Destiny  - 57 -

「――――…と言うわけなの」
「へぇー。いろいろあったんだな」
「…全然わかってないわね」

ラビのあっけらかんとした答えに、コウは溜め息と共に肩を落とした。
今までの経過を説明したのだが、返って来たのはたった一言。
シリアスな雰囲気を漂わせてくれ、とは言わないが、もう少し別の反応があっても良いのではないだろうか。
そう思ってみたが、彼はこう言う人間だったな、と考えを改める。
飄々としているように見えて、内側では素晴らしい速度で頭を回転させているような…そんな人だ。

「ま、俺にとってはアズが起きて、コウが無事で…千年公が狙ってる事さえわかれば十分さ」

ニカッと笑顔を浮かべる彼に、彼女は薄く微笑んだ。
こうして手放しに心配してくれる人が居ると言う事がどんなに幸せか…。
それを噛み締めるように笑みを浮かべれば、同じように柔らかい笑顔が返ってくる。
なんて心地よい場所なんだろう、と思った。

「それで?これからどうすんさ?」
「とりあえず、マリも向こうに向かってくれた事だし…任務続行?」

確認するように神田を見上げれば、当然だろうとでも言いたげな視線が降って来る。
いい加減に出発させろと言う空気が、彼の周囲からありありと吐き出されていて思わずラビと顔を見合わせて苦笑した。

「じゃあ、元帥探し再開?」
「…だな」
「………さっさと行くぞ」

フンとそっぽを向いて歩き出してしまった神田。
そんな彼に、コウは少しわざとらしく、でもその口元の笑みを消さないままに声を上げる。

「うわ、傍若無人だ。こっちはユウの任務に付き合うのにね?」
「そっか。俺達の任務は、本来クロス元帥の追跡だもんな」

ぽん、とラビが手を叩いて納得する。
いくらコウが合流したからと言っても、ここから先、ティエドール元帥を探すのは彼の任務に付き合うからだ。
ピタリと足を止めて振り向く彼に、彼女らは慌ててその楽しげな笑みを隠す。
だが、短くない付き合いの前ではそんな取り繕った表情などバレバレだ。
口元が引きつる前にこめかみがピクリと動くのを目ざとく見つけ、二人はそろりと後退した。
すっかり日が顔を出してしまった街中に、神田の怒声が響く。


その時、三人は気付いていなかった。
しかし、彼…アズだけは何かを感じ取り、空に向かってピスピスと鼻を鳴らす。
まるで、知っている匂いがそう遠くはない位置にあるかのように。
















一頻りそうして戯れた後、徐に出発する三人と一匹。
パサ、パサ、と言うアズの翼の音と、三人分の靴音。
話し声はそこにはなく、どことなく緊張した空気が三人を包んでいた。

「…気付いてる?」

そう声を発したのは、左方へと目を向けたラビだった。
彼の言葉に、まずコウが頷く。

「もっと早くに行動を始めた方が良かったみたいだね…」

彼女の視線は右方へと向けられていた。

「…今更言っても遅いだろうが」

探るように、一歩ずつゆっくりと進める。


どこから感じる、とはっきり断言は出来ない。
しかし、感じるのだ。
己たちにとって、不利益となる者の存在を。


先ほどまでの談笑が嘘だったように、緊迫だけが三人の傍らに佇んでいる。
不意に、慎重に進んでいた彼らの耳に届いていた音の一つが途絶えた。
それはアズの翼の音で、振り向いてみればコウの肩に足をつけて周囲を警戒している。
どうやら、例の存在が彼の警戒網の内側に入ったらしい。

「アズ…」
『ノア。黒髪の、あの男』

単語で伝えられたそれは、情報としてはやや不十分でも警戒するには十分だ。
黒髪のあの男、と彼が告げるであろうノアは、一人しか覚えがない。
自分の知らないノアだと言うなら話はまた別だが、恐らく自分を追っているのは彼だ。
あの楽しげな笑みを思い出し、コウは軽く眉を寄せた。
全細胞があの男…ティキから逃れる事を望むかのように、粟立つ。
身体を貫けた腕の感触を思い出し、身震いした。
自身の肩を抱いたところで、それと同じ感覚がコウを襲う。

