやはりこう言う時も有能で、黙らざるを得なかった。

「憲兵から『スフィリア少佐と似たコートを着た男二人と一緒だった』と報告を受けています。あなた達のことね?」

確認するように、リザはラビと神田を交互に見る。
前者は頷き、後者は誰が答えてやるかとばかりに睨みを返す。
後者の反応などどこ吹く風、と言った感じで今度はコウを振り向いた。

「コウも間違いないわね?」
「…ええ。彼らと共に、水路を後にしました」
「それならば話は早い。誘拐の現行犯としても十分に裁ける」
「だ、駄目!」

思わず声を上げてしまってから、コウはハッと我に返る。
何故「駄目」なのか。
半ば本能的な叫びだったそれは、自身の中で確固たる理由付けがされないままに外へと飛び出してきた。
戸惑う彼女に、室内の視線が集まる。

「コウ…庇うのか?」
「違う…違うの。彼らは違う。私、誘拐されたんじゃない」
「…なら、この一年。どこで何をしていた?」
「それは…」

答えないのではなく、答えられない。
ロイに問いかけられても、コウはただ言葉にならない声を途切れ途切れに発するだけだ。

「…なぁ」

頼りなく首を振って言葉を捜す彼女を見ていることが堪えられなかった。
気がつけばそう声をあげ、視線をその身に浴びている。

「…そうだな…。あんた、あんたと話がしたい」

そう言って、ラビはロイを見上げた。
ロイはその視線に軽く眉を寄せてから彼を見下ろす。

「…何か知っているのか」
「多分、あんた達の欲しい答え…俺達が持ってる」
「ならば、全て話してもらおう」

威圧的な雰囲気で先を促すが、ラビはその先を紡ごうとはしない。
代わりに、耳を貸せとロイに告げた。
訝しむ様な視線を向けつつ、手を縛られていては何も出来まいと腰を折る。

「まだ、コウに聞かせたくない。あんたならわかってくれるだろ」

他に言葉はなく、彼はロイの反応を待つ。
ロイは静かに彼を見下ろし、やがて首だけをリザの方へと向けた。

「中尉。隣の部屋でコウを休ませてやってくれないか」
「ロイさん!?彼らは本当に何も…!」
「コウ」

ラビに向けるそれとは180度違う優しい声で呼び、彼女が縋るように掴んだその手を解いて自身のそれで握る。
自分を別の部屋に移すのは、彼らを言及する為だと思っている彼女。
そんな彼女に諭すように紡いだ。

「何もしないと約束しよう」
「…本当に?ちゃんと後から…」
「あぁ、全て話す。だが、先に彼らの話を聞いておきたい」

わかってくれるな?と語外に込められた言葉を向けられ、コウはゆっくりと頷いた。
一度ロイに目配せした後、リザはコウの肩を抱いてドアの方へと促す。
パタン、とそれが閉じられる直前、彼女は二人を振り返る。
その目は、知らない者に向けるそれではなく―――明らかに、自身の大切な者を案じるそれだった。

07.03.19