Destiny - 62 -
これ以上ないくらいに見開かれた金の双眸が、酷く懐かしい。
それを感じたのは心ではなく、身体だった。
「っ…今まで…!今まで一年も連絡しないでどこに行ってたんだよ!?」
図書館であると言う事も忘れ、エドはそう声を荒らげた。
隣に立つアルも、顔こそ見えないが同じ思いなのだろう。
いつもはエドの行動を制止する筈の彼が何も言わないのが、いい証拠だ。
身体が竦むほどの剣幕でそう問う彼に、コウはビクリとその肩を揺らした。
その拍子に持っていた本が手から滑り落ちて床の上で開く。
「エドワードさん!館内ではお静かにお願いします」
「あ…ごめん」
いくら人が少ないからって、と受付から歩いてきた女性に咎められる。
ハッと我に返った彼は即座に謝って、それからもう一度コウを見た。
少しばかり冷静になってみれば、彼女がどこか戸惑いのそれを浮かべている事に気付く。
何だ、この視線は。
再会の喜びでもなく、心配をかけたことに対する申し訳なさでもない。
そう、例えるならば…まるで、懐かしいものでも見るような。
いや、それは間違いではないのだ。
彼女が自分の前に姿を見せたのは11ヶ月も前の事。
それまでは幾度と無く顔を合わせ、月に何度も連絡を取っていた彼女の突然の音信不通。
以来、初めて顔を合わせたのだから、懐かしまれてもそうおかしいことではない。
だが、何故かその視線に違和感を覚えずには居られなかった。
「…一旦出ようぜ」
クイッと顎で出口を指す彼に、コウは言葉を発する事無くただ一度頷く。
そうして、先に歩き出したエドは、5歩ほど歩いた所でピタリと足を止めた。
不思議に思いつつも歩くアルに続いて彼女が歩く。
二人が追い越したところで、エドは再び足を進め出した。
まるで、視界から彼女を追い出してしまう事を恐れているかのように。
自分よりも二つ三つ年下の少年。
初めは、ただそれだけだった。
ヒューズの紹介で会い、そして言葉を交わす。
そうしている内に彼が目指すものが見えてきて、いっそ鋭ささえ感じさせるその眼差しに惹かれた。
若輩者だけれど、国家錬金術師だから。
そうして上辺だけで媚び諂う汚い大人の世界に、すでに踏み出していた自分。
軍と言う箱庭の中で生きて行くには、それを見て見ぬ振りしていかなければならなかった。
それが苦痛で、陰口を叩くしかできない彼らが同胞であることが申し訳なくて。
やり場の無い思いは、彼と二人きりになった瞬間に爆発した。
「針の筵に座る事だって覚悟してる。コウが気にすることじゃねぇよ」
苦笑いに似ていたけれど、どこか清々しさを感じさせる表情で、彼はそう言った。
その時になって、その表情を向けられて、気付く。
自分の心の中に、少なからず彼が潜んでしまっていたと言う事を。
沈黙のままに、アルとエドに挟まれるようにして歩く。
それが必要以上の居心地の悪さを感じさせて、コウは視線を彷徨わせた。
落ち着かない―――それが、彼女の想いだ。
出会った頃の事を思い出してしまうほどに、彼女の思考は現在の状況を放棄している。
自分にとっては、彼らと会うのはほんの一週間ぶり。
けれど、彼らにとっては一年に近い時間が経っている。
その差が、この状況を生み出していた。
しかし、「それだけではない」と思う。
もっと根本で―――言うならば、自分の彼に対する視線が変わっているように感じた。
どこかどう、と言うわけではないのだけれど。
それでも、何かが噛み合わないのだ。
想い人に再会したはずなのに、自分の何かが「違う」と叫んでいる。
それは次第に警鐘となって、脳内をざわめかせた。
「(自分の忘れてる一年の間に、感情が変化してる…)」
そうとしか考えられなかった。
脳内でそう呟くと同時に、コウはハッと気付く。
自分は今、ごく自然に『忘れている』と思った。
今までこの感情の変化が自分の中で上手く消化されず、不完全燃焼のような心地悪さを覚えていた。
だが、忘れていると呟くと同時に、まるでそれが初めから自分のものであったかのような自然さを取り戻す。
根拠は無い、けれど、確信はある。
「…何かを忘れてる」
はっきりと口に出せば、それはより一層の確信を帯びた。
何が原因かはわからない。
けれども自分は確かに何かを忘れていて、その忘れている期間が空白の一年なのだ。
一つ、複雑に絡み合った結び目が解けた。
ラビと神田は、二人に連れられていくコウを見ながら顔を見合わせた。
やや強制的な雰囲気はあれど、無理やりではない。
彼らを見たときのコウの様子からしても、知り合いなのだろうと予想するのは簡単だった。
「なーんか俺達って出歯亀?ってか、どこに行くつもりなんさ…」
「…中央司令部だな」
ラビの独り言にそう答えたのは、言うまでも無く神田だ。
まさか行き先を彼の口から聞くことになるとは思わず、驚いたように振り向く。
「何でわかるんだよ?」
「地図に書いてあるからに決まってんだろうが」
そう言って、彼は当たり前のように図書館のパンフレットを持ち上げた。
目ざとくも受付の所に置いてあったそれを見つけた彼は、参考になればと手に取っていたらしい。
裏にこの付近の地図が載っていて、彼らの歩いていく方向にある中央司令部もその中に入っていた。
「でかした!」
「気づかない方がおかしいだろ」
きっぱりと切り捨てられ、少なからず傷つくラビを横目に、神田はある程度の距離が保てた所で歩き出す。
こうしていると本当にストーカーみたいだ、と言う考えを必死に押さえ込んだ。
アクマのない世界。
平和と言えば平和かもしれないが、それでもこの微温湯に浸り続けるつもりは毛頭ない。
神田としては、厄介事はさっさと片付けて元の世界に帰りたかった。
その為にはコウの力が必要だ。
仮に彼女のそれが必要でないとしても、この世界で頼る事ができるのは彼女ただ一人。
そうなれば、彼女を頼るしかないと言うのもまた当然の事だった。
「ったく…面倒な女だ」
そんな呟きは、慌てて後を追ってきたラビの耳には届かない。
07.03.01