「―――見つけた」

構える暇はなかった。












アズの白い牙は、その喉を食い破る一歩手前で止められていた。

「危な…」

大口を開けて今か今かと獲物を待ち構えるその息を喉で感じながら、彼はそう呟く。
まるで緊張感の欠片も見当たらない声だったが、危険だけは感じ取ったらしい。
空いていた左手は、しっかりとアズの首元を押さえ込み、その牙が喉を食い破らないよう止めていた。

「コウ!」

一瞬にして巨大化した槌が、迷う事無く地面に水平に振られる。
遠心力を味方につけたそれは、勢いを殺さないままに彼…ティキ・ミックへと打ち付けられた。

―――否、打ち付けられる筈だった。

グイッと左手を自分から引き離すように動かし、右手は引き寄せるように動かす。
引き離されたのはアズの牙で、引き寄せられたのは彼の腕に囚われたコウだ。
いつかと同じように背中から胸を貫かれ、掌が触れる表面だけは彼の手の感触を感じる。

「この子に当たるよ?」

彼女を引き寄せたまま、その肩越しにラビや神田をそう牽制する。
白い手袋に包まれた手が真っ直ぐに彼女の胸を貫いている光景は、異常だった。
たとえ彼女から話として聞いていたとしても、そう簡単に受け入れられるそれではない。
コウが動けないのは、ティキがその掌のみ感覚を残して彼女の身体が抜けるのを止めているからだろう。
ラビの反対側から、今まさに斬りかかろうとしていた神田は、彼の言葉に勢いを消して地面へと降り立つ。
このまま自分が斬りかかっていけば、この男は彼女を盾にしかねない。
必要な人材であるからこそ狙われているのだが、そこに生の必要があるかどうかは自分達には分からないのだ。
死体でも構わない、とあっさり告げられる可能性だって、捨てきれない。
その危険があると知りながら斬りかかれるほど、神田にとっての彼女は軽い存在ではなかった。

「そうそう。何も行き成り取って食おうってわけじゃ―――」

バシン、とラビや神田にとっては、この一年で幾度となく聞いてきた音がその言葉を遮った。
ティキは言葉を遮られた事よりも、自分の右腕が肘の少し先から消えうせた事に驚く。
足元を見れば、今までその先にあったであろう部分が地面に転がっていた。
即座に腕を形成する全てが修復されていくのを見ながら、へぇ、と感嘆の声を漏らす。
彼の視線の先には、先ほどまで自分がこの不完全な腕で捕らえていた彼女がいた。

「これがお前の世界の錬金術?」

すでに銃口を向けている彼女に向けて、ティキは怯える様子もなく、寧ろ笑みを浮かべて問いかける。
それは、まるで新しい玩具を見つけた子供のような反応だった。

「腕を半ばから切断か…。自分を貫いていた部分がどうなるかも分からないってのに…よくやるね」
「…錬金術師を舐めるんじゃないわよ」

本体から分離されたその腕がどうなるかは、ある意味賭けだった。
引き離された途端に己の身体を貫くかもしれない事は重々承知し、その上で彼の腕を半ばで分解したのだ。
尤も、貫かれたとしても治せるようにと、すでに脳内には自身の身体を再構築する構築式が浮かべてあったが。

「そんな鉛玉では死なねぇぜ?」
「生憎、これが吐き出すのは鉛玉じゃない。これも、立派なイノセンスよ」

腕に意識が向くと同時に逃れていたアズがコウの肩に乗り、ティキを牽制する。
コウが彼を逃れた事で、ラビや神田も自由に動けるようになった。
三種三様の鋭い視線を向けられ、苦笑する彼の腕は、すっかり元に戻っている。
ロードと一緒で再生能力があるのだと悟り、心中で舌を打った。
打開策があるわけではない。
けれど、確認は出来た。

「(こいつに錬金術が使えない訳じゃない。)」

ノアの再生能力を知っていたコウは、それだけが気がかりだった。
しかし、その心配は杞憂に終わり、ノアであろうとその肉体の構築は人間とさほど変化はないと言う事がわかったのだ。
それが分かっただけでも、彼女には十分だ。
対抗策さえ持つ事ができれば、少しは優位に事を運ぶ事が出来る。
そう、自身を落ち着けて、コウは今一度ティキを鋭く睨みつけた。

―――彼には、いや、彼らには、色々と聞かなければならないことがある。

07.01.20