Destiny - 58 -
三種三様の構えを見せつつ、ティキとの間合いを取る。
そんな三人だが、共通している事はあった。
それは、それだけで殺せそうなほどの鋭い眼光。
すでに敵と認識されている事を改めて感じ取り、ティキは苦笑した。
「敵意も戦意も満々?」
そう言ってから、彼は少々後悔した。
その場の空気を少しでも和らげようと言う意思あっての行動だったのだが…。
どうやら、自分は声を発しただけでも睨まれる存在らしい。
コウにした事を思えば、おかしくはないのだけれど。
「少しは話し合ってみようって気は―――ないらしいな、うん」
全員の得物が睨みつける中、彼は自分自身でそう納得する。
そうして、彼は落ちてしまっていたシルクハットを頭の上に乗せると、その手をポケットへと移動させた。
「動かないで。下手に動くと…撃つ」
一番近い位置に居るコウが彼の動きをそう牽制した。
しかし、その行動自体は無意味に終わる。
「悪いけど、それは聞けない願いだな」
スルリと抜き取られた、白い手袋に包まれた手。
それは何かを掴んでいた。
それが何であるかを確認する前に、紅は自身に向けて飛んでくるそれを回避すべく後方へと飛ぶ。
だが、拳大であったそれは、彼女の眼前で弾け飛んだ。
逃した彼女を追うかのように、明らかに先ほどの大きさには収まり切らないそれがコウに迫る。
色だけを告げるならば、黒。
どこまでも深い『闇』だ。
「コウ!」
二種類の声で、同時に彼女の名前が呼ばれる。
咄嗟に動く事ができたのは、常に死と隣り合わせの生活をしているからだろう。
右腕をラビが、左腕を神田が。
それぞれ彼女をその『闇』から遠ざけるように引き寄せる。
二倍の力で引き寄せられた彼女の身体は、いとも簡単にそれを逃れた。
――かのように見えた。
彼女諸共一旦引こうと思考をぴったり合わせた二人。
彼らは、突然何かに固定されたかのようにその身体が動かなくなるのを感じる。
不審に思うよりも先に自身の足元を見れば、いつの間にか闇によってその足は絡め取られていた。
「…何なんさ、これは!!」
ぐいと引き上げても、より一層絡まるだけで外れそうにない。
まるで接着剤で固定されているかのようだ。
焦ったようにそう声を上げて神田の方を見れば、自分と同じような状況の彼が目に入る。
違う所と言えば、自分のようにそれを剥がそうと躍起になるのではなく六幻で切り裂こうとしていると言う点だろう。
だが、彼の六幻はまるで煙を斬っているかのようにそれを通り抜けてしまった。
そうしている間にも、その闇はどんどん足元から這い上がってくる。
まるで、無数の闇色の手に身体を飲み込まれていっているようだった。
「コウ!錬金術は!?」
「実体がないものには無理!そもそも、これは何で出来てるの!?」
すでに自分も絡め取られているのだから、コウの腕を掴んでいようがいまいが、意味はない。
彼らは彼女を放して自身の得物を構えなおした。
実体がない事は神田の行動ですでに分かっている。
それでも、何もしなければ、この闇に全身を飲み込まれるのを待つばかりだ。
「アズ!」
唯一難を逃れているアズの名を呼び、イノセンスを解放させる。
漆黒の翼を羽ばたかせ、彼はコウのコートを口に咥えた。
そのまま上へと持ち上げようとすれば、僅かに彼女の身体が宙に浮く。
しかし、再びぐいと地面から生える闇に引き寄せられた。
そのまま地面を踏む筈だった足は、まるで沼地に足を踏み入れたかのようにずるりとその場に滑り込む。
「まずい」と、そう思った時には、すでに遅かった。
態勢を整える暇も、何らかの対処を取る暇もない。
「コウッ…うっわ!!」
「おい…!…くそっ!」
彼女が沈み始め、引き上げようと腕を伸ばすとほぼ同時に自身の足元も消える。
水に沈むのと同じくらいに抵抗もなく地面に沈み込んでゆく身体と同じように、意識も沈んでいった。
「ごゆっくり」
そう聞こえたのが最後だった。
覚えのある感覚に身を飲まれる。
頭の中で響く警鐘は、ただただ必死だったあの日を思い出させるもので、酷く気分が悪い。
ぐるぐると、終わりのない渦の中で遊ばれている気分だった。
『ここに二度も来るような物好きは一人かと思ってたが…どこの世界にも馬鹿は居るんだな』
覚めていて、でもどこか楽しげな声が聞こえた。
鉛のように重い瞼を開けば、一面に広がったのは白。
いや、どちらかと言えば『無』だろうか。
その中に、光の物体を見た。
「あんた…あの時の…」
一度見れば忘れないだろう。
“彼”は自分を真理だといい、そしてコウに真理を見せた。
『よぅ、二度もここにやってくる馬鹿は久しぶりだ。前に来た時は―――父親を返せって叫んだんだったか?』
思い出したくもない過去を穿り出され、コウは不快感に眉を寄せた。
その反応に、真理は楽しげに笑みを深める。
『この場に来たお前に真理を見せた。その代価としてあの世界でのお前を貰った』
「…そう言う…ことか…」
意味もなくあの哀しい兵器の存在する世界に飛ばされたのだとは思っていない。
しかし、その意味を自分なりに考えた所で、憶測の域を出る事はなかった。
それが今、本人の口から明らかにされた。
命を奪われたわけではなく、存在を奪われた。
例えるならば、重力を失ったようなものだろうか。
錬金術の溢れるあの世界への引力を失い、新たに別の引力に絡め取られる。
結果として、コウはその世界に引き寄せられた。
恐らく、原因となったのはイノセンス…つまりは、アズの存在だろう。
適合者である彼女を、イノセンスであるアズが呼び寄せた。
こう考えるのが一番有力だ。
『まぁ、過去はどうでもいい。だが…困ったことになった』
その声色を少しばかり深刻なものへと変えて、真理は腕を組んだ。
そんな、どこか人間らしい反応にも特にこれといった感情を覚える事無く、コウは覚めた目で彼を見る。
『お前は、俺が存在を貰った筈の世界に戻ろうとしてる』
理解する時間を与えるかのようにゆっくりと紡ぐ。
怠惰溢れる様子で座り込む彼は、コウを見上げてこれ以上ないほどに笑みを深めた。
『なら、俺が貰った代価の分―――別のものを貰おうか』
この空間の中では、自分の持つ全てが無力だった。
抗う事など初めから出来ず、ただ波に揺られる小船のように。
とうとう、共にあの闇に飲まれた彼らの存在を思い出すことも出来ずに、コウは再びその思考を沈めた。
07.01.27